スリザリンに入ってたら……と思うと不安で仕方なくなるが、ハリーはスリザリンではない。
ハリーはアスカと目が合うと、にっこりと微笑んだ。
「僕達には、グリフィンドールが1番合ってるよ」
「「「うん」」」
4人が笑って頷いていると、コリンが側を通った。
「やあハリー! やあベル!」
「やぁ、コリン」
「こんにちは、クリービー君」
ハリーとアスカは、いつもの通り機械的に答えた。
「ハリー、ハリー、僕のクラスの子が言ってたんだけど、君って……」
しかし、コリンのその小さな体格のせいで人波に逆らえず、大広間の方に流されて行った。
「あとでね、ハリー!」
そう叫んだコリンの姿は、人混みに飲まれて見えなくなった。
「クラスの子が貴方の事、なんて言ってたのかしら?」
ハーマイオニーが怪訝な表情で言えば、ハリーは苦々しく答えた。
「僕がスリザリンの継承者だとか言ってたんだろ」
ハリーは、不意に自分から逃げていくように避けて行ったハッフルパフのジャスティンの事が脳裏に過ぎった。
ホグワーツ中の皆は、きっとそう思っているのだろうなと感じた。
「ここの連中ときたら、何でも信じ込むんだから」
「ハリーが継承者なわけないのにねぇ」
吐き捨てるように言ったロンに同意して、アスカは頷きながら言った。
廊下の混雑も一段落して、4人は楽に次の階段を上る事が出来た。
「『秘密の部屋』があるって、本当にそう思う?」
ロンがハーマイオニーに問いかけた。
「わからないけど……ダンブルドアがMrs,ノリスを治してやれなかった…ということは、私、考えたんだけど、猫を襲ったのは、もしかしたら人じゃないのかもしれない。貴女はどう思う? ベル」
ハーマイオニーに意見を問われ、アスカはウーン、と唸る。
「『秘密の部屋』の有無は分からないけれど、Mrs,ノリスを襲ったものに関してはハーマイオニーと同意見。多分、人じゃないよ」
部屋の怪物のことには触れず、アスカが無難に答えた時、4人はちょうど角を曲がり、あの事件があった廊下の端に出た。
4人は立ち止まって辺りを見回した。
壁には、『秘密の部屋は開かれた 継承者の敵よ、気をつけよ』の文字が消えずに残っており、現場はあの夜と同じようだった。
違うのは、松明の腕木に石にされたMrs,ノリスがぶら下がっていない事と
、壁を背にポツンと置かれた椅子だ。
椅子は、フィルチが座って生徒達を見張る為にフィルチ自身が用意したもの。
どう言うわけか、今はその椅子どころか廊下にもフィルチはいなかったし、アスカ達の他には誰もいなかった。
「フィルチも、誰も居ない」
ロンの呟きに、4人は顔を見合わせた。
「ちょっと調べたって悪くないだろ」
アスカ達は何か手掛かりはないかと各々探し出した。
焼け焦げた跡が幾つもある廊下をハリーと見ていると、ハーマイオニーが皆を呼ぶ声が聞こえてきて、ハリーとロン、そしてアスカはハーマイオニーの側へ近寄って行く。
ハーマイオニーは壁の文字のすぐ脇にある窓の側に立ち、一番上の窓ガラスを指差していた。
アスカはその窓ガラスを見た瞬間、目を見開き、悲鳴を飲み込んで脱兎の如くの素早さでその場から離れた。
激しく脈打つ心臓をなんとか落ち着けようと胸を手で押さえるが、中々心臓は落ち着いてはくれなかった。
(なにあれ、なにあれ! なんであんな…っ)
アスカは、自分の見た光景を思い出し身震いした。
「ベル? ロン?」
ハーマイオニーとハリーが不思議そうに近付いて来た。
アスカはその言葉に初めて隣にロンが居ることに気付いた。
その顔は真っ青で、アスカもまた、ロンと同じ顔色をしていた。
「2人とも、どうしたんだい?」
何故一緒に居たはずのアスカとロンが、離れた場所にいるのかわけがわからない、とハリーの顔に書いてあった。
「あたし…」「僕…」
「「蜘蛛が、好きじゃない」」
2人の引き攣った声は、綺麗に揃った。
先程ハーマイオニーが指差した窓ガラスの先にいたのは、20匹あまりの蜘蛛だった。
