「大人しくしろ!!」


特殊部隊らしい服を着た人が、一匹のポケモンの周囲をぐるりと囲んでいた。更にその周りにはテレビカメラ、そして遠巻きに野次馬。
構えられた無数の銃に、その中心にいるポケモン…二ドリーナは、怯えながらも必死に威嚇する。恐い、恐い、何もしてないのに、わからない、恐い、助けて。威嚇の中に隠れた叫び声はしっかりと私の耳に届き、焦る気持ちを強くさせた。隣で人の形を取っている緋翼も同じ表情だ。
このままではあの子は殺されてしまう。それでもこのまま私が出て行けば…まだ時空の歪みの場所も特定出来ていないのにこんな大勢の人々に顔を晒せば、事情を知りながら住まわせてくれているあの人達に迷惑がかかる。それでも、絶対に目の前の命は助けなくてはいけない。
どうしよう、どうしよう、どうしたらいい?
気持ち悪いくらい回る思考に、視線が揺れる。そこでふと、野次馬の一人、子供を連れてこの光景をみにきている人間が目に入った。正確には、その子供の持っている物が目に入った。

……これは、いけるかもしれない……!



実行するまでの手筈を考えて、直ぐにそれは行えると判断される。…でも、とても恥ずかしい。この歳になって、もっと違う方法が、それはない。羞恥心が同時にムクムクと膨れ上がる。だって、流石に、それはない。



「射撃ー構えー!!」

「さあ、ついに謎の生物が射撃を受けようとしています…!」



しかしそんな周囲の声が聞こえれば直ぐに羞恥心は吹っ飛んだ。私の恥ずかしさが何だ、一番は目の前のポケモンの命だ。何を迷う事がある。
同じ事を考えてるのだろう、今にも飛び出しそうな…それでも飛び出せない、酷く辛そうな顔をした緋翼に笑い掛ける。



「……任せて」


「なっ、待っ…!」



何かやらかすと気付いたのだろう緋翼の制止の手を振り切り、空のボールを持ってみがわりを使ってから跳躍。他の世界で鍛えた脚力を使えば、技を使わなくても充分…人の目に止まる程飛び上がれる。すかさずフラッシュ、そしてエコーボイス!




「ちょっと待ったあ!」




直ぐにまず顔を重点的に、そして段々と洋服などをへんし……え、ねえちょっと、普通にへんしん使ってれば良かったんじゃない?ふと湧いたそんな疑問は必死にシャットアウト。ここまでやったならやるしかない。やりきるしかない。
イメージは、私がまだ実際に体験したことの無い…それでもゲームでは青い髪のあの人と会う為にやりこんだポケウッドのヒロインに少し前世の日曜日の朝にやっていたような幼女並びに大きなお友達に大人気なアレをプラス。ポケモンと言えばあれ、という前世から抜けない考えで、カラーリングは黄色。頬っぺは赤く、ギザギザ尻尾も忘れない。ヒラヒラスカートでビルの上に着地し、いざ参らん。




「悲しい声を無くす為、モンスターを救う為、みんなをハッピー笑顔にする為!ピカピカきらめくスーパーパワーで!」





そしてビルの上から銃口の先…要するに、二ドリーナの近くへと更に跳躍し、難なく着地。…これ、今即興で考えたんだよ?誰か褒めてよ…。オタク脳は何年経っても変わらないのだと改めて突き付けられた瞬間でもある。いや、わかっていたけども。
…誰も何も言わないのは、文字通りみんな唖然としてるから。それが狙いでもあるから、こちらとしては好都合。ていうか言わないで下さい。




「モンスターの未来に…ご奉仕するピカ!」




やべえ混ざった。大丈夫だよね?誰にも怒られないよね?パクリって言われないよね?集英社と講談社だから大丈夫だと信じたい。
内心焦りながら決めゼリフ、決めポーズと同時に軽い電撃を背後に飛ばす。まあ演出効果以外の理由もあるんだけども。




[あなた何者なのよ!?]



「お前何者だ!?」




奇しくも同じセリフを叫んだ二ドリーナと特殊部隊。それに私はにっこりスマイルで返す。…あのカメラ全部壊せないかな。まあ無駄よね、ケータイ構えてる人いっぱいいるし。本当、ほうでんでカメラ系だけ壊せないかな?そんな事を考えていてもスマイルは忘れない。だってそれが鉄則だから。




「私はピカチュウガール!この子達を助ける為…保護する為にやって来た正義の味方!この子が迷惑をかける事はあったかもしれない…でも、この子もただ怯えてるだけなの!知らない場所で一人きりで、恐いだけ!…そうでしょ?二ドリーナ」



[あ…!あなた、もしかして…!]




種族名を知っていて、更にピカチュウ。これで自分の事を知っている者だと理解出来たのだろう。この、ポケモンが一匹もいない世界ではない、二ドリーナとして生きてこれた世界を知っていると。そっと彼女に笑い掛けると、その威嚇をやめてくれた。




「…元の場所に帰ったら、もちろん戻すって約束する。でも、今だけは入っててくれるかな…?」



言いながら見せたのは、彼女も知っているあのボール。そろそろフリーズも解けたのだろう、騒ぎ出す外野を無視してその目を見つめ続けると、静かに頷いてくれた。…ありがとう、小さく呟く。




「いっくよー!ピカピカスーパーボール!!」



軽いフラッシュでボール開閉の光を派手に見せつつ吸い込まれる彼女に内心頭を下げる。ごめんね、後でまひなおし使うからね。攻撃されずに済んだのは最初の電撃によるまひ効果もあったのだ。仕方なかったとはいえ、少し申し訳ない。
カタ、カタ、と数回揺れてから大人しくなったボール。それをまた軽い電撃を飛ばしながらサイコキネシスで手元へ。地味にめんどくさい。
それでも最後まで決めなくては…最後の決めセリフ、決めポーズまで。これも鉄則なのだから。



「今日もピカピカっと一件落着!…困った時は私を呼んでね!何時でも駆け付けるから!」




待て、とか動くな、とか言われるも全て無視だ、無視。捕まるのはごめんです。




「それじゃあみんな…バイバイ!」




制止の声、そして歓声の中テレポート。ヘリが飛んでいないのは確認済みだ。瞬時にへんしんを解いて、テレポートでみがわりと入れ替わる。



「………ただいま」



「……………おかえり」






私の気持ちを察してか、仲間の中でもとても空気の読める緋翼は何も言わなかった。穴があったら入りたい。無くてもあなをほるで掘って入りたい。ああすみません、じしんはやめて下さい。


「……つかれた」



「………帰るか」


「………うん」




一度やってしまえばもう引き返せないもの。これからずっとこの世界でポケモンを保護する時はあのスタイルでやる羽目になるなんて、精神的疲労で働かない私の頭脳では気付けなかった。





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