[このままの状態で体から魂を離してもすぐに消滅してしまうし、ボクの力を分けるよ] ミュウはそう言って、私の腹部に手を置いた。―途端、温かな光と共に強いエネルギーが体に流れ込む。 「っ……」 […う、ん…これで平気、かな……] 生まれて初めての感覚に息を詰まらせる私。しかし、言いながら手を離すミュウも同様に肩で息をしながら苦しそうな顔を見せていた。 …そうだ、彼は今捕まっていてボロボロの状態なんだ。やっとの思いでここまで来て、そして今エネルギーを私の子供に分けた。ということは、随分と力を消費していて辛い状態なのでは…? 「……だいじょう、ぶ…?」 利害の一致と言えど、追い詰め、子供を奪い去ろうとしている相手だ。しかし、目の前で苦しんでいる生き物に対しどうでもいいと思えるほど、私は薄情な性格もしていなかった。 それに対してミュウは、パチクリと不思議そうに数回目を瞬かせる。そして数拍の後、未だ息を切らし続けながらも薄く微笑んだ。 [大丈夫だよ] 「…なら、良かった…」 先程の笑っていない笑みではないそれに驚きながら返事をする。邪気の無い、優しい声。きっと映画で聞いた可愛らしいミュウの鳴き声はこうだったんだと思わせる声色に、不思議と肩の力が抜けた。 […それじゃあ、少し我慢してね] 同時に今更ながらポケモンが喋る事に対して驚かずすんなりと受け入れた自分に対して、随分とまあ夢小説脳になったものだと苦笑が浮かんだ。ヒロインがポケモンと話せるのは当たり前、だから自分も話せて当たり前だと無意識に解釈していたらしい。何とも笑える話だ。 ぼんやりとそんな事を考えていたら、息を調え終えたミュウが再び私の腹部に手を当てていた。 そして、今度は光が溢れる。先程私の中に収まっていったものとは逆に、今度は大きなエネルギーが私の中から出ていく。ゆっくりと、ゆっくりと。 「な、に、して…!」 [君の子供の魂を君から引き出してる。少し黙っていて、集中が途切れたらどうなるか…] 少し口早に言われた言葉に思わずぐっと唇を噛むと、光の元となる物が出て来た。紫に近い濃いピンクの色をした、手の平くらいの大きさの光の球体。…これが、私の、子供。 球体が私の体から全て出ると、ミュウは安心したようにホッと力を抜いた。私に残ったのは、大きな喪失感。 [ふう…助かったよ。これをあの器に入れれば大丈夫だ] 「ねえ…その子、触れてもいい…?」 […いいけど…優しくだよ?強く触れるとまた君の中に戻ってしまうからね] 「……わかった…」 言われた通り、そっと球体に触れる。それはあたたかく、まるで小さな子供の頬に触れた時のような温もりがあった。 ―ぽつり、涙が一つ落ちる。ぽつり、ぽつり、ぽつり。それを皮切りに涙が溢れ、球体に弾かれる。まるでコンクリートに降る雨のように。 「っ…めんなさいっ…!ごめんなさい、ちゃんと、ちゃんと産んであげれなくてごめんなさい…!守ってあげれなくて、ごめんなさ…っ!必ず、また、会いに、行くっ…からっ!どんな、姿をしててもっ…会いに、行く、からっ…!」 この子はミュウツーになるのだ。産まれてすぐ、酷い目に遭わされる。そして人を憎み、何もかも信じられずに一人孤独と闘いながら長い年月を過ごす事になるのだ。 我が子がそんな目に逢うなんて、考えただけでも胸がズキズキと痛む。苦しくなる。 いつまでも涙を流し謝罪の言葉を口にし続ける私に、ミュウは先程のような邪気を無くし、ただただ純粋に困ったように声をかけた。 […悪いけど、時間が無いんだ。ボクはそろそろ行かせて貰うよ] 「っ、わかっ…た……。………また、ね………」 最後に、再び会えるよう約束の印しを。小さい子供にするように優しく球体に口付ける。 それからミュウに視線を向け、同じ言葉を繰り返した。 「……またね…」 […うん、また……] 少し歯切れの悪い、しかし意思の伝わる言葉に安心感を覚える。と同時に強い力に引き寄せられるのを感じ、私は我が子とミュウの姿を強く目に焼き付けながら意識を失った。 [………またね、アヤ。……さあ、行こうか…ミュウツー] ←→ |