- シムカタ
真新しい車内、そして独特の匂いに焦れる。
「次のとこ右、な」
生活感のまるでない整った車内が寂しさを煽った。
イルミネーションが街を飾り、夜は華やぐ。車内での会話は少なく、ぼうっと窓ごしにショーウィンドウを眺めた。
心地良い疲れと空虚感が溜め息を促す。
丁度、赤信号でブレーキを踏まれた頃だった。
「眠い?」
シムさんは運転が上手い、左右に揺られない。穏やかにブレーキがかかり、穏やかに走り出す。とても滑らかで、落ち着いてしまう。
「寝たいんとちゃうわ…起きとるもん」
「そっか」
車はまたすっと加速していく。頭を窓にもたれても揺れが少ないので痛くない。
でも硝子の窓は冷たい。
「こんな冷たいとこじゃ寝られへんよ」
家まで送る、じゃなくて今晩泊まる?って言って欲かってん、
次の信号もその次の信号もずっとずっと赤でいい。
だのにどんどん見慣れた道になっていった。
車は減速した。
そして止まった。
駄々をこねる前に車から出て行ってしまおうと思った。シートベルトを手際良く外し、ドアに手をかけたそのとき、
「あのさ、」
「…」
「一回カッタンのとこ、来たかったんだよね。泊まっていい?」
なんやねん、先に言わんかいな
「…シムさん、ほんまズルいわ」
「ごめんね、カッタン」
遠くの電灯の明かりが車内を薄暗く照らす中、待ち望んでいた口付けを交わした。
新車の匂いが漂っている。まだまだ車内から出たくないと思えてならなかった。
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