わざわざ寮の前まで迎えに来てくれたセドリックとニコルに礼を述べて、アスカは3人で『決闘クラブ』に向かった。
道中、セドリックがアスカに付き合わせてごめん、と謝ってきたが、アスカはその頃には誘ってくれたニコルに感謝していたので笑顔でそう返した。
それというのも、ネビルからハリー達も決闘クラブに行くという話を聞いたからに他ならない。
大広間に入ると、食事用の長いテーブルは取り払われ、一方の壁に沿って金色の舞台が出現していた。
何千本もの蝋燭が宙を漂い、舞台を照らしている。
天井は見慣れたビロードのような黒で、その下には殆ど学校中の生徒が、各々杖を手に持って集まっていた。
集まった人混みの中にハリー達3人をなんとか確認して、アスカは人の多さに見失わないようにしなければと注意した。
皆一様に興奮しているようで、講師が来るのを今か今かとお喋りしながら待っている。
金色の舞台にアスカは嫌な予感を感じながら、ワクワクしているニコルと苦笑いのセドリックとで他愛もない話をしながらその時を待った。

『お、来たみたいだ』
「………………」

きゃあ、という黄色い女生徒の歓声に視線を舞台に移したアスカは、顔を盛大に歪めた。
煌びやかな深紫のローブを身に纏ったアスカの目下の宿敵ギルデロイ・ロックハートが舞台に登場した。
歓声に応えるように手を振り、相変わらずの白い歯を見せびらかしている。
一瞬にしてげんなりとしたアスカだったが、深紫のローブの後ろに見知った黒尽めを見つけて、あんぐりと口を開けた。

「セ……ス…スネイプ、先生…?」

アスカは視力がそこまで悪いわけではなく、カラーコンタクトには度数が入っていない。
眼鏡も周囲には気付かれていないが伊達眼鏡だ。
突然視力が悪くなるなどある筈がないのに、アスカは我が目を疑ってしまった。

『あの2人、仲が良さそうには見えなかったけど、実は仲良しだったのか?』

唖然としながらも呟いたニコルの言葉に、アスカはそんなわけない、と思いながらも、あれは幻ではなく本物なのだと考えた。

「静粛に」

ロックハートが呼び掛けると、歓声は忽ち萎んでいく。

「皆さん集まって。さあ集まって。皆さん私がよく見えますか? 私の声が聞こえますか?」

ロックハートの呼び掛けに、何人かの女生徒が前の方に移動していく。
アスカは視線を感じて隣のセドリックを見上げると、セドリックは「もっと前に行く?」とヒソヒソと話したが、アスカは思いっきり首を左右に振った。
『俺は行きたい』とヒソヒソに加わったニコルには、アスカは真顔でお前1人で行け、とジェスチャーした。
ニコルは移動しなかった。

「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな『決闘クラブ』を始めるお許しをいただきました。私自身が、数え切れない程経験してきたように、自らを護る必要が生じた万一の場合に備えて、皆さんをしっかり鍛え上げる為です。あぁ、詳しくは私の著書を読んでください」

ロックハートの言葉にアスカは、それって本来貴方が授業で教えてくださる筈じゃないのかしら、と言いたいのを、下級生は呪文のレパートリーも少ないので確かに良い機会か、と思うことで喉まで出掛かった言葉を呑み込んだ。

「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう」

ロックハートは満面の笑みを振りまく。
反対にセブルスは不機嫌だということを隠そうともしていない表情だった。

「スネイプ先生が仰るには、決闘について極僅か、ご存知らしい。訓練を始めるにあたり、短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるというご了承をいただきました。ご心配はいりません。私が彼と手合わせした後でも、皆さんの『魔法薬』の先生は、ちゃんと存在します。ご心配めさるな!」

