ジノザキ
特定の人物に無性に会いたいと思う。湿気った部屋で腐るのは飽きた。
好きだから?いやこの際どうだっていい。気持ちを知るのは怖かった。もう十分だ、ただ 会いたい
彷徨いた街で何度か見掛けた気がした。この人混みのどこかに居てほしかった。
「自分から連絡くれるなんて珍しいね、どうしたの?」
「…」
いざ電話が繋がると緊張と後悔と期待で黙り込んでしまった。
「ザッキー?」
「…」
「家じゃないね、そこ。」
「ほ、歩道橋の…前」
「▲▲ビルの通りかな」
引き返そうか、これからどうすればいいのだろう、自分は何がしたいんだ
「別に、来なくても良いッスよ、ただ電話しただけですから」
「じゃあ行ってもいいかい?会いたいから」
携帯を握る手はじわりと湿った。しまった、という感覚がもう遅いと諭した。
「慣れてるんスね」
敢えて助手席ではなく後部座席に腰を下ろした。依然彼は何も言わず当たり前に車を走らせた。
「いや慣れてなんか」
「もっと追及されるかと思ってました」
「理由無くたってそうしたいと思うときくらい誰にでも有るよ」
聞き慣れない外車のエンジン音。手入れも運転も非の打ち所が無かった。
相変わらず何も聞いて来ない上にこの先の道のりも知れないので度々喉の奥に詰まっていた何かが出てきそうになった。どうして優しいのか。
「あんたのそういう所、嫌いです。」
ああ何でだろう、こんなに
「なんて言うか、傲慢ですよ」
こんなに
好きなのに
「ごめんね、」
人気の無い駐車場に彼は車を止めた。後部座席のドアを開け、そこで抱き締めた。
「そんな風に思ってたの分かってあげられなくてごめんねザッキー、許して」
シャンプーの残り香のような匂い、肩に回った少し冷たい手、温度、温度、温度
何故だかひどく落ち着いた。独りでに腕を回していた。いや、しがみついていた。
「好きです、」
「うん。」
「何で俺ばっかりこんなに辛いんですか…」
「もう辛く無いよ」
ドアは開け放したままなので夜風が車内に入り込んだ。身体な重ならない足から冷気を感じた。
きっともう戻れない。やはりあの時引き返したくなかったのだ。一瞬でいい、報われたいと思った。少しでも見返りが欲しくて。でないと余りに壊れそうだった