闘いが大好きだった。何にでも勝てると思っていた。自分よりも大きい図体の相手でも、勝てると思っていた。第一、俺は勝てていた。認めたくはねぇがチンケな体だった俺は、それでもそのちっけぇのを利用して勝っていた。トレーナーのポケモンにも負けなかった。俺をゲットしに来た奴らは揃って返り討ちにしてやった。テメェの実力っつーモンを考えて挑んで来いや、弱者が意気がってんじゃねえよ。ずっと一人で、ただ闘いがあればいいと思っていた―アイツと出会うまでは。



[弱ぇ奴は消えろっつってんだよ…テメエの耳はイカれてんのか?]


「うわあこの子超口悪い」




初対面は最悪だった。
なぜか俺の悪態を理解する、それでいて幼い子供を見るような目で俺を見つめる人間。ただ一つ興味を誘ったのは、そいつの隣に寄り添うように佇むルカリオだった。
―こいつは、強い。
物心ついた頃から戦い続けた自身の勘がそう告げている。さあて、どうしてやるか…ルカリオとの戦いを考えただけで心が弾んだ。トレーナーの弱っちい女なんて興味はねえ。



[おい、テメエ]

「え、私?」

[耳がイカれてる人間は黙ってろ。…てめえだよ…ルカリオ、っつったか、テメエの種族名は]

「…本当に口悪いな、君」

[…拙者、か…?]




女の言葉はシカトして自分を指差すルカリオに頷く。そうだ、テメエだ。その強靭な手脚、随分と鍛えられてるじゃねえか。歩き方も鍛錬されたポケモンそのもん。テメエとのバトルはどれだけ楽しいモンになるのか…想像するだけでゾクゾクする。



[テメエ、俺とバトルしろよ]




まあ、断って逃げようとしやがっても、ここは俺の庭だ。こんな足で纏いな女連れて逃げる奴なんかすぐ捕まえて断った事を後悔させてやるがな。
返事を渋るルカリオに嘲笑ってやる。強いヤツと闘えればいい、その為なら手段だって選ばねえ。…さあ、早く頷けよ。闘いの前の高揚感を感じながらソイツを見上げれば、その肩に女のチンケな手が乗った。



「蒼…私がやる」


[なっ…主殿!?]




驚きを見せるルカリオに、そいつは笑った。大丈夫。そう言い切る女に、苛立ちからギリ…と歯が鳴る。



[….テメエ、嘗めてんのか自殺志願かどっちだ?その筋肉の一つもねえ体で何が出来んのか言ってみろよ]



「君は一々口が悪いな…。…どっちでもないよ。ただ、君に興味があるだけ」



女は苦く笑いながらそう答えた。
嘗められてる方か…ふざけてんじゃねえぞ。
更に苛立ちはつのり、女を睨み付ければその苦笑は挑戦的な顔に変わる。



「…ねえ、賭けをしない?」



[……………]




ただ睨み付けたまま、何も答える気がねえ俺に、女は表情を崩さない。その楽しげな声が耳障りだった。だが、次に女の口から出された言葉に俺は興味を引かれた。




「君が私に勝ったら、うちの蒼とでも誰とでも闘わせるって約束する。私の仲間には蒼くらい強いのばっかりだ。その全員と闘わせるって、約束する。ただし、私が勝ったら……」



[………テメエが勝ったら…?]




強いヤツと闘える。この何も出来ねえだろう女と闘う条件にしては、悪くない。自分が勝つに決まってる勝負ってのは退屈で仕方ねえが、それにしてもこのルカリオのレベルまで鍛えられてるっつーのなら…。女の腰に付いたボールは3。ルカリオを入れて4か…。その光景を想像したらまたゾクゾクしてきた。退屈なら女とのバトルは一瞬で終わらせりゃあいい話だ。ならばその賭け、乗ってやってもいい。愉しい闘いの為だ、万が一にでもあり得ねえ戯れ言も聞いてやる。



「……君さ、私の手持ちに入ってよ」




[ハッ…面白れえ]




