旧夢 | ナノ

▼箍

互いの気持ちはわかっているというのに、長く焦れるような時間の後。
徐庶様はやっと想いを口にしてくれた。
それからまた随分と経ったが、進展と言えば手を繋いだ事があるくらいだ。たった一度。
それ以外の変化が全くないことを、侍女は
「徐庶様は、ナマエ様を大切になさっているのですね」と言ってくれた。

大切になさっているのですね。
そうです、大切にしてくれているのはわかってる。
気遣いは恐らく上手だし、優しいし、いつだって甘えてる。
けれど、それは出会った時からあまり変わっていない。


今日、なんでもない女官が徐庶様と手を繋いでいるのを目撃した。
通りすがりに見つけたもので、通り過ぎかけて、思わず二度見した。
冷静に見るとただ転びかけた女官を徐庶様が助けただけ。
その程度なのだ。

私達は、恋人になってそれ以上の関係がない。
あの女官と私の立場はあんまり変わらないような、そんな気がしてしまった。

嫉妬よりも。これは落胆に近い。
恋人になればそれで十分だと思っていたのは大間違いだった。
手を繋いだり、抱きしめたり、思い描いていた行動を取れるような関係になりたい。
遠からずそんな関係になるとばっかり思っていた。
徐庶様の以降は全く持ってわからない。これは、話し合いが必要だろう。

劉備様に客人として置いてもらっている暇人の私と比べて徐庶様は忙しい。
きっと今行ってもやんわりと断られるか、相手をしてくれたとしても迷惑をかける。
会うなら夜だ。


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適当に時間を潰し、予定の夜。
もういい加減仕事だって終わる筈だ、と思ったのは大間違いだった。
徐庶様の執務室の出入りが見える中庭で、適当にお茶とお菓子を食べながら見張っているが、一向に出てこない。

随分な時間を待って、やっと出てきたと思ったら今度は書簡を持っている。
諸葛亮様の部屋に持っていくのだろう。
そして予想通り諸葛亮様の部屋へ入った徐庶様は出てこない。
暫く待って自分の中に睡魔の気配がした。

こっちはこれだけ待っているというのに、と苛立ちが募る。
まるで諸葛亮様の方が大切だと言っているように感じられて、これこそ嫉妬だ。

歯軋りを堪えて忍耐強く待つ。ここまで待ったのだから今更引っ込むなんて癪だ。
足音を忍ばせて、徐庶様が通るであろう所へ移動した。
やっと出てきた徐庶の野郎がちょうど目の前を通り過ぎたところで、
物陰から飛び出して猫背に張り付いてやる。
咄嗟に殴られたりしないように、「徐庶様!」と名前を呼ぶのも忘れずに。

徐庶様は反応しきれず、体をビクリとだけ跳ねさせて書簡を落とした。
そして動かなくなる。今、徐庶様が困って迷惑してるってのがわかってる。
書簡だって拾わなきゃならないし、それから徐庶様のことだ。
びっくりし過ぎて寿命が一年くらい縮んだかもしれない。

でも今の私は怒っているのだ。ちょっと位困ればいい。
そのまま徐庶様の反応を待っている間、徐庶様の体温に苛立ちが吸い取られていくような気がした。

「ど、どうしたんだ」
どうしたも何も、こっちから打って出ることにしただけだ。
「いけない?これってやっちゃいけないこと?」
「い、いや…いけなくは…ない…」
かまととぶって聞き返すと徐庶様は言い聞かせるように、ぼそぼそと返事をした。


背中越しに心臓の音が聞こえる。これは早い。
生き物の心臓には回数制限があって、それがどの生き物でも大体決まっているとか。
ねずみも人も拍動の回数は同じだけど、ねずみの方が早く動くから、その分寿命が短いんだとか。
だから、こんな徐庶様は私より早く死ぬに違いない。戦争にも行くし。

背中に張り付いたまま、手を前に回して、徐庶様の震える手を握った。
書簡が落ちてしまったけれど、そのおかげで手が開いたならばいいじゃないか、と私は思う。

「徐庶様、手汗凄い」
「す、すまない…」
なんで謝るんだ。湿った手を手探りで弄りながら、耳を澄まして鼓動をもう一度聞く。
慣れるものかと思ったけれど、全く速度が緩む気配はない。
流石に心配になってきて体を離すことにする。
徐庶様は何の文句も言わないで書簡を拾う。振り返ったら怒ったりするんだろうか。

