ふわふわとした空間の中、私は目を覚ました。まるで水の中にいるような、不安定だけど気持ちが良いような感覚。 […気が付いた?] 高い少年のような、中性的な声にぼんやりと視線をそちらに向ける。そして、目にしたものは丸いピンクの発光体。しかし、よくよく目を凝らして見るとそれには青い瞳が特徴的な顔、小さな手足、そして長い尻尾があった。私はこの発光体…いや、生き物を知っている。 [ミュウ…?] 思ったより掠れて出た自分の声に首を傾げつつもじっとピンクの生き物を見つめ続ければ、正解だとばかりにそれは頷いた。 […そう、やっぱりあの神が言ってた事は本当だったんだね。ボクらの世界の知識を持った人間がこちらに来たんだ。…ああ、はじめまして。自己紹介なんかしなくてもわかるだろうけど、ボクはミュウ、ポケモンだ] 「私はアヤ、よろし…っ!?」 明るい声につられて自己紹介をし、握手の為に手を差し出そうとした瞬間だった。体に、激痛が走った。 [ああ、余り動かない方がいい。君は今、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるからね] 「なんで……っ…」 言いながらハッと気が付いた。そうだ、私は車に轢かれて、それで…… 弾かれたように自分の腹を触る。この子は、この子は無事だろうか。 轢かれた時と同じく、まず最初に頭に浮かんだのはお腹の子供の安否。ここはどこか、なぜこんな場所にいるかなど他に考える事はあっただろう。しかし私の頭の中には子供の事しか無かった。それを見透かしたように、ミュウが口を開く。 [子供も君と同じだよ。生きるか死ぬかの瀬戸際さ] 「そ、う…」 生きては、いる。それが何より私を安心させた。そして同時に次々と疑問が沸き上がって来る。 「…ここは、どこ?」 [時空の狭間。君の世界と、ボクらの世界の間] 「私はなぜここに…?」 [呼んだからさ。これから先ボクらの世界で起こる災厄を誰かに阻止して貰う為に、君の世界…多数の世界の想像主がいる世界から人間を呼ばなければいけなかったんだ。そして選ばれたのが、君] 「なんで私が…」 [タイミングが良かったんだよ。ボクらの事について知ってるだろうから一からは説明しないけど…そうだな、まず君を呼ぶのに強大な力を持ったポケモンが5匹も協力している] まるで夢小説のような話、設定。久しく読んでないそれに憧れていたのはいつだったか。しかし頭はきちんと覚えているようで、こんな状況でも答えを導き出す。 「アルセウスにパルキア、ディアルガ、ギラティナに…セレビィってとこ?」 [正解だ。流石、アルセウスが見込んだだけの事はあるみたいだね。…そう、その5匹が協力して、どうにかしてそちらの世界から条件に合う人間を連れて来ようとしたんだ] 「条件…?」 [そうだな…じゃあまず、ボクらの世界で起きた事件から説明しようか。 ボクらの世界ではポケモンを使って何か大きな事をしようとするクズのような人間達が度々現れるみたいでね。まあ、その組織を壊滅させてくれる人間も必ず現れるんだけど] それは、私がプレイしてきた歴代の主人公達の話だろうか。ロケット団を始めとして主人公達は色々な組織の悪事を阻止してきた。 [その中でも、本当にやってはいけない事を実行してしまった人間がいるんだ。…アカギという男を知っているかな] 「アカギ、って…ギンガ団の?」 知っているもなにも、彼はダイパ、プラチナの敵のボスだ。なにより他のシリーズと違って科学的によく考えられた事をした人達。子供向けゲームのくせに年齢が低いと理解出来ないのでは、と疑問に思うような言動には驚かされたので深く印象に残っている。あれがポケモンが一見子供向けと見せかけて大人向けのストーリーを作り始めたスタートだとも思う。 黙って考えていると、ミュウは一つ頷いて見せた。テレパシーでも使っているのだろうか、思考を読まれているように会話がスムーズに進む。 [そう。