旧夢 | ナノ

▼仗助:掃除人

今日は土曜日。
リーゼントが遊びに来る。

リーゼントは高校生らしく平日は全く顔を見せない。
今日は土曜日。子供が駆け回る休日はあまり好きじゃない。
大体週休二日制なんて誰が考えたのだ。全部平日にすればいいのに。
そして私に仕事がなければいいのに。

一日一枚一万円札を手に入れる能力があったらいいのに。

「こんちィース」
安いアパートの階段を上る音がして、それからリーゼントが現れて言う。

「うわ、一週間でよくここまで汚したッスね」
リーゼントはほぼお決まりの台詞を言って
玄関付近にあるゴミ袋を取り出しながら此方へ向かってきた。

「こんにちは」
私はソファの背もたれに足を乗せて、座面に寝転がって言った。
変な行動を心がけているのではなく、足がむくんでいるのだ。

毎週仗助君は家に勝手にやってきて、勝手に掃除をする。
そして彼が満足する頃には食事を提供する。
料理と言う程大層なものはない。冷蔵庫の中のものを焼くだけだ。
米だって炊くだけだし。

「ちょ、ナマエさんこれそこらに落としとくのはヤバくねーッスかぁ」
仗助が拾い上げたのはクレジットカード。
「本当だ。どうりでないわけだ」
「これ、机置いときますね」

仗助が部屋中のゴミを集め、掃除機をかけ始める。
掃除とは丸一日かかっても終わらないような気がするが、
ちゃっちゃと動けば一時間で終わる。仗助に出会ってから知ったことだ。

騒音を出して、掃除機をかける男の姿は可愛い。
いいなぁ、男だったら掃除も様になるのか、と先週言ったら
「掃除機をかける女だって可愛いもんッスよォ」と言われた。


「ホラホラ、ナマエさん頭退けて」
いつの間にかコーヒーテーブルは寄せられて、ソファの前に掃除機が現れた。
「退いてあげたいけど頭がガンガンする」
「なっ、頭を下にしてるからじゃねースか」
仗助に足を掴まれて横にスライドされる。ソファに寝る体制になった。
態勢を変えたからこそ、眩暈を覚えて暫く目を瞑る。
掃除機がガコガコと音を立ててソファにぶつかり、暫くして止まった。

「終わりッス。あー汗かいた」
Tシャツを捲って仗助はヘソを見せ付けるかの如く、扇風機の前に立った。
扇風機の風にTシャツが膨れる。

「お疲れ様。冷蔵庫にジュースあるよ」
仗助が冷蔵庫に向かうのを見ながら、「私にも」と言う。
確か冷蔵庫にはジュースが二つあった。
「私グァバの方。もう一個は仗助飲みたいなら飲んで」
「変なジュースッスねェ、これなんスか」
グァバとドラゴンフルーツ。この前南国な気分で買ったのだ。
「こんなもん何処に売ってんだか」
「輸入物だよ、あの怪しいスーパーに売ってる」
英語ですらない表記で何が入ってるのかわかったもんじゃない。

「お、いいグラス買ったんスね」
「いかにも南国って感じでしょ。マドラーもあるけど、未成年にはねぇ」
「いいじゃねースか、俺簡単なカクテルなら作れますよォ」
どこで覚えるんだか、未成年の癖に。
「マドラーはこれだな」と言う呟きが聞こえ、少ししてグラスを二つ持った仗助がやってくる。

いかにも南国な葉っぱのマドラー。南国と言うか南部か。
「映画でも見る?」
私は起き上がって仗助の座るスペースを作るとブラウン管の隣の本棚からビデオテープを取り出す。
「スプラッタ?ホラー?」
「こういう時は恋愛ものでしょォ」
「いや、恋愛ものはつまんない」
「タイタニック全拒否ッスか」
「あれはコメディーだよ」
仗助がグラスを置いて立ち上がる。
「ツマミに何か焼いていースか」
「砂肝があったよ」
私の返事に
「オヤジくせー」と笑いながらキッチンへ消えていく。
昼間っから酒飲んで映画だなんて無趣味のオヤジそのものだと思うけどね。

「手伝おうか」
立ち上がってキッチンへ行くと仗助は砂肝のほかに焼きそばを出していた。
そしてニカッと笑顔を作る。読まれていた。
しっかり焼きそばを作らされ、汗をかいたカクテルを飲みながら昼食をとる。

食後は別のビデオを流しながら、雑誌を読んだりするだけ。
時折仗助を見ると、仗助とはいつも目があった。

「何見てるのよ」
「ナマエさんこそ」
「私は…ただなんとなく見ただけよ」
「そうッスか?」
「仗助は?」
「え…いや、別に、俺も同じ…えーと偶々」
「そう。」
そういうやり取りがずっと前にあったが、それから今でも目があうのだから
仗助はずっと見ているんだろう。
毎日自分の格好いい顔を見ているだろうに、こんな女の顔を見て何が楽しいのだろう。

「退屈してない?」
「え?いや、してねースよ」
「そう。」

そして夕方まで、何をするでもなくグダグダと過ごして仗助は帰っていく。
途端に殺風景になった部屋に一人、仕事の準備をしようと思って気が付く。
ああ、今日は土曜日か。

明日は休日で、何もすることがないのだ。
「明日も仗助は来てくれるかな?」
呟きに答える人はいない。


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