「…ああ、やっぱり。ゴールド君時渡りしてなかったんだ」



ラジオ塔がロケット団に乗っ取られる大きな事件。それはしっかり覚えてたし、HG、SSの重要イベントだったから詳しく記憶していられた。
ラジオから流れるのは彼らのボスに呼び掛ける声。サカキ様、サカキ様と何度も繰り返されるそれに、私は顔を歪める。なぜなら私にとってロケット団は許されざる存在、脅威の一つだから。それを理由に今までレッドやゴールドといった主人公達の後を追いながら組織を完全なる壊滅状態へと追いやってきたのだから。

…まあ、それは置いとくとして。
私がラジオ塔の事件を良く覚えていたのも、セレビィを連れる事によって起こるこのイベントが印象に残っていたからかもしれない。
サカキはなぜ、仲間が危険を犯してまでラジオ塔を占拠し彼を呼び続けたのに応じなかったのか。心を入れ替え、もうロケット団としての活動を完全にやめたから?…違う。正解は、時渡りしたゴールド君が彼がラジオ塔に向かうのを阻止したからだ。そしてそのイベントでここにいなくてはいけないゴールド君は、いない。ならば。




「…私の出番かな、なんて。……お久しぶりです、サカキさん。…って、やだなあ、そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃないですか」



「フン…旧友との再会という訳でもあるまいし…お前に微笑まなくてはならない理由がどこにある。紫の悪魔め」



「まったく…その呼び方誰が広めたんですか?こんな可愛らしい女の子を捕まえて」



そう言って更に笑みを深くする私に対して、彼は嘲笑した。上から目線の威圧的な笑いに、それでも私は表情を崩さない。目を逸らさず、決して相手のペースに呑まれないように。それが私が以前ロケット団と対立し学んだ事だ。



「……戯れ言はここまでとしようか」




不意に、彼の表情が変わる。その顔、そしてその目は相手を服従させ恐怖させるボスそのもの。三年経っても衰えない圧倒的なまでのオーラに、それでも私は笑みを浮かべたまま。ただ、それをまるでチェシャ猫のような、悪戯な、そして相手に不快感や恐怖を抱かせるものに変えるだけ。


「紫の悪魔…お前がここに来たという事は……。見逃せ、と言っても無駄だろうな」


「よくわかってるじゃないですか」




サカキ様ー!聞こえますかー?我々ついにやりましたよー!ラジオから繰り返される声にちらりと視線を送り、そして私に戻す。手元は何時の間にか取り出したのか、4つのボールへ。それに倣い、私も腰元にある5つのボールへと手を伸ばす。



「お前の可愛い可愛い化け物は連れてこなかったのか?」



ボールを投げる寸前、その言葉に動きを止める。やはり気付いたかと感心すると同時に、我が子に対する呼び名に内心舌打ちした。



「子供の教育によろしくないモノは余り見せない主義なもので。あなたとは違って、ね」



「あの化け物には今更の話だろう?…まあいい」



挑発には乗らないようだ。私の言葉は彼の眉を一瞬動かしただけで終わった。そして変わる、空気。帽子で見辛いにしても、その目に決意が宿ったのを感じる。




「かつての仲間達が私を必要としている……かつての失敗はもう二度と繰り返さない!ロケット団は生まれ変わり、世界を手にするのだ!!」




宣言と共に投げられたボール。強い強い気持ちに、しかし私も負けるつもりはない。腰のボールを一つ、前方へ投げた。
強い光と共に現れたのは彼のニドキング、そして私のバンギラス。多くの技で弱点を突けるとはいえ、相手は技のデパートと呼ばれるポケモンだ、何を覚えているかわからないし戦い辛い。…というのが一般的な感想だ。それでも私からしたら相手が悪いとしか言いようがないが。


[随分とまあ久々じゃねえか、オイ。…テメエ、早々にダウンして俺を退屈させんじゃねえぞ?]



場に出るなり特性であるすなあらしにより砂を撒き散らし凶悪な表情を見せる仲間に、こんなシーンにも関わらず何とも言えない気持ちになる。この戦闘狂め…一瞬その表情と砂に顔を顰めたニドキングよりもこっちの方が悪役のように見える。
春楡はどんなポケモンにでも容赦なく、そして闘いを何よりも楽しむ。少しは改善されたようだが、その根本は変わらないだろう。だからこそ、ここぞという時の切り札にもなってくれるのだが。

…さてと、相手はどう来るか。
少し緊張感が欠けてしまった事に反省しながらその動向を探る。レベルはこちらの方が上とは言えバンギラスは素早さが高くはない。しかしまあ、ニドキングならば種族値を考えると基本的に……


「ニドキング、じしんだ!」


[わかりました]



「まもって、春楡!」


[おらよっ!]



