初めて意識が浮上したのは、きっとあの時。硬い殻に包まれ狭く暗い、でも仄かに温かい場所にいた、あの時だ。
微かな振動と、温かさ。初めて気付いた時は状況がわからなかったけど、しばらくすれば理解出来た。…俺は、もうすぐ生まれるのだと。
それからは一日一日が楽しみで仕方がなかった。外の様子は少ししか探れないし余り声も聞こえなかったけど、それでも自分の主人になるトレーナーはどういう人なんだろうかとか、どんな仲間がいるのだろうかとか、少し先の未来について考えるだけで胸が弾んだ。…そう確かにあの時、まだ見ぬ世界は輝いていたんだ

そして、とうとう俺は生まれる。タマゴの中にいる時とは違い、外は眩しくて。それでも、主人となる人の顔がどうしても見たくて必死に目を開いて上を見上げた


「……よし」




自分の誕生を喜んでくれるだろうか?目を輝かせながら見た主人の顔は、予想とは違うものだった。
まるで当たり前だと、慣れ切っているとばりに呟かれた言葉。そして直ぐに俺はモンスターボールに入れられ、どこに向かっているのか、移動が始まった。
頭の中に疑問を浮かべているうちにボールから出される。そこは先程とは違う、少し暗い場所だった。色々な人間がいて、ポケモンもいる。笑顔で歩いてる人もいれば、顔をしかめていたり悔しそうに顔を歪めてる人、何事かをブツブツと呟いている人など、本当に色々だった。
キョロキョロと辺りを見回していると、不意に体が地面から浮く。そして目の前には、主人ではない人間。




「こいつはどうですか?」


「そうだね、この子は……」




話の内容はよくわからなかったけど、多分褒められたのだろう。主人が嬉しそうにしていたのがわかった。初めて見た主人の笑みに、こちらまで嬉しくなる。4Vか…という呟きが聞こえた




[ねえねえしゅじん、どうしたの?おれ、いいこ?]


「…じゃあ、こっちは?」





話し掛けた言葉は、主人には届かなかった。腰に付けたボールの中から、一匹のポケモンを出す。そのポケモンは俺と同じ姿。状況が理解出来ていない様子の、コリンクだった。それを俺の時のように見知らぬ人間に見せると、人間はにこにこと笑う。そして主人は言葉を幾つか交わすと、ガッツポーズをした




[ますたー、どうしたの?うれしいの?]




俺とは違うコリンクが主人に話し掛けると、主人は優しく、とても嬉しそうにそいつを撫でた。気持ち良さそうに目を細めるそいつが羨ましくて、自分も撫でて欲しくて、主人に近寄る。軽く前足で主人の足を叩き頭をすり寄せアピールすると、主人は面倒臭そうな視線をこっちに向け……気付いたら俺は、モンスターボールの中にいた




次に外に出れたのは、それから少ししてから。主人の顔を初めて見た、俺が生まれた場所だった。モンスターボールに突然入れられ、そして突然出され。わけがわからない俺に、主人は一言




「じゃあな」




そう言い、背中を向けた。







[………え…?]





数秒の間はぽかんと主人の背中を見たまま固まっていたが、直ぐにハッと我にかえる。主人がどこかに行ってしまう、引き止めなきゃ!ただ、衝動に近い行動だった



[まって!!]




走って主人の直ぐ側まで追い付くと、必死に足にまとわりつく。主人は一度俺を見ると溜息を吐き、ボールを蹴るような動作で俺を振り払った




[いたっ……!]




近くの草むらに軽く弾みながら落ちた俺は、信じられない思いで主人を見る。……主人の目は、とても冷たかった




「お前さあ…逃がしてんだからどっか行けよ、面倒くせえ。もうお前はいらねえんだって。最初はそりゃ、4Vだって言われたからそれで妥協して育てようかと思ったけど……まさかの6Vが出たんだよ。お前なんかよりそっち育てんのは当たり前だろ?」




主人の言ってる言葉の意味がわからなかった。だって、俺は眩しい外に出て、仲間と一緒に主人と旅をして、バトルをして、強くなって…楽しい事をいっぱい、いっぱいするはずなのに。なのに……
動けないでいる俺に、主人は更に口を開く。あの嬉しそうだったのとは違う、笑みを浮かべて



「お前さあ、いらないんだよ。使えねーの、わかるか?お前は、や く た た ず なんだよ。…わかったらどっか行け」




そして、主人はまた背中を見せて、歩き出した。俺は主人の言葉を理解出来なくて、したくなくて。どうしようもないくらい涙が流れた。
……どれくらいそこにいたんだろう。周りが薄暗くなる頃ようやく涙が枯れて、頭が働いてきて….そして、俺は漠然と自分の状況を理解した





[そっかあ、おれは、やくたたず…おれは………あはは、は…だからおれは…やくたたずだから……]








捨てられたのか










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