毛はボサボサで傷だらけ。所々血が固まって黒ずみ、何のポケモンかわからない。その時の俺は、酷い状態だったらしい。
主人に捨てられてから、俺はふらふらとその辺を彷徨っていた。初めて見た時は綺麗でキラキラしていた外の景色は、今は見ていて苦しいものでしかない。目を閉じている時の方が気持ちが楽で、でもその状態が続くと、なぜ自分はここにいるのかわからなくなってしまう。
そうしたらまたふらふらとその辺を歩き…というのを繰り返していたら、何時の間にか他のポケモンの巣に入ってしまったらしい。問答無用で攻撃され、その場から追い立てられた。




[……いたい………]




攻撃によって受けた傷。少しの間は痛みに涙が流れたが、不意にそれに触れた瞬間、気付いた。…傷は、痛みは、俺がここにいる事を教えてくれる。
それからはふらふらと歩き、外の世界を見ないように目を閉じ、気持ちが沈むと自分を傷付ける、という事を繰り返した。
……そしてある日、そんな生活に体が耐えられなくなり、俺はついに倒れこんだ。ここで死ぬのか、なんてぼんやりと考える。…死ぬのならそれでもいいかどうせ、俺は役立たずでいらないんだから。そう考え目を閉じた瞬間だった


「ちょっと、大丈夫!?」


彼女に出会ったのは







[おれはしぬんだよ…やくたたずだから]




ポケモンの言葉を人間が理解出来るはずがない。それでも思わず呟いてしまったのは、死ぬ前に少しでも今までと違う事がしたかったのか。理由は、わからなかった。ただ、なぜか彼女は俺の言葉に顔をしかめた





「……君は、それでいいの?」






…まさか、言葉が通じてるのか?それとも偶然か?
普通ならば驚き、警戒しただろう。でもその時俺は意識が朦朧としていたし、最後の話し相手がいればそれがどんなものだろうと構わなかった


[…いい、の…。おれは、やくたたずで、つかえないから…すてられても、しかたないから…。だから、しんでも、しかたないの……]



ぼんやりとした中呟かれた支離滅裂な言葉に、それでも彼女はそう、と頷いた。そして、ジッと俺を見つめる。傷でボロボロの体、汚くてボサボサの毛並み…そして最後に、もうほとんど毛で隠れてしまった目を見た。初めて、彼女と、目が合う。
強い意思を持った、真っ直ぐな…そう、主人とは違う色を持つ、目。文字通り珍しい紫色の目だと気付いたのは、暫く見つめあってからの事だった。彼女は、そのまま口を開く




「ここで死んでもいいなら…その命、私にくれない?」




ただ静かに言われた言葉が耳から身体全体に響いてゆく。俺はその言葉の意味がわからず、目を見開いた。ただ、その紫の目を見つめる事しか出来ないまま


「私は、君が欲しい。もし、君がここで意味も無く死ぬのを待つだけで、命を捨てる気でいるのなら…それ、私にちょうだい。君が君をいらないと言うなら、私が貰う」





ねえ、ちょうだい。と続ける彼女に、俺はやっとその言葉の意味を理解して驚いていた。要するに、彼女は、俺を……?
理解した瞬間、俺の頭はぐらりと揺れる。ああもう限界か、なんて他人事のように考えながらも、紫の目が見開かれてるのに気付いた。それが何だかおかしくて…




[………いきてたら…いいよ、あげる…]






意識が薄れる直前、俺は確かに笑いながらそう呟いていた










[…それで、それからどうなったの?]






目の前の白い体を持つ小さなポケモンは、黄色い目をこちらに向けた。話し始めた時の濁った目は、すっかり変わってしまっている



[そうだな…目を覚ましたらポケモンセンターだった。それで、泣きそうなアイツと目が合ったんだよぃ。……そしたらアイツ、ぐしゃって顔を歪めて一言、これで君は私のだからねって。良かった、とかじゃなくて真っ先にそんな事言われるとは思わなくて俺も流石に驚いたぜぃ]




その時の事を思い出して、クツクツと笑う。今にも泣きそうな目で、でも俺から視線は逸らさないで。笑ったような泣いたようなくしゃくしゃなアイツ……アヤの顔は、多分一生忘れられないだろう。
そんな俺の様子を見て、隣りにいるポケモンは、不安気に紫の炎を揺らす



[でも、さ……そんなにすぐニンゲンをしんじられたの?]


[いいや?それから暫くはいつ捨てられるかビクビクしてたし、自分で傷を付ける癖も直らなかったぜぃ?…でもな、ある時アイツが言ったんだ。私の大切なものを傷付けないで、って]



自分の手が傷付く事も恐れず、自傷行為を続ける俺の前足を握って。あの、真っ直ぐな紫の目で




[……それからだな、傷が減ってたのは。まあ、今思えばアイツも随分と自分勝手な事言ってるよなぃ]



もう一つ苦笑のようなそれを漏らして、困ったように下がった黄色の目と、揺れる紫の炎を見やる。目線の先には、アヤと話す小さな少年



[…まあ、お前の気持ちはよくわかるし、捨てたそいつを恨むなとは言わねえよぃ。…でもな、いまお前を見てくれるヤツの優しさや温かさ。それに気付いた時はこっちもちゃんと態度で嬉しいやありがとうを返さなきゃダメだぜぃ?いつまでも目を塞いでちゃあ、見えねえモンもある]


[………うん……]




微かな声に、動き。それでも確かに頷いたその姿を確認した俺は、その背中を軽く叩いてから立ち上がり少年と話を続けるアヤの元へ歩き出した


















「ねえ黄輝。この前の子なんだけどね…」


[ん、アイツどうなったって?]




ライモンシティのポケモンセンターの一室。側で蒼がサムライに扮したハチクが登場する
映画を目を輝かせながら見ている。その隣りには、ぼんやりと同じ映画を見る紫優。それを後ろからぼんやりと見ながら、俺は尻尾を揺らして答えた




「ヒトモシが初めて触らせてくれたって。昨日、嬉しそうに報告してくれたんだ。それでね…」






言いつつ視線をアヤにやると、あの、真っ直ぐな紫の目。それが、三日月の形になる




「……黄輝に、ありがとうって」





ぱちくり、と。紫の中の俺はとぼけた顔で数回瞬きをする。そして…ふ、と。同じように、二つの三日月を作り出した



[…別に。大した事はしてねえよぃ]




ふいっと視線を逸らした先はネオン瞬く窓の外で。それはキラキラと、綺麗に輝いていた。まるで初めてタマゴから出た、あの時のように。











ーほら、やっぱり世界は眩しい。




















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