アスカは、セブルスに同情をしつつも、模範演技と聞いてこれは面白い物が見られるのでは、と眼鏡の奥の瞳が輝く。
ロックハートか宣うような心配など微塵も思わないが、逆の心配…否、期待なら大いにしている。
それにしても、助手の選抜はどのように行われたのだろうかと余計な推察を脳内でしてしまう。
ダンブルドアが推薦でもしたのだろうか、それとも先生方で押し付け合って負けたのか?
セブルスの表情から察するに、自ら名乗りをあげる、というのは無いだろう。
色々と考えてはみたものの、答え合わせを本人に聞くのは自殺行為だ。
アスカが詮無きことを考えている間に、ロックハートとセブルスは舞台上で間を開けて立つと向き合って一礼した。
セブルスは不機嫌そうにグイッと頭を下げただけだったが、ロックハートの方は何やら腕をクネクネと回しながら体の前に持ってきて大袈裟な礼だった。
それぞれ手にしている杖を剣のように前に突き出すように構える。

「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています」

模範演技、と言うこともあり、ロックハートは観衆に向かって説明をする。

「3つ数えて最初の術をかけます。勿論、どちらも相手を殺すつもりはありません」

(ヤれ、セブルス! ぶっ飛ばせ!! あのお高い鼻を叩き折ってやれ!!)

ロックハートの言葉を否定するように、アスカは拳を握り、心の中で物騒な声援を送る。
ロックハートがカウントを始める。

「1……2……3……」

2人は一斉に杖を肩より高く振り上げた。
ロックハートより先に、セブルスが叫ぶ。

「エクスペリアームス!」

眩しい紅の閃光がセブルスの杖から走り、ロックハートに当たるとその身体は舞台から吹っ飛んでそのまま後ろ向きに宙を飛び、壁に激突した。
ロックハートは壁伝いにズルズルと滑り落ち、床に無様に大の字になった。
ドラコ達スリザリン生が歓声を上げる。
それにさり気なく混じってアスカも声を上げたものだから、隣のセドリックとニコルがギョッとしていた。

(良くやった!! 少しスッキリした!!)

にこにこと嬉しそうなアスカは、怪訝な顔で顔を見合わせているセドリックとニコルに気付かない。
帽子は吹っ飛び、カールした髪が逆立っているロックハートはフラフラと立ち上がり、よろめきながら舞台上に戻っていく。

「さあ皆分かったでしょうね! あれが『武装解除の術』です。ご覧の通り私は杖を失ったわけです」

ロックハートは両手を上げて杖を持っていない事をアピールしながら説明と言う名の弁明、言い訳を始める。

「スネイプ先生、確かに生徒にあの術を見せようとしたのは素晴らしいお考えです。しかし、遠慮なく一言申し上げれば、先生が何をなさろうとしたかがあまりにも見え透いていましたね。それを止めようとおもえばいとも簡単だったでしょう。しかし、生徒に見せた方が教育的に良いと思いましてね」

(嘘つけ。分かってたならあんな無様に蛙みたいにへばり付いたりしなかったでしょうに。著書で名高いロックハート先生なら防ぐ術もそれはもう色々とご存知な筈ですものねぇ)

アスカが呆れていると、セブルスが殺気立っている事に漸く気付いたのか、ロックハートは慌てたように生徒達に呼びかける。

「模範演技はこれで充分! これから皆さんの所へ下りていって2人ずつ組にします。スネイプ先生、お手伝い願えますか」

アスカは、模範演技の終了をそれはそれは残念に思ったが、これ以上続けたら危ないと本能的に悟ったロックハートは舞台から下りて来る。
舞台の傍に居る生徒達を2人ずつ組ませていく。
セドリックとニコルに口を開こうとしたアスカは、遠慮がちな力で袖を引かれ、振り返る。

