問題を読んで、アスカは盛大に顔を歪めた。


(1) ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?
(2) ギルデロイ・ロックハートの密やかな大望は何?
(3) 現時点までのギルデロイ・ロックハートの業績の中で、貴方は何が一番偉大だと思うか?


こんな質問が延々3ページ、裏表に渡って続いていた。

(んなの知るかー!)

心の底からどうでもいい、とアスカは呆れたように息を吐く。
だが、こんなものでもテストはテスト。
答えないわけにはいかない。
アスカは羽ペンを走らせたのであった。

30分後、ロックハートは答案を回収し、クラス全員の前でパラパラと捲った。

「チッチッチッ……私の好きな色はライラック色だということを、殆ど誰も覚えていないようだね。『雪男とゆっくり一年』の中でそう言っているのに。『狼男との大いなる山歩き』をもう少ししっかり読まなければならない子も何人かいるようだ……第12章ではっきり書いているように――…」

(………闇の魔術と1ミリも関係ないし。どーでもいい知識だし、聞く価値皆無)

アスカは呆れて嘆息した。
だが、悲しいかな一応教科書だというし、さらにハーマイオニーに薦められたのもあって、全巻読破済みである。
一度読んだ内容は、どんなにつまらなくて下らないものでも、覚えてしまっているアスカは、バッチリ回答してしまっていた。

(あたしの答案見たらあの人がどんな反応するか。…失敗したな、手を抜けば良かった…)

まさかその場で解説を始めるだなんて想定外だった。
後悔しても後の祭とはこのことだ。
アスカは、もう一度息を吐いた。
早く授業を始めて欲しいと切実に願う。
ロンとハリーも同じように呆れているようで、前列に座っているシェーマスとディーンは笑いを噛み殺して肩を震わせている。
だが、アスカの隣に座っているハーマイオニーは、頬をほんのり朱色に染めてうっとりとロックハートを見つめて聞き入っていた。
隣で、アスカが溜息をいくら吐こうが、聞こえていないようだ。

「――…ところが、Ms,ハーマイオニー・グレンジャーは、私の密かな大望を知っていました」
「!」

ハーマイオニーは、突然ロックハートの口から自分の名前が飛び出して、驚いて肩を揺らした。

「しかも、満点です! 素晴らしい! Ms,ハーマイオニー・グレンジャーはどこにいますか?」

ハーマイオニーの挙げた手が震えていた。

「まったく素晴らしい! グリフィンドールに10点あげましょう!」

ロックハートがニッコリして、グリフィンドールに加点した。
アスカは、よし、これで授業が始まる!、と思ったが、甘かった。

「なんと! もう1人満点がいました! Ms,ベル・ダンブルドアはどこにいますか?」
「!」

ハリーとロンの目が、まさか君もかと、信じられないようなものを見るかのように見開かれ、弾かれたようにアスカを見る。
アスカの挙げた手が震えていた。
ハーマイオニーとは別の意味なのは言うまでもない。

「本当に素晴らしい! グリフィンドールにさらに10点あげましょう!」

アスカは出来る事ならこの場から今すぐに立ち去りたかった。
ハーマイオニーのキラキラした視線も、ハリー達の疑うような視線も、ロックハートのキラリと光る白い歯も、居心地が悪くなるだけだった。

「では、授業ですが…」

唯一の救いに、ロックハートはやっと授業を始めるようで、机の後にかがみこんで、覆いの掛かった大きな籠を持ち上げると机の上に置いた。
皆の視線が机の上に集まる。

「さあ、気を付けて! 魔法界の中で最も穢れた生物と戦う術を授けるのが私の役目なのです! この教室で、君達はこれまでにない恐ろしい目に遭う事になるでしょう。ただし、私がここにいる限り、何物も君達に危害を加える事はありません。落ち着いているよう、それだけをお願いしておきましょう」

アスカは、疑いながらも何が籠の中に入っているのか見つめ、ハリーもつい引き込まれて目の前に積み上げた本の山の脇から覗きこむ。
ロックハートが覆いに手をかける。
ディーンとシェーマスはもう笑っていなかった。
だが、ネビルは一番前の席で縮こまっていた。

「どうか叫ばないように。連中を挑発してしまうかもしれないのでね」

ロックハートが低い声で皆を見回すと、クラス全員が息を殺した。
パッと覆いを取り払う。

「さぁ、どうです。捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー小妖精です!」
「……………………………………………」

アスカは、呆れてものも言えなくなった。
シェーマスは堪えきれずにプッと噴き出す。
さすがのロックハートでさえ、それが恐怖の叫びには聞こえなかった。

「どうかしたかね?」
「あの、こいつらがそんなに――危険、なんですか?」

シェーマスは、笑いを殺すのに噎せ返る。

「思い込みはいけません!」

ロックハートは窘めるように、シェーマスに向かって指を振った。

「連中は、厄介で危険な小悪魔になりえますぞ!」

(危険な小悪魔ねぇ〜…)

アスカは、ピクシー小妖精を見る。
籠に入れられた彼らは、身の丈20センチ位で群青色の肌、尖った顔で、キーキーと甲高い声をだしていて姦しい。
籠の中をピュンピュン飛び回り、籠をガタガタいわせたり、近くの生徒にあっかんべーをしたりしていた。

「さあ、それでは君達がピクシーをどう扱うかやってみましょう!」
「は?」

アスカは、耳を疑った。

(まさか対応の魔法を何も教えずに教室に逃がすつもり!?)

