「それじゃあ彩、いい子にしてるのよ」 「はーい。…いってらっしゃい、ママ」 「ええ」 にこやかに手を振るその人に、同じように笑顔で手を振れば満足そうな顔。軽い音を立てながらドアが閉まると同時に、私は表情を消した。 玄関に立っている鏡を覗けば、そこに映るのは小さな女の子。どう見ても小学生くらいの体の大きさ、そして顔の幼さ。サラサラな天使の輪が出来ている髪の毛の色は…茶色がかった、黒。唯一の名残りなのか、子供特有のまん丸な瞳の色だけは深い紫色をしていた。 …三度目だ。やり直すのは三度目。二度目のやり直しで失うものは多かった。それでも私には家族がいたし、仲間が出来た。大切な友人だって、たくさんいた。…三度目のやり直しでは、失うものが多過ぎた。あの時の仲間、そして息子の絶望的な顔が忘れられないままのリ・スタート。おぎゃあと泣き叫ぶ自分が信じられなくて混乱する一方、どこか冷静にこれが世で言う転成か、と考えていたのを覚えている。 転成先は1983年、夏、現世…とは違う場所。何故過去に生まれたのか、それはもちろん気になった。しかし私は幸運な事にもう一度日本人として…彩として生まれる事が出来たのだ。家族は、ここにいるのか。私がそこにいないのは当たり前だから仕方がない。それでも、元気にしてるのか。それが確かめたくて私は必死に現世の家族の痕跡を探した。…しかし、一切出て来なかった。父親の勤めていた会社も、私が通っていた母校も、母親の実家も、何もかも。そこで私はこの生まれた場所が、現世に良く似た世界だと理解した。不思議とすんなり受け止められたそれは一度あの世界を捨てているからか…それとも、仲間と家族を失った喪失感からかは、わからなかったけど。 「…ああ、もうすぐ帰ってくるか…」 誰にも似ない瞳の色、子供らしくない精神。それを気味悪がらずに全て受け入れてくれている両親には本当に感謝している。だからこそ私はここで生きていけるし、心を壊さずにいられるのだ。…ああ、それでも。それでも。 「ただいま、彩」 「おかえりなさい、ママ」 ……彼らと会いたいと思ってしまうのは、駄目な事なのでしょうか。 ←→ |