「───あら、ジニー。どうしたの?」
「ベル…あ、あの…」

ジニー・ウィーズリーが恥ずかしそうにしながらアスカを見ていた。
その目は、どこか期待するようにアスカを見ていて、アスカはもしかして…と口を開く。

「あたしと組みたいの?」
「うん!」

ぱぁっと花咲くように笑顔になったジニーに、アスカは破顔する。

「セドリック、ニコル、あたしはジニーと組みたいのだけれど良いかな?」
「勿論良いよ」
『可愛いレディの頼みじゃ仕方ない』

アスカの問いにセドリックとニコルは快く頷き、じゃあ2人で組むかと視線を合わせる。
ニコルが何を言ったのかは分からなかったジニーだが、セドリックの言葉とアスカがジニーに優しく笑みを浮かべたので嬉しそうにはしゃいだ。
ハリー達はどの様に組んだのか、とアスカが視線を移すと、黒尽めの友人が見えて嫌な予感がした。

「……やりやがった、あの陰険野郎」

ハリーはドラコと、ロンはシェーマス、ハーマイオニーはブルストロードとペアになっていた。
アスカはブルストロードの名前を知らなかったが、スリザリン生だということは知っていた。
大柄で四角張っており、ガッチリとした顎が戦闘的で、ハーマイオニーとの体格差が酷い。
魔法ではなく、素手で絞め殺されるのではないかとアスカは思った。
ハリーは因縁あるドラコが相手で、ロンは相手は良いとしても杖という不安要素がある。
3人共、不安しかなかった。

「大丈夫かなぁ…」
「ベル? どうしたの?」
「ううん……ねぇ、ジニー。もうちょっと前の方に行こうか」

不思議そうにしているジニーの手を取って、アスカはなるべくハリー達の近くに移動した。

「相手と向き合って! そして礼!」

生徒達のペアを組み終えたロックハートが舞台上に戻り、号令をかける。
アスカはジニーは向き合い、頭を下げると一拍遅れてジニーも頭を下げた。

「杖を構えて! 私が3つ数えたら相手の武器を取り上げる術を掛けなさい。杖を取り上げるだけですよ」

杖を剣のように構え、アスカはジニーを見てるとジニーの緊張が伝わって来るようだった。

「1……2……3……」

アスカは杖を肩より上に振り上げ、叫ぶ。

「エクスペリアームス!」
「きゃあ!」

アスカの杖から瞬時に放たれた紅の閃光は真っ直ぐジニーの持つ杖に伸びて、ジニーの手から離れた杖はアスカの手がパシッと掴んだ。

「す、すごい…」

一瞬の出来事に呆然とジニーが言うと、アスカは次はジニーがやってみて、と杖を渡そうとしたが、「リクタスセンプラ!」というハリーの声を聞いて、素早く顔を向けた。
ドラコがハリーの呪文を喰らい、体を九の字に曲げていた。

(……あーあ…)

ハリーがかけたのは擽りの術で、掛けられたら笑い続けるしかない。
笑い続ける本人はひどく辛いが、周りに被害はない。
アスカは呆れたように息を吐いた。

「武器を取り上げるだけだと言ったのに!」

ロックハートの慌てた声が戦闘真っ只中の生徒達の頭越しに響く。

「ジニー、次は貴女が魔法をあたしに掛けてみて?」
「え、で、でも…失敗したら……」
「大丈夫、いざとなったら防ぐから。そんな事気にしないでやってごらん? これは訓練なんだもの」
「う、うん!」

意気込んでジニーは頷き、アスカから自分の杖を受け取るとある程度距離を取り、「ベル行くよ!」と声を掛けて杖を高く振り上げる。
まだ一年生のジニーには難度が高かったようで、呪文は失敗して紅、と言うよりピンクの光線が出た。
アスカはそれに気付くと黙って受けるつもりだった体制から杖を横に線を引くように振り、「プロテゴ!」と護りの呪文を叫び、ジニーの術を防ぐ。

「ジニー、呪文の言葉間違えてた。それに、腕に力が入りすぎてるよ。あたしなら大丈夫、今みたいに防げるから。もっと気楽にやってみて?」
「うん。ベルって本当にスゴいのね! 護りの呪文って、難しいんでしょ?」
「……ふふ、ありがとう。でもジニーだって練習すれば使えるようになるよ」
「ベルに教えて貰えるなら、出来そうな気がする!」
「そ、それは、ちょっと大袈裟かなぁ……」