そのまさかで、ロックハートは籠の戸を開けてしまった。
ぅおいっ、と突っ込みを入れる間もなく、解放されたピクシー小妖精は上へ下へとロケットのように飛び回り、生徒達は悲鳴を上げて立ち上がった。
二匹がネビルの両耳を引っ張って空中に吊り上げる。
数匹が窓ガラスを突き破って飛び出し、後ろの席の生徒にガラスの破片の雨が降ってきたものだから、アスカは思わずそれを杖を振って防いだ。

(ピクシー小妖精を舐めているのはどっちよ! 教室になんの保護の魔法もかけていないだなんて!)

アスカは、ロックハートをキッと睨み付けるが、本人はニコニコと笑っているだけだ。

「〜〜〜〜〜ッ、」

怒りがグツグツと腹を満たしていくのに気付いたが、今は奴に灸を据えている余裕はない。
ピクシー小妖精は、インク瓶を引っ掴んでは教室中に振り撒き、本やノートを引き裂き、壁から写真を引っ剥がし、ゴミ箱をひっくり返し、さらには本や鞄を奪って破れた窓から外へ放り投げたりとやりたい放題に暴れまくっている。

(こうしちゃいられないっ、生徒達を守らなくちゃ!)

アスカは、声を張り上げた。

「皆っ、机の下に避難して!」

アスカの声が聞こえたのか、皆は机の下に身を隠す。

「ベルっ、助けてー!」
「ロ、ロングボトム君!?」

涙目で助けを求めるネビルに、アスカはその姿を探して見つけると目を見張る。
ネビルは天井のシャンデリアからぶら下がって揺れていた。

「さあ、さあ、捕まえなさい。たかがピクシーでしょう」

ロックハートが叫ぶ。
それから芝居がかった動作で腕捲りをして、杖を振り上げた。

「ペスキピクシペステルノミ!」

高らかに呪文を唱えたロックハートだったが、何の効果もない。
この騒ぎを収拾するのかと見ていたアスカだったが、これにはついにブチりと切れた。

「一体それは何の呪文ですか!」

ピクシーが一匹、ロックハートの杖を奪って窓の外へ放り投げた。
綺麗な放物線を描き、ロックハートの杖は窓の外へ消える。
ロックハートはヒェッと息をのみ、自分の机の下に潜り込む。
あと一秒遅かったら、天井からシャンデリアごと落ちてきたネビルに押し潰される所だった。

「ロングボトム君、大丈夫?」
「う……うん、な、何とか……」

終業のベルが鳴り、皆はワッと出口に押し掛けた。
それが少し収まった頃、ロックハートが立ち上がり、ネビルが起きるのを手伝っていたアスカに呼び掛けた。

「ピクシー相手に毅然としている貴女にお願いしよう。その辺に残っているピクシーをつまんで、籠に戻しておきなさい」
「はい!?」

いうだけ言って、スルリと脇を通り抜け、後ろ手に素早く戸を閉めた。
残っていたハリーとロン、ハーマイオニーは目をパチクリさせた。

「耳を疑うぜ」
「ベル、私達も手伝うわ」
「……………ベル?」

ロックハートを目で追っていたハリー達は、何の反応もないアスカに視線を移す。
そして、ヒッと息を飲んだ。

「………………………」
「…ッ、……ベル、ベルおおおおお落ち着いて」
「抑えて、気持ちは分かるけど、抑えて!」

顔を青冷めたロンがアスカに恐る恐る呼び掛ける。
ハリーも顔を引き攣らせながら言う。

「――大丈夫よ、あたしは落ち着いてるわ。ちょっとだけ出てくるけど、すぐに戻ってくるから心配しないで」

ニッコリと笑みを溢すアスカに、ロンが上擦った悲鳴をあげる。

「ち、違う意味で心配だよ! ロックハートを殺しちゃだめだ!」
「あら、殺したりなんかしないわ。大丈夫…ちょぉっとベッドと仲良くなるだけだから―――…人前で二度と笑えなくしてやる」
「怖いから! 怖いから! お願いだから落ち着いてー!」