「う……ん………」




何やら硬い感触に、身じろぎする。段々とはっきりしていく意識。



「……ん………」



ぼんやりと瞳を開けると、目の前には白い壁があった。


「……ここ、は……」

[目覚めたか…]



と、同時に上から降って来る威厳があり、壮大な声。ゆっくりと身を起こすと、白い壁が少し動いた。…これは壁ではなく、生き物のようだ。
そう考えると同時に感じる、強い頭痛。それは痛みと共に先程までの記憶を呼び起こさせる。



[まだ魂が体に入ったばかりなのだ、慣れてないのだろう]



全てを見透かしたように声をかける、この白い壁…ならぬ、白い生き物は……



「アルセウス……」



創造の神と呼ばれるポケモンが、威風堂々とした姿でそこに立っていた。




[そうだ、人の子よ。我が名はアルセウス。創造の神と呼ばれるポケモンであり…そなたを呼んだ張本人だ。
…人の子…名はアヤと言ったな。体に違和感は無いか?]

「頭痛、以外は特には…」

[…ふむ、上手くいったと思われる]



アルセウスはその大きな体、大きな顔で納得したように頷いた。そして、再び口を開く。



[アヤよ…ミュウよりある程度の説明は受けたようだな]

「…ええ、まあ…」

[ならば話は早い。そなたにはギンガ団が活動を始める数年前に行って貰おうと思う]

「…数年前…?なぜ…?」

[…違和感を感じなかったか?ミュウがそなたと接触した理由、そしてその時期について]



違和感…そうだ、よくよく考えてみればミュウツーが創られるのは、レッドが旅に出るよりも前の話。そしてギンガ団が事件を起こすのは、レッドがチャンピオンになり、そして三年後に再び活動を始めたロケット団をゴールドが壊滅させた、そのしばらく後の話だ。これでは時系列が合わない。



[……時渡りだ。我らはディアルガとセレビィの力を使い、事が起こる数年前に飛んだ。そして、その時代のミュウに協力を求めたのだ。その時代、我らは人間や普通のポケモンが暮らすのとは違う時空で眠っていたからな]

「でも、なんで…」

[そなたをこの世界に馴染ませる為だ。そなたは異世界の魂があるとはいえ器は単なる人間、一人で他の世界へと飛んでも生き残る事は難しい。必ずやポケモンの力が必要となるだろう。
そこで、事件が起こる数年前にそなたを飛ばし、そなたに我らの世界に…そしてポケモンに慣れて貰う事にした]



そこで神と呼ばれたポケモンは初めて、私に視線を向ける。
きっとアルセウスからしたらふいに視線を逸らした程度の事なんだろう。しかし私は大きく増したプレッシャーに背中に汗をかいた。




[数年の間はそなたの思うように行動するが良い。しかし、アカギが動き時空の歪みが活発になったら…理解出来るな?]



頭上から注がれ、全身を貫く大きなプレッシャー。この状態で断れるような人間が存在するのだろうか。
ぎこちなく、そして小さく頷けば、アルセウスの満足げな息が聞こえた。途端に、向けられたプレッシャーが軽くなる。



[…幸いにも、そなたはミュウのお陰で特殊な能力を持ったようだ、少しは身の守りにもなるだろう]


「特殊な力…?」


[さよう。ミュウが人間に遺伝子ポケモンと呼ばれている原因を知っているな?]


「…全てのポケモンの元で、全ての技が使えるから…?」


[そうだ。…そなたの子の魂にのみ力を与えるつもりだったのが、力が溢れてそなたの魂にも与えられたようだな。
そなたには全てのポケモンの技が使えるようになると共に、我ら以外のポケモンの言葉を理解する力が加わった]



そう言われても実感が全く湧かない、また他人事のような話しだった。人体の構造上無理な「そらをとぶ」を行えば翼でも生えるのだろうか、とぼんやりと考え…そこでふと気になる事が浮上する



「…ミュウから力を貰う前から、話せていたんだけど…なぜ?」



ポケモンと話せるのはトリップ特典とやらだと考えていたのだけど、アルセウスの話からして違うようだ。私の質問に対し、アルセウスはふむ、と頷く。



[我らのように人間から伝説、と呼ばれるような強大な力を持ったポケモンは元から人間の言葉を理解する能力がある。…他のポケモンよりも長い間生きてきた中で会得した能力だと考えられているな]


伝説のポケモンとは誰でも話が出来るらしい。納得したように頷き返せば、アルセウスはハッと空を見上げた。



[……時間が無いな。良いなアヤ、よく聞け。そなたがこの世界に現れその肉体を持った瞬間、この世界は我らの力によって停止した。そなたが我らの時代に追い付くまでの応急処置だ。そんな中動けるのはそれに協力している、力を持ったポケモン達のみ。しかし情けないが我らもそなたの魂を呼び出し時間を止める事で労力の全てを使いきっている。
…そこで、そなたの時代にも目覚めており活動している伝説のポケモン達にも話をつけておいた。そなたはいざという時にそやつらに頼るが良い。そして一部の博士と呼ばれる人間も同様だ。そやつらにも話はしてある、何かあったら頼ればいい。
……そなたを此処に引き止めておくのもそろそろ限界のようだ。セレビィ]

[うん]



アルセウスが声をかける、と同時に何も無かった空間に黄緑の光が現れ、段々と姿を形取っていった。そしてそれは私の記憶の中のポケモンと一致する。




[それじゃあ行くよ。君を数年前の世界に送り届ける。――時渡り!]





セレビィが叫び、大きな光が生まれる。眩しくて思わず目を閉じると、声が聞こえた。




[また会おうぞ、世界を救う人の子よ…!]





聞き終えるか否かのタイミングで、不思議な感覚と共に私はその場から姿を消した。
―そして、ここから私の旅が始まったのだ。




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