久々のカントーだった。というのも、イッシュのライモンシティにほぼ泣き落としの形で私を繋ぎ止めた双子がいたからだ。こちらに来ると行った時のあの二人の狼狽えっぷりは尋常ではなく、色々あって知り合った若くしてライモンのジムリーダーになったあのビリビリしびれちゃう美女(ただし今は年齢の関係で美少女)まで巻き込む大騒動にまで発展したのだ。
結局は、最低でも月一はライモンに行くという約束で何とか落ち着いたが…本来ならもっと早く戻って来るはずだった窓の外に広がるハナダの町を見て、私は軽く溜め息を吐いた。



「どうしたんだい、母さんや?」



それを目敏く見付けたピンクの髪の少年が笑いかける。中性的な声に合う、可愛らしくどこか幼い顔。何でもない、と軽く手を振って答えながら、横に座る紫の髪の青年にも安心させるように笑う。どこか心配そうに髪と同色の厳しそうな目を揺らしていた彼は、ほ…と肩の力を抜いた。さらり、透き通るような綺麗な髪が頬にかかる。

……そう、髪だ。

ここにいるのは、私の知り合いであり愛息子の父親的存在であるミュウ、そして私の愛息子でありポケモンとしての名はミュウツーと呼ばれる紫優である。なのに、普段髪の毛を持たない二人が髪を持っている。しかも、顔も、体のパーツも全て人間と同じものを持っている。これは、一体、どういう?
…一般人ならそんな反応をしただろう。しかし私は大学に入ってからそこまでそういう物に関わらなくなったとはいえ、かけ算の別の意味もわかる人間だったし、夢小説なるものもしっかりと読んでいた人間だった。

擬人化

この現象を一言で表すとそれだ。よくポケモンの夢小説サイトやとある絵描きの集まるイラスト投稿サイトで見かけたあの現象が、私の知り合いであるミュウ、息子である紫優、そして仲間全員に起こったのだった。しかも、カントーに来てから突然に。
最初は完全なるパニック状態だったが、時間が経つにつれて全員がその現象を受け止めていた。すきにポケモンにもどれますし、べんりでございましょう?というのは、美しく完全に性別不明、寧ろ性別はミロカロスとしか言えない姿になった美桜だ。バトル狂の春楡を除く他の面々もどこか楽しそうに人間しか出来ない事を堪能していたので、私は改めて仲間達の適応力に驚かされる事となった。
ただ、唯一の心配は愛息子だ。ライモンの人々のお陰で少しは克服したものの、相変わらず彼の人間不信は治っていない。なのでその余り良い気持ちを持っていない人間の姿になったら、自分の姿を嫌悪してしまうのではないかと思ったのだ。
しかし、それは杞憂だった。愛息子は私の予想以上にライモンの人間の影響を受けたようで、なだめる意味も含めお揃いだね、と言ったら彼も擬人化した姿を認めてくれたのだ。恐ろしいほどのライモン人…主に白黒双子のゆるゆる弟と大ざっぱなビリビリ美少女の影響力よ。そして私と人間の姿で再開し、便利だからいいかな、と言ってのけたミュウの適応力よ。

そして今日は久々に…本当に久々にミュウと会う事になったので、じゃあ、とポケモンセンターではない少し豪華なホテルの一室にいる。仲間達は親子水入らずで、なんて気をきかせてみんな外へ散った。…本当に気をきかせているからであって、ただ遊びたいだけではないと信じたい。お小遣い沢山あげたけど。
そして私達は現在、だだっ広いホテルの一室で顔を突き合わせているわけだ。四角い木のテーブル、カントーらしく少し和風な雰囲気が取り入れられてるのか座卓となるそこに私を挟んで右手に紫優、左手にミュウ。
この状態になって20分程経過しているが、先程から紫優は意図的に私にしか話し掛けないし、ミュウは紫優に話し掛けたいのがわかるが何を言っていいのかわからないようで、ソワソワちらちら私を見て来る。私にどうしろと。




「……母さん、何か飲み物を入れよう。紅茶と緑茶、どっちがいい?」




…これはこの状態を打破するきっかけになるかもしれない。立ち上がった紫優に少し驚きつつも、その少し近寄り難いクールさを含む、しかしかなり整った部類である顔を見上げる。



「最近はイッシュで紅茶ばっかだったから、久々に緑茶が飲みたいな」




微笑みながら答えたら、ふにゃりと崩れるクールな顔。わかった、と返事をしながら頭を軽く撫でてくるその仕草に私も破顔する。一瞬で表情は戻ってしまったが、それが母親にしか見せない顔、という感じがして嬉しくなってしまった。ああもう本当にうちの子供は可愛い……じゃなかった。
親バカモードに入りつつある自分の思考を何とか戻し、紫優に見えないようにミュウを肘で突つく。いきなりのつつく攻撃に一瞬顔をしかめるも、何やってるんだお前もリクエストしとけとばかりにジェスチャーすると、すぐにハッとした。



「あ、あの…ボクも、緑茶が欲しいな……」



「………わかった……」





返って来た言葉に嬉しそうに顔を綻ばせるミュウに、お前は恋する乙女か、とツッコミを入れるべきか迷う。しかもそれが儚い容姿と合間って似合ってしまうのだから、何とも言えない気持ちになった。
まあ二人は私が入院していた時に交流があったが、それは紫優の敵意を削ぐくらいのもの。未だぎくしゃくした関係は変わらないのだ。
しかし数ヶ月イッシュで過ごした事により、紫優も変わった。今ならこの妻の連れ子に必死に好かれようとする夫のような関係も改善されるのではないかと思い、今回再開の機会を設けのだ。私も出来る事ならどうにかしたい。…そうこうしているうちに、紫優が戻って来た。その手には、緑茶が乗ったお盆。



