…結論から言おう。私はしばらくの間地獄で生活する事を認められた。
私が普通の生者ならかなりの問題だったが、事情も事情、しかも異世界からの者という大きなオプションが付いた為、ここでの滞在を許されたのだ。話を聞いて他の十王達に伝えておいてくれると約束してくれ、身の心配までしてくれた閻魔大王は本当にいい人というか、なんというか…優し過ぎて逆にこちらが心配になるくらいだ。まあ、閻魔大王に不埒な輩が近付こうとでもすれば、補佐の彼が相手を徹底的なまでに叩きのめすのだろうが。
それにしても鬼灯様の説明は見事なものだった。わかりやすく、なおかつスピーディー。次の世界から私もこういうふうに説明しようと思わされるほどだ。流石は敏腕補佐、と思わず尊敬の目で見てしまった。そんな彼は今、私の地獄での生活についての詳しい事を閻魔大王に提案している。一応自分の事なので耳を傾けているが…が、そこでふと基本中の基本、必要不可欠なものについての疑問が浮かんで来た。
確かそれについては何故か触れられてなかったはずだ。タイミングを見計らい、そっと手を上げる。だって、彼の話を遮る勇気なんてない。というか、話の切れ目でも発言するのには勇気がいる。ガラガラ並みのピッチャー相手だから仕方ない事なのか、それともこれは偏見か。





「次に……」


「あの…説明中申し無いんですけども、いいですか?」

「おや、なんでしょう」




…よし。何も起こらなかった事を内心安堵しながら、もう一度すみません、と軽く頭を下げる。あの切れ目がこちらを向くと、ターゲットロックオンされた気分になって少し落ち着かなくなるのも…これは完全に偏見ですね。そこまで良くない意味でドキドキしながら意見しようと口を開く。…おかしいな、相手はイケメンでこれまでの流れからしたらかなり親切なのに。




「あの…これまで触れられなかったようなんですけど、やっぱり地獄でも生活するのにはお金が必要ですよね?」





ここまで言えばわかったようで、閻魔大王はあ、そうだったね!と焦ったように考え始めた。しかしそれを問題ないですよ、と宥める鬼灯様。私と閻魔大王が聞き返す前に、彼は言葉を続けた。





「彼女達の生活費は、私が払います」





え…と、思わず声を洩らしてしまった。だってそんな、彼とは今日が初対面だ。そんな親切にして貰う理由がない。それに彼は困ってる人は無償で助けるなんてキャラでもないし…。このタイミングでなぜかまた紫優のボールが揺れ出した。しかし今構っている余裕は一切ない。
発言の意図を図れずにいると更に彼は口を開き……その場に爆弾を投下した。






「将来的には私の元へと嫁ぐんです、今から養われたとしても問題はないでしょう?」





「……………………は?」






待って、ウェイト、取り敢えず待って。いや、あの、彼は何を言っているのだろう。嫁ぐとは何か。担ぐ?コガネの祭りの神輿かなにかですか?…え、違う?じゃあ何だと言うのだ。彼は真顔で何を言ってるんだ。これは地獄なりのジョークなのか?
ポッポが豆くらったような顔を晒す私、そして閻魔大王。爆弾を落とす…寧ろ自分はノーダメージでだいばくはつを決めた彼は涼しい顔をしている。




「先ほど了承したでしょう…結婚を前提とした付き合いを」







あの、まったく、おぼえが、ございません。
頭の中でツッコミを入れてみるも、それが彼に伝わるはずもなく。私の思考はこんがらがる一方だ。
彼はドSではなく電波だったのかとか、どうしてそうなったとか、地獄ジョークってきっついなとか、ただひたすらに体をフリーズさせながら頭の上に?マークを浮かべる。一切発言がない事から、閻魔大王も私と同じ状況に陥っているのがわかった。…お願いです、部下の発言を追求して下さい。
そしてそんな空気を破ったのは、今まで腰元で揺れ続けていたボール。それが止める暇もなくポン!と音を立てながら一人でに飛び出す。




[貴様…母さんに何を言っている…勝手な発言をするな…!]





怒気というよりは殺気。自分を庇うようにして彼との間に立つ愛息子は、完全に怒っていた。こんな姿久々に見るなあ…ていうかテレパシーじゃなくても普通に喋れてるって、地獄の動物が普通に喋ってる事と関係があるのかしら?なんて軽い現実逃避に走ると、ああ、という状況に反した軽い声。



「貴方がアヤさんが言っていた息子…紫優さんですか。はじめまして、これからよろしくお願いします」

[誰が宜しくなどするものか…!]

「よろしく、息子よ。ああ、父さんと呼んでくれてもいいですよ?」

[誰が呼ぶか!]

「すみません、ダディやパパ派でしたか」

[違う!!]





あの紫優がツッコミを入れてる…だと…!?
信じられない思いでテンポ良く話す彼らを見る。何と言えば良いのだろうか、私の事に限ってはムキになってしまう息子を彼がからかっている様子に、流石は鬼灯様だと場違いな事を考えてしまった。
攻撃はまずいと無意識にでもセーブしている紫優に、表情を変えずに反論する鬼灯様。二人の会話はどんどんとヒートアップしてゆく。





[大体貴様は母さんがぼんやりとしている時に話を持ち掛け頷かせただろう!そんなのを誰が了承したと言う!!]

「そこまで怒るとは、紫優さんはマザコンですか。まあでも、息子の理解はあった方がいいですね」

[人の話を聞け!!]

「ああすみません、これから温かな家庭を築いていく為にはどうしたらいいか考えてました」

[貴様の耳は飾りか!?]

「父親に対して何を言ってるんですか。…そうだ、そういえば紫優さんはとても優れた頭脳を持っているそうで」

[それがどうした]

「貴方、私の補佐をしませんか?」


「え……」






口を挟めなかった口論の果てにあったものは、まさかのスカウト。目を丸くする紫優、そしてもう驚き過ぎてどうしたら良いのかわからない私を完全に放置して、彼はその細長い指を顎に当てながらふむ、と頷いた。




「先ほどの反応からして、アヤさんは私に金銭を全て工面されるのは余り乗り気ではないようですから。ではその代価に、貴方が私の補佐として働くというのはどうでしょうか…私も息子の事を知れて手伝いが増えて一石二鳥ですし。仕事の間側にいて紫優さんから見て私がアヤさんに相応しい男だと思えたら、認めて下さい」

[…………いいだろう。貴様を認めるなどあり得ぬ事だがな]

「では、早速仕事場を案内します。アヤさんはそこで少し待っていて下さい」





そう残して、彼らは私達から背を向けて去ってしまった。完全に口を挟めなかったので、今さらになるが一応言っておきたい。
当事者は私で、私は一切記憶になくて、私は今のやり取りに関してもオーケーした覚えは一切ない。…何だろう、この置いてけぼり感は。

ふと後ろを振り返ると、同じように目を丸くした閻魔大王様。その太く黒い眉が段々と下がっていき…そして疲れの表情に変わった。
目が合った瞬間、同時に出た溜め息。


……どうしてこうなった。




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