…彼のやろうとした事も知っているようだね。…彼はね、一番のタブーを犯したんだ。それがわかったのは彼が捕まり、組織が壊滅したしばらく後だった。 時空の歪みが再び活発化し、神隠しに遭うポケモンが出て来た。少し経つと、ポケモンだけではなく神隠しに遭う人間も出て来た。そして、被害は拡大しついに…時空の歪みは、島を一つ飲み込んでしまった] 「島、を…」 [そう、島だ。1の島、という小さな島なんだけどね、それが一晩で消えてしまったんだよ] 「1の、島…」 聞き覚えのある名前だった。ファイアレッドをプレイした時にハナダの岬から行けた、ポケモンの転送システムをマサキと一緒に作ろうとしていた場所があるあの島の事だろう、とすぐに答えが出る。 [このまま島だけで被害が収まるなんて思えない。いずれボクらの住んでいる世界が時空の歪みに全て吸い込まれ、他の世界に散り散りに飛ばされてしまう。ボクらポケモンだけではない、人間も危機を覚えた。そして、初めてだ。ボクが知る歴史の中で初めて、強大な力を持ったポケモン達と人間…特に博士、と呼ばれ高い知能を持った人間達との協力が結ばれた。 伝説と呼ばれ、神と呼ばれたポケモン達が自ら彼等の前に姿を表し、協力を宣言したんだ] 段々と壮大になる話に頭がついていかない。そして同時に、他人事のように聞き始めている自分がいた。 いい歳して世界の危機を救うだなんて―これでは本当に、夢小説のヒロインのようではないか。どこのサイトの設定だ。 [そして双方共世界の崩壊を防ぐ方法を考えたんだ。ボクらポケモンは方法が探られている間、何とか現状を維持するよう全力をかけたみたいだけど。…そして、その方法が見付かった。 ボクらの世界の時空の歪みが他の世界に繋がっている事がわかり、その歪みをその世界に行って破壊すれば元に戻るという事もわかった。―つまり、誰かが異世界に行って時空の歪みを破壊する、それが世界を救う唯一の方法] 「…だったら、ポケモンの世界の人が行けば…」 [もちろんそうしたさ。初めに異世界に行ったのは有名なポケモンレンジャー達だったよ。…でも、異世界はそんなに甘い場所ではなかった。 人と人が戦うんだ。そして、沢山の死体を目の当たりにする。もちろんポケモンがいない世界でポケモンを使えば、珍しい物だと狙われる。人に命を狙われ、大事なポケモン達を狙われ…彼らには想像もつかない壮絶な世界だったんだろうね。全員、精神を病んで帰って来た。あんな場所二度と行きたくない、帰りたい、と喚きながらね。 そう…ボクらは他の世界から見て、とても、とても優しい場所にいたんだ。そして、その優しい場所で生まれ育った人間は厳しい世界が受け入れられない] 少し困ったような声色で話すミュウに、私は眉根を寄せる。遠い場所の、私には遠い、人事のようなお話し。そう思い聞きながら別の点で引っ掛かりを感じる。何だろう、これは。 [有名なポケモンレンジャー達がそんな状態で帰って来たんだ、博士達は頭を抱えたようだ。どうしたらいいか、誰を送り込めばいいか考えに考えた。…と、そこで、別の研究をしていた博士から連絡が入ったんだ。 その連絡の内容はこうだった。全ての世界は、一つの世界に繋がっている事が判明した。 ―そう。全ての世界は、君達の住む世界に繋がっていた。時にはマンガ、時にはアニメ、時にはゲームなど…様々な媒体で。 博士達はそこに目を付けたんだ。調べればボクらの世界よりも血生臭い歴史があり、そして驚く事にボクらについても知っている。何より、色々な世界についても媒体を通して知っている分、知識がある。…その知識については極端に個人差があるみたいだけどね。 そして、5匹のポケモン達が力を合わせて君達の世界から一人、人を呼び寄せる事になった。…ただしそれには幾つか条件が必要となった] ごちゃごちゃとこんがらがりそうな頭の中を必死に整理する。わかりやすく…そう、わかりやすく纏めよう。 全て聞いてから簡単に纏めればいい。 「…条件って…?」 ←→ |