- サクセラサク
コンプレックスは背が低いことと顔が幼いことだ。憧れるのは勿論背がスラッと高くて身のこなしがいちいち格好良いような、そんな。
まるで自分は捨て犬みたいに見えて格好悪い。
堺さんは若くないと謙遜するけれど、自分は若いだけだと思う。狡い。
鏡を見る度伸びたかなんて気にするし、その度に縮んだんじゃないかと溜め息つく。
それなのに諦め付けられないんです
「何してんスか?」
「背伸び」
「逆に小さく見えるぜ世良さん」
「うるせーな、174センチめ」
クラブハウスの屋上に立つと気分が良い。東京の隅っこも景色は綺麗だ。夕焼けは寂しくて好めないが、昼の水彩絵の具の青のような空は好きだ。勿論秋より春が好きだ。それよりもっと夏が好きだ。
「赤崎ちっちゃく見えるな、お前!」
「当たり前でしょーが」
柵から身を乗り出して手を振った。ついでにVサイン何か作ってみたりした。
嫌なことは考えたくない。ああ、空は広いね、狡いぞ。
「堺さん、」
「何だよ」
「狡いっス」
「はぁ?」
夕焼けは寂しくなるから好きじゃ無い。暗くなる前に家に帰りなさいと言われていたから空がこの色になるといつも残念な気持ちになっていた。サヨウナラの色。
「だって好きって言ってくれないし」
「何だよ」
「堺さんは俺なんかよりずっとスゲエし、それなのに好きって言ってくれなかったら俺のこといつでも置いてけぼりに出来るじゃないッスか」
俺だって。
「飯奢る」
「へ?」
「飯奢るっつってんだよ二回も言わせんな!」
無理やり手を引かれて歩いた、ああ何だか分からないけど嬉しい。
「でも、好きって言って下さい、それでいいから」
堺さんの手は堅くて冷たい。
「飯食ったら、俺ん家」
「好きです」
「連れてくから」
「好きです」
「良いだろ?」
黙って頷いた。
堺さんの車までそのまま手を引かれて歩いた。小学生みたいだな、
前を向けなくて、靴の先は泥が少し付いていて汚かった。
「堺さん、スンマセン」
「いいよ」
車に乗った。
「俺って本当格好悪い…」
「気にしてない」
「だって堺さんのケータイとかにだって嫉妬しちゃうんスよ?」
「…」
「馬鹿だから」
「世良、」
堺さんはそこまで言って、俺を抱き締めた。少しだけ香水の匂いがした。
「俺慰めるの下手なんだよ、これで勘弁してくれ」
堺さんの服をぎゅっと掴んだ。
「…腹減ったっス」
空は薄暗くなった。
でも今日だけこの色はサヨウナラの色では無くなった。今日は飯食ってそれからそれから。
そしてこのコンプレックスも許せるようになるんだから。
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