旧夢 | ナノ

▼露伴:前向きに切り売り

今日も学校をサボった。
親からはとうとう学校卒業と共に勘当すると言われた。
それが嘘とも本当ともつかないあたりが、血縁者らしいと思った。
沢山居るじゃないか。学校をサボる奴なんて。
けれど不登校児の数は学校で数人程度だから決して多数派じゃない。
ただの不登校児と一緒にされるなんて嫌だ、と世の中の不登校児の殆どが思うだろう。

学校をサボることが悪いんじゃない。
両親の見解は私の態度が悪い。
サボることも、可愛げの無いことも、全部ひっくるめて悪いのだ。
悪さをしているわけでもなく、ただ学校に行かないだけなのに。
そりゃぁ可愛げの無い子供に将来性を見出せなければ見限って当然だ。
私もきっとそうする。
そもそも私だったら子供なんて育てないけれど、後悔が先に出来たら後悔じゃないのだ。

それでもまだ卒業まで数年ある。留年しなければの話だけど。

そして暇を持て余す。
昼間のこの時間を、昼休みのサラリーマンや買い物の主婦、それを呼び込む商店街の人が町を彩る。
この杜王町という所はなんと活気付いた街なんだろう。
学校には教室に陳列された学生が窓の外を眺めては退屈していることだろう。
真面目なら退屈もしないで授業を受けてる?そんなのわからない。
海が見え、灰色に曇った空は青黒く沈殿した海と一緒になって潮風を送ってくる。
こんな景色を眺めず、無駄な時間をただ過ごす虚無と、それに浸る悦をどうして理解できないのだろう。
もし理解できたのだとしたら、どうして実行しないのだろう。


大切な時だから、学校に行って将来の為に勉強しなさい。
わかる。それが正しいし、誰もそのための努力を馬鹿にはしない。
けれど、私は別のことをしたい。

生活を保障されている間に、虚無に時間を費やすことがこんなにも美しいと思ってしまう。
何も生み出さず、何も見出せず、呆然と海を眺める。
やがて大人になった時に失った時間の埋め合わせをするかしないかの考えすら持たない。
ずっと見てたって海の景色が変わるわけじゃない、なんにもない。これが好き。


「君はいつもそうしているんじゃないか?」
後ろから声がかかる。
知らない人。こんな実りがあるのか。いや、それは実りなんだろうか。

「誰?」
「通りすがりの漫画家だよ」
「そう。じゃあ私は占い師ね。銀座とかで有名な奴。」
「…馬鹿にしているのか?」
「ううん、20分5千円ね。」
「……いいだろう。」
男はごそごそと財布を取り出すと五千円札を差し出してきた。

「エンコウとかしないよ」
「まさか。モデル代だよ。もっとも20分もかからないけどね」

海を指さす動作に、元の姿勢に戻れという意味だと解釈する。
指示通り私は再び海を見る。
背後から、ペンが紙を滑る音がする。
それが鉛筆なのかペンなのかはわからないけど。

「君はいつもここで何をしているんだ?」
「海を見てるの。」
「それはわかっているよ」
「ただそれだけ。無駄だって皆言うけど、だからって私は辞めない」
「うん、海は見る価値があるよな。ここは絶景だ。」

「わかる?」
振り返ると男は顔を顰めて前を見ろ、と手で示す。

「そんなこと言う人初めて会った」
「そうか?君は随分狭い世界に居るんだな」
「そうだよ。こんなに景色は広いのに、私ってば井の中のカエルなの。」
「…君って馬鹿だろ」
「賢かったらこんなことしてない」

それもそうだ、と納得する声が後ろから来て、潮風がそれを押し返すようにそよぐ。

「お兄さん本当に漫画家?」
「ああ。」
「有名人?」
「その世界では知らないってのはちょっとしたモグリだろ。」
「お金返す」
「いや、それは君に払ったんだ。」
断られて、この人は一体何がしたいんだろう、と疑問を持つ。
この人に興味が沸いてきた。

「うーん、じゃあさ、これでどっか食べに行こう」
「いや、僕は忙しいんだ」
「でも暇そうにスケッチしてる」
「…」
「私なんか描いてるようじゃ、暇人だよ?」
「言うじゃないか」

振り返ると、お兄さんはもう海を向けとは言わなかった。
変わりに、私を射抜くように見て、腕が動いている。

「じゃあ20分払うから」
「奢れってのか?」
「どっちがいい?20分払われるのと、奢られるの」
「奢ってやるよ。金は要らない」

「へぇ、露伴っていうの」
カフェで、注文を済ませる。
ケーキとお茶。普通のメニューだ。

「君は年上を呼び捨てにするのか?」
「でも別にいいでしょ?私も呼び捨てでいい」
「…あのなぁ」
プライドの高い人なんだろう。
金銭では太っ腹だけど、神経質な眼をしている。

「ねぇ、私に興味があるんでしょ?」
「…いや、ちっとも」
「嘘だぁ、じゃなきゃ声をかけたりしない。興味ない人に声なんてかけないでしょ?」
「こんな性格だと知ってたら声をかけなかったよ」
「ははは、後悔って手遅れになってからするものだもんね。」

私が笑うと、露伴は不機嫌そうにスケッチブックを開いた。

「本当はずっと前から描いていたんじゃないの?」
露伴は無言で財布を取り出すと、お札を何枚か渡してきた。

「エンコウはしないよ?」
「違うって言ってるだろ、モデル代だ」
そうして露伴は暫く口を聞いてくれなかった。
話しかけても「黙れ」、「静かに」、と言うきりで暫くスケッチしていた。
私は数日分のホテル代を思わず稼げたので家を出る決意が出来た。

思いもよらぬ、実りだったのだ。私は家を出た。


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