美しくなりたい、とそのヒンバスは願っていた。誰よりも美を求めていたのだ。


「でも、わたくしはうつくしくありません。わたくしがびをかたるなんてぶんふそうおうでございます」



しかし、ヒンバスは美しくなかった。そしてそれを自覚していた。見た目が美しくない自分には美に触れる事は出来ないと、語る事は出来ないと考えていた。美しいものの隣には美しいもの、美しいものを語るには自分も美しくなくてはいけない、というのがヒンバスの持論だったからだ。しかし、日に日に大きくなる美に対する憧れや願望。抑えなくてはならないと思いつつも、段々と難しくなってきていた。そして偶然出会ったポケモンの言語を解する不思議なトレーナーに、抑え切れずに溢れ出した想いを吐き出してしまったのだ。
同報が聞いたら馬鹿にするだろうこの想いを、しかし諦め切れないこの想いを、ヒンバスは誰かに聞いて欲しかった。



「わたくしはうつくしいものにふれたいのです。うつくしいものをみたいのです。そして、もし、できることなら…わたくしも、うつくしくなりたいのです」




例えばこんな汚れた場所ではない、透き通るような青色を持つ海を。様々な色を持つ草木や花々を。人間が作り出した、綺麗だと言われる夜景を、景色を、物を、人を、ポケモンを。数えきれない程ある、世界の美しいものを見たい。そして、無理だという事はわかっている。わかっているが、出来るなら自分もその美しいものの一つになりたい。
ヒンバスの心からの願いを、トレーナーは笑う事なく、黙って聞いていた。そして、話を終えたヒンバスに笑いかけた。


「…ねえ、私と来ない?」


まさかこんな役立たずを誘う人間がいるなんて、とヒンバスは心底驚いた。はねるくらいしか脳がない自分をゲットしようとするトレーナーがいるなんて想像もしなかったのだ。
そしてそのトレーナーは、ヒンバスにとって最も魅力的な言葉を口にする。



「もし私と来るなら、君を美しくする。約束するよ」



―このトレーナーはなんと言ったのだろう。私を、美しくすると。約束すると。嗚呼、嗚呼!何と言う甘美なる響き、魅惑的な誘惑!
不思議な事にこのトレーナーの言う事は、他のポケモンの言葉のように素直に自分の中に入って来るのだ。それは人間離れしどこかポケモンに似た生命力のせいか、隣にいる見覚えのないポケモンが強く逞しく育てられており美しく炎を燈しているからか、理由はわからなかった。否、そんな事はどうでも良かった。自分は何よりこのトレーナーの言葉に惹かれたのだ。




「…ほんとうに、わたくしをうつくしくしていただけるのですか?」



期待により熱が篭った声でトレーナーに問う。それに対してトレーナーは、笑顔で頷いた。喜びで、身体が震える。




「つれていってくださいまし。わたくしを、ぜひ、つれていってくださいまし」








―そしてヒンバスは、そのトレーナー…アヤの仲間になった。約束通りアヤはヒンバスをミロカロスに進化させ、あのヒンバスは美しさを手にした。そして旅の中で強さや仲間、目に見えない美しいものも手にするのだ。





「…ふふ、」

「ん?どうしたの、美桜」

「なんでもございません。…しょうしょう、むかしのことをおもいだしていただけにございます」

「…そう?」




そう言って笑みをこぼすアヤ。美桜、と名付けられたミロカロスは、自らに沢山のものを与えてくれた彼女が一番美しいのだと、そう思い再び幸福そうに微笑んだ。




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