ガラスの小さな割れ目から、ガザガザと先を争うように這い出ていた。
その様子を見たアスカとロンが、逃げ出したのだ。
「まあ、知らなかったわ」
ハーマイオニーは驚いたようにアスカとロンを見る。
「蜘蛛なんて、『魔法薬』で何回も使ってるけど……ロンもベルも大丈夫だったじゃない?」
「死んだやつなら構わないんだ」
「薬の材料のやつは大丈夫なのよ。割り切れるから」
ロンとアスカは、窓に目を向けないように気をつけながら答える。
「あいつらの動き方が嫌なんだ…」
「あたしはもう…脚とか目とか、でっぷりしたお腹とか…フォルムがもう……──駄目! 考えただけで寒気が…!!」
アスカはゾゾゾ、と背筋に走る嫌悪感に鳥肌を立てた。
自分を抱き締めるようにして肩を差するアスカの姿に、ハーマイオニーもハリーも驚いて目を丸くさせた。
「こんなベル初めて見たわ」
「ベルにも苦手なものがあったんだ」
「あ、あたしにだって苦手なものくらいあるよッ」
うっすら涙の浮かんだアスカに睨みつけられ、ハリーは不思議な気持ちになった。
いつも背に庇われたり、助けられる事が多いハリーには、今のアスカの姿は新鮮に思えた。
「僕は──…僕が3つの時、フレッドのおもちゃの箒の柄を折ったんで、フレッドったら僕のテディベアを馬鹿でかい大蜘蛛に変えちゃったんだ」
「ヒッ!!」
ロンが何故蜘蛛が嫌いになったのか理由を話すと、アスカが息を呑んだ。
「わかるかい? 熊の縫いぐるみを抱いてる時に、急に脚がニョキニョキ生えてきて、そして……」
「やめて、やめてロン! 気色悪いっ」
「僕も思い出しちゃった!」
青い顔で身震いするロンとアスカに、ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせた。
「──ねえ、床の水溜まりの事覚えてる? あれ、どこから来た水だろう? 誰かが拭き取っちゃったけど」
ハリーがこの場を切り換えようと、新しい話題を振ると、アスカとロンは揃ってハリーを見た。
(あの時の水溜まりか。──多分、あの子のせいだろうな)
アスカは、フィルチの椅子が置かれた所の近くにあるドアを見た。
「この辺りだったよね──…このドアの所だった」
言いながらロンがフィルチの椅子の所まで歩いていき、床を指差してからアスカが見ているドアの前に立った。
ロンは真鍮の取っ手に手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。
「どうしたの?」
ロンの背後まで近付いて、ハリーが不思議そうに首を傾げる。
ロンは、困ったように眉を下げて答えた。
「ここは入れない。女子トイレだ」
「ロン、中には誰も居ないわよ。ねぇ、ベル」
「まあ、正確に言うと、1人居るけどね」
ロンに歩み寄るハーマイオニーに続いて、アスカも苦笑いで近寄る。
「どういう意味?」
「ここ、マートルの場所だもの」
アスカの言葉にハリーとロンの脳裏に同時に浮かんだのは、絶命日パーティーで会った陰気臭い顔をした分厚い乳白色の眼鏡をかけた女の子のゴーストだった。
「いらっしゃい。覗いてみましょう」
ハーマイオニーはそう言って、『故障中』と大きく書かれた掲示を無視してドアを開けた。
(怒らなきゃ良いけど…)
アスカは、少し情緒不安定なゴーストの少女の反応を気にしながらも、ロンとハリーの後に続いてトイレの中へ入った。
女子トイレになんて初めて入ったロンとハリーだが、こんなに陰気で憂鬱なトイレに足を踏み入れた事がなかった。
大きな鏡はひび割れだらけ、染みだらけで、その前にあちこち縁の欠けた石造りの手洗い台がズラリと並んでいる。
床は湿っぽく、燭台の中で燃え尽きそうになっている数本の蝋燭が、鈍い灯りを床に映していた。
ひとつひとつ区切られたトイレの個室の木の扉はペンキが剥がれ落ち、ひっかき傷だらけで、その内の一枚は蝶番が外れてぶら下がっている。