物理アタッカーになりやすい。物理技メイン、サブに特殊技というタイプが今までサブウェイで闘ってきたニドキングには多かった。そして、地面技が大きく刺さるバンギラスに地震はいい手だ。この砂嵐の中、補助技は余り使用されないニドキングに長期戦は余り向かないだろう…相手が防御、特防共に高いバンギラスなら尚更の事。
ならば先手は、と直ぐに構えていたので繰り出された技は素早い。地震がその体に届く前に、防ぎきった。


「春楡、反撃してやれ!」



[チンケな揺らし方してんじゃねえよ…本物の地震っやつ、手本に見せてやらあ]




「っ、ニドキング!」



寸前で守られ反応が遅れたニドキングに、その恐ろしいまでの攻撃力、そして高いレベルから繰り出される地震が直撃する。大きな音を立て地を揺らすその技はまるで一撃必殺。弱点を突いたそれに耐え切れず、ニドキングは地に伏す。



[ケッ…一撃かよ、雑魚が…]





つまらなそうに顔を歪め吐き捨てる春楡に、注意の言葉はかけない。何故ならこれが彼だし、これでも随分と丸くなった事を私は知っているからだ。昔は…そうだ、昔はバッジを持っているのに言う事さえ聞いてくれなかった。色々と自信を失いかけた、しょっぱい思い出もある。




「っ……行け、ニドクイン!!」





少し思い出してしまい苦い表情をしていた私を現実に戻したのは、閃光のような光と共に繰り出された二つ目のボール。
先程のトゲトゲした姿が似ている…しかし、どこか丸みを帯びていて優しい印象を与える、ニドキングと対になるメスだけのポケモン。

その種族値から考えれば、純粋な物理アタッカーとしてはニドキングには劣る。サブウェイで見た、安定した型は確か…



「ニドクイン、どくびし!」


[了解です、マスター]



「チッ…ちょうはつして!」




やはり、物理耐久。覚えると便利などくびし、後は使うとしたらこの状態ではほえるかあまえるか?ニドキングの技を受けてでもりゅうのまいをやっとけばよかったかと少し後悔する。…バンギラスとニドクインの素早さに大きな変わりは無かったはず。ここはゲームとは違い、乱数や細かな数字などは余り関係してこない。大まかな数字は関係してくるが、最後に根性のあるポケモンが勝つ、なんて事も度々経験してきたのだから。
取り敢えず補助技は禁じたが、何が来るかわからない。うちにはどくタイプがいないので、まきびしを止められない。そして相手はサカキ。必ず手持ちに入ってるであろう、あいつがいる。
…少しみんなに我慢して貰うしかないか。考えた末、仕方ないにしても避けられないであろう展開に苦い表情になる。しかし私もトレーナーだ、一瞬で目の前のバトルに思考を戻した。



「ニドクインなみのり!」


[はい!]



「かげぶんしんで避けてどろかけ!」



[っ…!]



[ケッ…]




背後に見えた水の塊に声を上げる。流石にそれは少し痛い。補助技を使う事に対して不満の声が聞こえたが、これで避けれたし回避率も上がったんだ、文句言わないで欲しい。そして砂を相手の目に叩き込むチンピラのようなバトルの仕方に一瞬言葉を失いかける。普通にかけるだけでいいじゃんか…相手一応メスだよ…?
なんとか緊張感を維持し、最後の指示を下すべく砂あらしの中場を睨み付けた。




「足元にれいとうビーム!そしてっ…」


[なっ…!?]



「ニドクイン、後ろだ!」




声に反応したニドクインが振り向くが、もう遅い。すぐ後ろに、もう春楡がいるのだから。


「思い切りれいとうパンチ!!」



[ぅおらあっ!!!]




[きゃああああああああっ!!!]





春楡の拳が青く光ったと思えば、そのままそれが相手のニドクインに当たった。足元が凍っている為避けられる事はない。その氷さえも破壊し吹っ飛ぶその姿に、サカキが初めて苦々しい表情を浮かべた。








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