「…君は変わったね」



目の前の座る、紫の髪の少女。彼女は自分の言葉に、紅茶を飲む手を止めた。キョトン、とでも音が付きそうな顔に、思わず笑う。



「君にあげたタマゴ…あの時タマゴだったのが、ルカリオになった。君の腰に付いたボールが6つになった。確かにそういう目に見える変化もあるよ。…ああ、勿論君が更に可愛らしくなったのもそうだね」



微笑みながら言えば、彼女は頬を薄く染めてどうも、と小さく呟いた。それを見て更に笑えば、隣から軽く肘で突かれる。その肘の持ち主を見れば…どこか呆れ顏。口説くなと言いたいのだろう、波動を使わなくてもわかるその表情に苦笑しながらも頷いて見せた。それでも、相棒の表情は変わらなかったが。



「あの…私が変わったって…どういう事です?」



彼女の質問に、視線は自然とそちらに戻る。頬の赤さはそのまま、しかし真面目な顔をしている姿に、自分も真面目な顔をしようとして…彼女の隣にいるルカリオー蒼が、自分の相棒と同じ顔をしていたので内心笑ってしまった。それが若干表情に出て、笑いかける形になってしまったが…まあ、それでもいいかとひとりごちる。




「そうだね…君が私と出会った時と違うもの…それは、君自身が気付いているんじゃないか?」




その言葉に彼女は目を大きく見開き、そしてぽつりと敵わないな、とこぼした。苦笑し、自分を見上げるその姿はあの時を思い出させる。…忘れもしない、彼女とこうてつ島で出会った、数年前のあの時だ。






ー子供らしくない子供、それが彼女の第一印象だった。こうてつ島には修行しに来たと言う少女、紫の瞳と髪という珍しい色のそれは初対面でも印象に残りやすい。更に、幼い子供から中身が違う波動を感じれば尚更の事。子供が一人で来ては危ない、という形式だけの言葉を一蹴した彼女は、修行の場所を探していた。
そんな彼女に、なぜかバトルを申し込む気にはなれなかった。…理由はわからない。相手を知るにはバトルが一番、そんな考えを持つ自分でも、なぜかそれをする気にはならない。ただ、危ないからと理由をつけて彼女の修行に着いて行った。

彼女のバトルは、成る程、才能を感じるものだった。知識はある、ポケモンとの絆もある、向上心もある、センスもある。ただ、経験が足りない。そして…何か大切なものが足りない。それが何か理解したくて、彼女が修行する間、自分が今使っている小屋に寝泊まりするのを許可した。
様子を見れば、少女は波動とはまた別のものでポケモンの意思を汲み取っているのがわかった。更に、最初に感じた通り、彼女の中身が見た目と大きくかけ離れている事にも改めて気付かされた。しかし、ポケモン想いであり、仲間を大切にするというのはそれ以上に良くわかった。良い人間でなければ、ルカリオがここまで懐く事はない。彼女の人柄ならば…とここで私はある決断をする。


そして、彼女がこうてつ島を出て行く日。今までお世話になりました、と頭を下げる彼女にわここに来てバトルを持ち掛けたのは試したかったからかもしれない。気付きかけた、彼女の足りないもの。それを確定したかったからかもしれない。彼女はそれを受け、バトルが始まった。

…ああ、やっぱり。


バトルの最中感じたのは確信。バトルの中彼女の目を見て、自分の中の全てのものが確信に変わったのがわかった。彼女は仲間を大切にする。それこそ、依存と言ってもいいほどに。彼女は焦っている。まだ幼いのに、まるで時間が無いかのように強さを求めている。そして何よりも…彼女はバトルを楽しんでいない。負ける事を恐れ、勝利のみを求めている。
こんな幼い少女がなぜ。それは少女が波動とは何か違うものを持っているからかもしれない。見た目と中身が合致しないのもそこから来ているのかもしれない。しかし。しかし、これでは余りにも可哀想だ。バトルの楽しさを知らず、崩れそうな体を一人で支えながら生きるのは…余りにも辛い。ならば。ならば、彼女を支えるという意味でも。


…バトルは私の勝ちだった。彼女は仲間のポケモン達の力を精一杯引き出していたが、何にせよレベルも経験にも差がある。しかしそれでも強く唇を噛みしめる彼女に、私は一つのタマゴを渡した。それは、私の相棒と同じ種族のもの。この頼りになる相棒のタマゴならきっと彼女の力に、支えになってくれるだろう。


「…君が今手にしていないもの。このタマゴの子が立派なルカリオに成長する頃までに、それを手にする事が出来るよう願っているよ」



受け取った彼女は、どこか困ったように眉を下げ…そして、笑った。








「……それで、君は得られたかい?」



バトルは楽しいかい?誰かに頼れるようになったかい?それを全て含め、彼女に問う。それに彼女は、先程とは違う表情を見せた。自分が今まで見た事のないそれに、隣のルカリオの穏やかな顔。それが窓から柔らかく差し込む光に照らされる。




「そうですね…色々な物を、得られました」





その言葉に、私は笑う。そして、この後バトルをしようと提案を持ち掛けた。
今度はきっと、彼女の楽しげな目が見れるはずだ。






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