「徐「君は」

遮られてしまった。

「君は、どうしてそう…」

遮ったくせに躊躇している。
仕方ない。待つ。

「…いや、いい」
何がいいんだ。
そう聞きたいけれど、徐庶様はもう少し考えている様子なので待ってみる。
モゴモゴしてから、ちゃんと待った甲斐があった。
「…その、書簡を置いたら、君の部屋に行ってもいいか」
「勿論」
ニコッと笑ってあげると、徐庶様は暗がりでも変わるほど照れてそそくさと去っていった。



奥手ってやつだ。

徐庶様の猫背を見送った後、私は軽く飛び跳ねた。
飛び跳ねて、肩を抱いて思わず二、三歩小躍りしてしまった。
あんなに徐庶様に触ったのは初めてだった。
今更になって、徐庶様と同じようにどきどきしてる。
徐庶様が部屋に来るまで、部屋で大人しく待ってるなんて出来そうもなかった。

ちょっと遠回りをして、月明かりに照らされる廊下を、其処から見える池や植物を見た。
落ち着け落ち着け。徐庶様が部屋に来るんだ。
深呼吸、動悸、深呼吸。緊張よりも浮かれてしまいそう。
浮かれてハイになった私を見たら徐庶様は驚いてしまうし、引いてしまう。
私は冷静で居なきゃいけない。もっと恋人らしくなるには、リードしてやんなきゃ。

落ち着いた?よし落ち着いた!

自問自答を経て部屋へ戻る。
真っ暗な部屋。まだ徐庶様は来ていないらしい。良かった。
私が後から来たんじゃ徐庶様は困っちゃうだろう。

足を進めて、部屋の真ん中に置きっぱにした蝋燭に火をつけようとする。
バタン。卓の蝋燭を手探りで探していると、背後の扉が閉まった。

振り返る前に、口を手で塞がれ、体が拘束される。
痛みも苦しさもない、優しい動きだった。匂いや息遣いでわかる。
「徐庶様」
「驚いて叫ぶかと思った。」
徐庶様は口を塞ぐのをやめて、親指で私の上唇を優しく挟んだり撫でたりする。
もう片方の腕は腰に回っていて、体を徐庶様に押し付けられる。

まさか徐庶様がここまでするとは思わなかった。
「ナマエは、夜の部屋に男が来る事をどう思う?」

「どうって」
そう聞かれると、私だってどういうことかわかる。
けれど手も握れない男の脅しなんて怖くない。

「俺が部屋に行くと言った時、断らなかったよな?」
「うん、勿論って言った。」

「もう我慢出来ないぞ。」
段々と怪しくなる雲行きに、頭の奥から警報が鳴る。
軽々と抱き上げられ、寝台に下ろされてすぐに徐庶様に組み敷かれる。
素早かったものだから、何の反応も出来ない。
流石に、頭どころか全身で理解する。
まだ慣れない目ではシルエットしか見えない。

「じょ、徐庶様…」
体が強張ってしまう。この先が想像つくけれどわからない。
全身にブワッと汗をかく。心の準備が出来てない、は言い訳だろうか?
徐庶様が前かがみになって私の口を塞ぐ。

今までキスなんてしたこともなかった。
柔らかく唇をつけて、何回か繰り返す。
チュ、チュと湿った音が立つ度に少しずつ体が緩んでいく。
何回目かでキスの仕方が変わる。
口に舌が割って入って、ああ、貪る様にってこういうことなんだ、と頭のどこかで思った。
頬や唇に、時々髭が刺さるけれど大した問題じゃなかった。
息が苦しくなっていって、いつの間にか腰の下にあった徐庶様の腕が、さっきみたいに私を徐庶様に押し付ける。
お互いの息がうるさく響く。
体がふやけていって、徐庶様の体温が全身に伝わるみたいだった。

徐庶様も息が苦しくなってくるのだろう。
徐庶様は体を起こした。やっと目が慣れてきて、そこで初めて徐庶様の表情がわかる。
「ッ!」
目が合った途端、徐庶様はガバッと起き上がり、寝台から離れた。

「す、すまない、俺、ええと…」

おい、まさか、まさか、と嫌な予感がする。
情けなくもここから離脱したりしないだろうな、という危惧だ。
「悪かった。こんなつもりじゃ…」
なにやら弁明の言葉を述べながら、彼は部屋を飛び出していった。


部屋に一人残された私。
処女とおさらばする機会だったのだと思う。
さっきまで下腹部にあたっていた硬い感触が、残る。
やり場のない熱が疼くけれど、徐庶様は平気だろうか。

徐庶様は戻ってくる気配もないので、熱も収まってきた頃合いをみて眠りにつくことにした。


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