…結局私は、両親に全てを打ち明ける事も、アメリカ行きを止める事も出来なかった。今この世界での精神的支えである二人。その二人にもし拒絶されたらと考え…情けない話だが、結局のところ怖くなってしまったのだ。そして現在、1997年秋…ゲーム通りの世界ならば、全てが始まる数ヶ月前。私はラクーンシティのラクーン警察署付近の一軒家に、引っ越す事となった。引っ越しの際新居の周囲の建物に見覚えがあるのを感じ、改めて絶望したのは記憶に新しい。


両親にはせめてもの抵抗として、母親にはもしも誰かが避難しろと言ってきたら何があっても逃げようと約束したし、父親には私達に仕事での出来事を隠す事なく話す事を約束させた。父さんの仕事に興味がある、と言えば喜んで頷いてくれた。多少罪悪感はあるものの、嘘はついていない。
…しかしその二点を約束したとは言え、このままでは洋館から始まるあの出来事に巻き込まれる可能性は大いにあるし、父親なんてアンブレラ勤務だ、深部で働いて無いにしても生存率は極めて低い。


…どうにか、しなきゃ。



これ程までに前の世界での力が欲しいと思った事があっただろうか。生き残る為とはいえ人外と呼ばれるに値する能力…それがあれば必ず二人を救えるのに。この世界で強大な力を手に入れるにはウイルスを体内に入れるしかない…しかしそれではリスクが高過ぎる。もし上手くウイルスと細胞が結び付かなければめでたく私もアンデッドの仲間入りだ。…どうすればいい?どうすれば…。

考え事をする、と言って家から出て来た私は、ぐるぐると回る思考の中…気付けば無意識に警察署の前まで来てしまっていたようだ。主人公が居るからといって…ここには黒幕もいるのだから来るべきではないのに、何をしているのだろう。溜め息を一つ落とし踵を返そうとした瞬間、男性数人の声が背後から聞こえた。
当たり前のように英語だ。一番最初の人生の大学までくらいしかリスニングのスキルを持っていない私にとってネイティブな発音を聞き取るのは至難の技だ。これから言語についてもどうにかしなくてはいけない、と更なる課題に再び落ち込みそうになった時…確かに、その名前は聞こえた。



「−Chris」




くりす……クリス……!
思い掛けない場所で耳にした主人公のファーストネームに体が反応する。私の足はピタリと止まった。
…彼らも私と同じ方向へ向かっているようだ。背後から聞こえる足音に、ドキドキと胸を鳴らす。クリスがいるのだろうか…?すれ違いざまにその姿を見ようと決意した、その瞬間だった。

すぐ横を通った、一人の男性。均整の取れた肉体に高い身長。燃えるような赤い髪。そして、その横顔。
まさかそんな、いる訳がない。でも、私が彼を見間違えるはずもない。せめぎ合う二つの考えに…私は、自分の直感を選んだ。



「………ひー…?」





カラカラと乾く口から発せられた声は思ったよりも小さかった。この人通りの中で届いたのだろうか?不安になりもう一度、と動き辛くくっ付く唇を開こうとする。



ーピタリ。



その、赤毛の彼の足が止まったのだ。ひ、の音を作ろうとした口の形のまま、私は彼を見上げる。…ゆっくりと振り返る彼。それはまるでスローモーションのように、とても長い時間に感じた。

……緑の瞳に、私が映る。




「………アヤ……?」





…ああ、やっぱり彼は私の大切な相棒なのだと、胸に熱い想いが一気に広がって頭がクラクラする。そう…会いたくて仕方が無かった彼の、名前は……



「緋翼……!」




それを口にした瞬間、ドン、と体の中が燃えるように熱くなった。内部のエネルギーを一気にこじあけたような…遥か昔、念を習得した時のような感覚。その熱に耐え切れず意識が大きく揺れた。近付いて来る地面に、ああ、意識を失うのかと慣れたように目を閉じる。



「っ、アヤッ…!」



起きた時には怪我をしているだろう。しかし懐かしい、焦った時の相棒の声を久々に聞いて、私は満足しながら意識を手離した。



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