アスカとジニーがニコニコと和やかに微笑みあい、じゃあもう一度…と杖を振り上げた。
ジニーはやはり失敗してしまうが、アスカが先程と同様に難なく防ぎ「次ー」と促すので、ジニーは何とか成功させられるようにアスカに言われた事に気をつけながら杖を振る。
周りの惨状に気付いてはいたが、一見しても死に直結するようなペアはなかったし、いくらロックハートとセブルスだろうとそろそろ制止をかけるだろうとアスカは読んでいた。
その読み通り、セブルスの「フィニート・インカンターテム!」という呪文の効果を終わらせる術を唱える声が響き、殆どの生徒達は肩で息しながら動きを止めた。
アスカは周囲の様子を改めて眺めると、緑がかった煙が辺り中に霧のように漂っていた。
ロンは蒼白な顔をしたシェーマスを抱きかかえ、折れた杖が仕出かした何かを謝っている。
ハーマイオニーは今も尚、ブルストロードにヘッドロックをかけられており、痛みでヒーヒー喚いている。
2人の杖は床に打ち捨てられたままであり、どういう経緯で今の状態になったのかアスカには分からなかった。
アスカが杖を振ってブルストロードを止めようとする前に、ハリーが飛び込んでブルストロードを引き離した。
ただ、ブルストロードは女生徒であるがハリーよりずっと図体が大きいので、簡単に、とはいかなかった。
ロックハートは生徒達の群れの中を動きながら、決闘の結末を見て回っている。
鼻血を出してる生徒、床にノビてしまっている生徒等、それは様々な呪文を皆、思い思いに使用したことが窺える様だった。
決闘クラブで万一の時のための訓練との話だったが、これではただの喧嘩ではないか…とアスカは溜め息を吐く。
無事なペアは一体何組居るだろうか、まさか自分達だけなんて事は流石にないだろうが。

「これでは、むしろ非友好的な術の防ぎ方をお教えする方が良いようですね」

ロックハートはそう言って、ちらりとセブルスを見たが、セブルスはぷいと顔を背けた。

「さて、誰か進んでモデルになる組はありますか?」

術の防ぎ方、モデルの組、と聞いたジニーが挙手しようとするのをやんわりと止め…たのだが、傷1つついていないアスカとジニーに気づいたロックハートの目が輝いた。

「Ms,ダンブルドアとMs,ウィーズリー! 貴女でしたらダンブルドア校長先生から防ぐ術を教わっていてもおかしくはありませんね! 怪我をしていない姿も納得出来ます! どうでしょう?」

ジニーが勿論良いよね?という顔でアスカを見るが、アスカは気が進まない。

(だって、皆がジニーの事を粉々にするんじゃないかって怯えた目で見てる。そもそも、目立ちたくないってば!)
アスカが、躊躇っていると黒尽めの友人が進み出た。

「ロックハート先生、それはマズい。Ms,ダンブルドアではジニー・ウィーズリーをブラッジャーのように粉々に爆破してしまうのでは? 流石にそんなものは生徒達には見せられないでしょう」
(セブルス、命が惜しくないとみた)

覚えてろよこの野郎でもありがとう助かりました、とアスカは心中でセブルスに礼を述べたが、次のセブルスの言葉にそれを撤回する事になる。

「マルフォイとポッターはどうかね?」
「それは名案!」

アスカは、どこがだ!、と叫びだしたいのをグッと堪えて、代わりにセブルスを睨みつける。
セブルスは、口元を歪めて意地悪そうに笑っている。
アスカの方はあえてなのか見ようとしない。
ロックハートはハリーとドラコに大広間の真ん中に来るように手招きした。
他の生徒達が自然と下がって2人のために空間を開ける。

(嫌がらずにあたしがやれば良かった…失敗した……)