アイツらと同じ条件…だが俺にも利がある賭けを持って来た点についてはアイツらよりマシか。
情けねえ顔で必死にルカリオを必死に説する女を見て、俺は口角を上げた。





ー女との闘いのは、予想を遥かに裏切られたモンだった。それは良い意味で、だ。
何故かポケモンの技が使えるソイツは、それを最大限駆使して立ち向かって来た。素早さ、臨機応変な動き、技の使い方どれを取っても今までのヤツらのポケモンよりも強ぇ。久々の高レベルな相手にしか味わえねえ高揚感に、俺は更に笑った。
…だが、その愉しい闘いの時間も長くは続かなかった。




[ぅおらっ!]



「っ、あああっ!」



俺が放ったあくのはどうに、ソイツの体が跳ねる。側で見張っていたルカリオが目を見開き女の名を叫んだ。




[…チッ…こんなモンかよ……]





人間離れしたコイツの技や動きは攻撃だけか。久々に愉しめたバトルも女の人間のままの低い防御力のせいで終わるってのか…気にくわねえ。…しかしまあ、闘う前のウォーミングアップくらいにはなったか。
俺の中で既に負けた女の存在はどうでもいいモンに変わっていた。それよりも目の前のルカリオだとそちらに標的を移す。その瞬間だった。



「……からみつく」


[なっ…!?]




倒れていた女が何時の間にか背後に来て、俺の体に腕を回していた。しかも技となったそれは、動いてもビクともしねえ。




[テメエ…倒れたはずだろうが…!]



「残念でしたー。フルアタの君からしたら余り関係ない話だけど、世の中回復の技なんていっぱいあるんだからね」




振り向かなくてもわかる、あの挑戦的な顔で言ってるであろうセリフにギリギリと歯が鳴る。どうにかして抜け出してやる、ふざけんな!暴れる俺を見ずに、女はルカリオに話し掛けてやがる。今のうちに…!



「蒼、ダメージ喰らうだろうから先に謝っとく…ごめん。…洞窟でこの技は余りしたくいんだけどなあ…」



[………主殿、まさか……]




視界の端に引き攣った顔のルカリオが見えた瞬間、背後から…女の後ろから、音がしてきた。聞き覚えのあるそれに、まさかこいつ…と動きが止まる。何とか体を捻れば、女の、顔。




「……なみのり」




……思い出すだけでイラつく。最後に見たのは、女の殴り倒してえ程の、勝ち誇った笑みだった。

そして、俺はその女…アヤの手持ちになった。













[….テメエ、嘗めてんのか自殺志願かどっちだ?その筋肉の一つもねえ体で何が出来んのか言ってみろよ]




薬臭え場所で、幾つも骨を折りボロボロになりながら寝てるアヤ。誰もコイツの側にいないと確認しボールから出てそう言えば、見ててイラつくような苦い笑みを浮かべた。



「どっちでもないよ。……ただ、あの子にわかって欲しかっただけ」



あの時とは違い、見下す事になったコイツの体。今コイツとバトルしたらまず負ける事はあり得ねえし、第一コイツの命はねえだろう。太くなった俺の腕に比べ、更に細くなったその腕。それに数え切れねえ程巻かれた、白い布に舌打ちする。




「……テメエはもうそんなに強くねえ事を自覚しろ。特別な力があるとか自惚れてんじゃねえぞ。…テメエは俺よりも弱くなったんだからな」



ちっぽけで、細くて、それでも前に立ちやがったコイツ。何度も立ち上がったコイツ。その姿を思い出せば…これ程までに胸糞悪ぃ事はねえ。




「…だからテメエは、大人しく俺やアイツらの後ろに突っ立って偉そうに指示だけしてやがれ」




言い切れば、さっきよりはマシな笑みを浮かべるコイツ。




「……ごめんね、ありがとう…」




それを見てどこか満足してから、俺はボールに戻った。



…俺が唯一認めた人間が死ぬのは許さねえ、とは絶対言ってやらねえけどな。










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