「母さん、お茶が入った」





私には素敵なスマイルを、ミュウにはクールな顔を向けながら目の前にお茶を置くという器用な事をした息子に少し感謝の際の微笑みが引き攣る。私に嫉妬の目を向けられても困る。そして私に寄り添う一歩手前のような場所に再度腰をおろした紫優。目の前には、自分の為のお茶。
…再び、沈黙。たまにずず、とお茶を啜る音しか聞こえないこの状態に真っ先に耐えられなくなったのは、私だった。

スパンッといい音が響き、二人が同じ驚愕の表情でこちらを見つめる。片方は音と比例して結構痛かったのか涙目だ。しかし変わらない並んだ二つの顔に、やはり繋がっているのだと感じてどこか嬉しくなった。それを隠し、呆れたような視線をミュウに向ける。涙目のそいつに、一言。



「言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさい」





言って、ふいと視線を背ける。わけがわからないと困惑していた顔が、苦笑に変わった。そうだね。そう呟かれた声はいつもの落ち着いた彼のもので、私はどこか安心した。





「……ボクはね、一人ぼっちだったんだ。人に顔を見せられず、ずっと色んな所を飛び回り、他のポケモン達と過ごす…ああ、はたから見たら違ったかもしれないけど、ボクはずっと同じ存在がいない、一人ぼっちだった」





語り始めたミュウに動揺を見せたのは紫優だ。…大丈夫。きゅう、と手を繋ぐと、気持ちが伝わったのか安心したように少し力が抜ける。人間の姿になった事で表情がわかりやすくなった我が子に、ミュウもそれを見て判断したのであろう、言葉を続ける。




「…前に言った通り、ボクは君に恨まれて仕方がない事をした。自分の保身の為に酷い事をした。君の苦しみを理解出来るなんて言わない。……でも、嬉しかった。自分と少しでも同じモノを持った存在が、アヤと、ミュウツー…いや、紫優という存在が出来て、嬉しかったんだ。…ボクはもう、一人ぼっちじゃないって…」




きゅう、と手の力が強まる。しかしそれでも紫優は、ミュウの話を妨げる事はしなかった。




「…わかってるんだ、自分勝手だって事は。でも、ボクはどうしても普段ふざけて言うような親子の仲に憧れてしまう…ボクと同じなのは、君達しかいないから。だから……だから、少しずつでもいい。ボクと、会ってくれないか…?」



「っ……」





自分勝手だ、我儘な奴だ、ふざけるな…言える言葉はたくさんあった。でも、ミュウは本当にそれを求める目をしていたから言えなかったんだろう。今まで同じ目をして彼を求めたのは、私しかいなかったから。
ゆらり、困惑の色に揺れる紫の目。どうしよう、どうしたらいい?迷った末に答えを求めたのは、私にだった。母さん、どうしたらいい?目線だけで伝えられた問いに、同じように目線だけで返す。だってそう迷うという事は、多分心の底では答えが出てるのだから。

…自分の思う通り、伝えなさい。
それを見て一瞬目を見開くもゆっくりと頷き、ミュウと向き合った愛息子に頬が緩む。ああ…やっぱり彼は変わった。人と関わって、成長したのだ。真剣な眼差しを持つ、その横顔は出会った当初とは違うものだった。



「我は…お前を、完全に許した訳ではない。だが……」




そこで、初めて。そう、初めて紫優は、ミュウに微笑んだ。息をのむ彼に、そのまま言葉を紡ぐ。




「……たまになら、会ってやってもいい……」





すぐには理解出来ないように、数回瞬きをして。そして、段々と目が下がる。今にも泣きそうな、それでも本当に幸せそうな笑顔で。



「……ありがとう………」





掠れた声で呟かれた言葉は、部屋に反響して。やっと手の力を抜いた愛息子に、今度はこちらから強く握り返してやる。そして、身長が足りない分膝立ちになったが、思い切り頭を撫で、抱き締める。息子の成長が嬉しくない親なんていないのだ。私の胸は、ぽかぽかと温かかった。
不意に横から羨ましそうな視線を感じ、そちらを向く。何してるんだか…。内心の苦笑を見せず思い切り笑ってやれば、見開かれる目。しかしそれはすぐに笑顔に変わり、そして横から感じる新たな体温。私達を纏めて抱き締めるよう広げられた小さな手に、どこか慌てたような紫優。それがおかしくて、私とミュウは顔を見合せて更に笑みを深くした。






*──────
白様リクエスト、擬人化した親子と家族団欒でほのぼの、でした。

ほのぼ……の…?
途中無駄にシリアス入ってしまい、あれ、これってほのぼの?と私自身首を傾げる出来になってしまいました。どうやら私は、一度辞書でほのぼのの意味を調べるべきなようです。どうしてこうなった。ミュウが完全に妻の連れ子に必死に好かれようとする再婚する夫状態。どうしてこうなった。
そして他の方のリクエストの話と密かにリンクしてたりします、というどうでもいいような情報を追加してみたり←

それにしても擬人化は当サイト初だったので、少し緊張しながら書きました。私の中ではミュウは中性的なおかつ儚い印象の少年で、ミュウツーはクールで無表情(ただし母親は別)、どこか近寄り難い長身のお兄さんという勝手なイメージがあります。イメージが違うものになってしまっていたらとても申し訳ないです(´・ω・`)

しかしとても新鮮な気分で書けました。擬人化、楽しい…!
白様、リクエスト本当にありがとうございました!


※この小説は白様のみ、お持ち帰り頂けます



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