「ありがと蒼、助かった。少し休んで待ってて」


[有難きお言葉…]





やはり睨んだ通りだ。想像通り手持ちにいたガルーラの相手を蒼にして貰い、毒によるダメージを喰らいながらも勝利。私の手持ちはどく状態の蒼がいるが、他はノーダメージの四匹。対するサカキは残り一匹だ。いよいよ私を強く睨み付ける彼に、バトルの続きを促す。




「っ……ドンカラス!」





成る程、最後はドンカラスか。その風貌、そしてヤミカラスを率いるという図鑑の言葉共々、ボスとして…そして組織を率いる者としてのサカキに相応しい。
今までのポケモン達と同じ、ドンカラスが優れているのは物理で、どう考えても物理アタッカー。ならば…



「美桜」


[かしこまりました]




出て来て直ぐにどくびしに顔を歪める姿に心の中で謝罪しながら考える。砂嵐は既に止み、視界は良好だ。
こちらは特殊耐久が強く、そして物理耐久としてもよく出て来るミロカロスだ。しかし物理アタッカーとしての相手の方が威力は数値的に上回る。ただしそれが、全て先手を取れればの話だが。素早さはこちらが上。…さあ、どう出る…?





「お前は、なぜ我々を邪魔する…?」




バトルに集中し構え直した途端、かけられた声。驚き直ぐに反応出来なかったからか、答えないと判断したらしい。いや、と否定の言葉が発せられる。



「それは愚問だったか。……ならば質問を変えよう。なぜあの化け物の為にそこまでする?」


「……母親が息子の為により良い環境を求めるのは普通の事でしょう?」



「その力があれば様々なものを支配出来るのに、なぜ化け物の為にしか使わない」



「…あなたとは選んだものが違うからじゃないですか?私はあなたみたいに、子供を蔑ろにしたりしない。そんな愚かな選択はしたりしない」



「っ、お前に何がわかる!?」




嘲るように吐き出した言葉に対してついに感情を露わにする彼に、思わず顔が歪む。彼の求めたもの、そして捨てたもの。絶対に自分と交わる事がないその選択は、どう考えても理解出来ないから。




「わかりませんよ、手を伸ばせば届く距離にいるのにそれを振り払った人の事なんて。私からしたら一番大切なものを自ら放り投げた人の事なんて…わかりたくもない」



「私は仲間達全員の運命を背負っているんだぞ!?息子もそれを理解していた!!」





「それでも!!」



この、ぐるぐると渦巻く感情は何だろう。洞窟内に響く声、自分の中で消化し切れないものに気持ちが悪くなる。なんでわからない。彼の一番大切にしなきゃいけない、この三年で本当に一生懸命にならなきゃいけないものは他にあっただろうに。だって、ロケット団は絶対に……





「それでも、彼は望んでいたのに!幼い彼が寂しくない訳がないのに、家族を見捨ててまで組織を選んだのはあなただ!!」




「黙れ!選択肢がある人間に私の気持ちがわかるものか!!」






……なんて馬鹿な人なんだろう。直ぐに崩れるとわかっているものを選んで、自分で退路を塞いでしまい苦しんでいるなんて。そして…なんて不器用な父親なんだろう。
そこで私は気付いてしまった。私は全てを…ロケット団の壊滅を知っているからこそ、この人を愚かだと思える。でも、もし知らなければどうだろうか。彼を馬鹿な男だと、はっきりと非難出来るだろうか。


……いや、きっと。一度死ぬもの狂いで息子と再会し、和解する事が出来た経験がある私ならきっと言えるだろう。少し憐れみながら、彼にはっきりと。




「……馬鹿な人……」




「っ!……ドンカラス、ブレイブバード!!」



やけに洞窟に響いたその呟きに彼は思い切り目を見開き、段々と憤怒に顔を歪ませる。そしてその激情のまま、ドンカラスに指示を下した。
普段の彼ならまず何かしら対策を練って来るだろうに、そのままの大技。大きく翼を広げ向かって来るその姿を見る私は、なぜか自分でも驚く程に冷静だった。

……本当に馬鹿で、憐れな人だ。




「美桜、れいとうビーム」





やけにスローで凍りつき地面へと体を叩きつけられるドンカラスに、サカキが膝から崩れ落ちる。
それから何とか、といった様子でボールを操作する彼はまさに茫然自失という言葉が合うくらいに、表情を失っていた。




「なぜだ…私の三年間は無駄だったのか……!またしても我が野望を打ち砕かれるとは……ロケット団再興の夢が幻となって消えていく………」





「……あなたの三年間なんて、私は知りません。…でもね。きっと、今度は自分から手を伸ばせば、もう一つのものはどうにかなりますよ。だって彼は夢でも幻でもない…あなたが望めば振り向いてくれるんだから……」





なぜこんな事を言ったのか。多分、後々考えてもそれはわからないだろう。でもその時私は確かに、憎悪すべき、脅威とすべき集団のボスとしてではなく、一人の父親としてサカキを見ていた。一人の、ただの不器用な父親として。

地に膝を着いたまま動かない彼にもやもやとした気持ちを引きづりながら背を向け、洞窟を出る。そして腰に付いたモンスターボールの一つを操作すれば、見慣れた炎と緑の瞳。それが揺れているのに気付かないふりをしながら、いつもの様に彼の上に跨った。




「……行こうか、ひー」



[……ああ………]





私の言葉に、それでも彼は頷き素直に翼を広げてくれる。…そして、胸に引っかかるものを感じながらその場を飛び立とうとした、その時。
今まで聞こえていたラジオが、突然音を消した。ゲームをプレイしている時に切ない気持ちにさせた、あのセリフを流すその前に。
…その数拍後、再び洞窟から声が聞こえた。





「…………久しぶりだな、元気にしていたか?」





一方的な話し方から、相手のポケギアは留守番であろう事がわかる。…そういえば今はラジオ塔のイベントの最中だ、彼も色々と走り回っていて出る事は出来ないだろう。
…全てが終結し、この親子が再会したらどうなるのだろうか。その時を想像すれば、自分の頬が緩むのを感じる。そして…今度こそ、私はそこから飛び立った。



「……シルバー君の為に頑張れよ…」






全てはきっと、不器用な父親次第なのだ。










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