じっと見つめてくるハーマイオニーの視線に気付くと、ハーマイオニーは視線を1番奥の個室へ移すと、それからまたアスカを見つめた。
「…………………」
ハーマイオニーが言いたい事がわかり、アスカは肩を竦めた。
アスカはシーッと指を唇に宛て、ハリー達に静かにしてるように伝えると、1番奥の個室の方へ歩いていき、その前まで行くとにっこり微笑んだ。
「こんにちはマートル」
「ベルじゃないの。なに? 何か用なの?」
聞こえてきた声に、ハリーとロン、ハーマイオニーが覗きに近寄る。
マートルは、トイレの貯水槽の上でふわふわ浮きながら顎のにきびを潰していた。
「ここは女子トイレよ」
マートルの目がハリーとロンを捉えて、顔を顰める。
「ベル、この人達女じゃないわ」
「ふふふ、そうね。あたし達、貴女に会いに来たのよ」
「私に?」
アスカはニッコリと笑ってハリー達を紹介する。
「ハーマイオニーのことは知ってるわよね? こっちがロン、で、こっちがハリーよ」
「──ふーん」
マートルはあまり興味なさそうにハリー達をジロジロと分厚い眼鏡越しに見る。
「それでね、あたし、ニックのパーティーの後貴女がずっと心配だったの……来るのが遅くなってしまってごめんね。あの日、ここの女子トイレの前の廊下でちょっとした事件があったの…そのせいで来れなくって──…それで、あの夜、もしかして貴女…何か見ていない?」
アスカが怖ず怖ずと聞くと、あの時のことを思い出したのか途端にマートルの顔つきが険しくなった。
「私はそれどころじゃなくって何にも知らないわ! ピーブズがあんまりにもひどいから! ずっと泣いてたのよ!!」
癇癪をおこしたように甲高い声で叫ぶようにして語気を強めるマートルに、アスカもハリー達も慌てる。
「マートル、落ち着いて? あたし達、別に貴女を問い質そうだなんて思ってないの。ただあの夜に何かいつもと違ったことはなかったかなと思って聞いてみただけなの」
「いつもと同じよ! 私の毎日なんて! 皆にからかわれて、皆に笑われて! 生きてる時だって死んでからだって何1つ変わっちゃいないんだから!」
「マートル、そんな悲しいこと言わないで…「もうっ放っておいて!!」…っ、マートル!」
アスカの言葉を遮り、マートルは目にいっぱいの涙を湛え、向きを変えると真っ逆様に便器の中に飛び込んだ。
盛大にあがった水飛沫を全身で受けた4人は、少しの間呆然と固まった。
マートルは姿こそ消したが、くぐもった啜り泣きは聞こえてきているので、どうやらトイレの水道管のどこかでじっとしているらしい。
「ベル……」
ハーマイオニーが気遣わしげに声をかけてきたので、アスカは眉を下げて仕方ないとばかりに肩を竦めた。
「機嫌はまだ良かったみたいだけれど、やっぱり大人数なのが気に食わなかったみたい。今度フィルチの隙を見てあたし1人で聞いてみるよ」
「そうね…。まぁ、とにかくもう出ましょう」
え、あれで機嫌が良い方なの!?、とハリーとロンは、目を丸くさせていたが、ハーマイオニーに促されて4人はドアを開けて廊下へと出た…途端、
「ロン!」
大きな声が雷鳴のように響いて、4人は飛び上がった。
階段の1番上で、ロンの兄で監督生のパーシー・ウィーズリーが顔を衝撃的なものをみたとばかりに歪ませ、こちらを見ていた。
(…あら…まずいところを見られたみたいだわ)
アスカ達がたった今出てきた所は女子トイレだ。
男のハリーとロンが入っていい場所じゃない。
「そこは女子トイレだ! 君達男子が一体何を!?」
「ちょっと探していただけだよ。ほら、手掛かりをね」
別に何でもないという素振りをしながらロンが答えるがパーシーは体を膨らませた。
ハリーもアスカも、それがロンやパーシー達の母、モリー・ウィーズリーにそっくりだと思った。
「そこからとっとと離れるんだ!!」
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