昼食を終え、四人は中庭に出た。
空を見ると、どんよりとした曇り空で、まるでアスカの心境のようだった。
ハーマイオニーが石段に腰掛けて『バンパイアとバッチリ船旅』を夢中になって読み始め、アスカもその隣で読書を始める。
ハリーとロンは立ち話で暫くクィディッチの話をしていたが、不意に視線を感じて目を上げた。
すると、薄茶色の髪をした小さな少年が、その場に釘付けになったようにジイッとハリーを見つめていた。
ネクタイを見るとグリフィンドール色であり、マグルねカメラのようなものをしっかり掴んでいて、ハリーと目が合った途端、顔を真っ赤にした。

「ハ、ハリー、元気? 僕…僕、コリン・クリービーと言います」

少年…コリンは、怖ず怖ずと一歩近付いて、一息に言った。

「僕もグリフィンドールです。あの……もし、構わなかったら…写真を撮っても良いですか?」

カメラを持ち上げて、コリンは遠慮がちに頼んだ。

「写真?」
「僕、貴方に会った事を証明したいんです」

コリンはまた少し近寄りながら、熱っぽく言う。

「僕、貴方の事は何でも知ってます。皆に聞きました。『例のあの人』が貴方を殺そうとしたのに生き残ったとか、『あの人』が消えてしまったとか、今でも貴方の額に稲妻形の傷があるとか。同じ部屋の友達が、写真をちゃんとした薬で現像したら、写真が動くって教えてくれたんです。この学校って素晴らしい」

興奮したその声に気付いたアスカが本から視線を上げる。
ハリーに何やら熱弁している小さな少年に不思議そうに首を傾げ、パタンと本を閉じるとハリー達に近寄る。

「どうかしたの?」
「ベル。いや、この子が…「ベル・ダンブルドア!」」
「は、はい」

ロンの言葉を遮り、コリンが興奮したように声を上げた。
名を呼ばれて思わず返事を返す。

「僕、貴女の事も知ってます。あのダンブルドア校長先生の養女なんですよね! 凄い! あ、あのっ、もし構わなかったら、貴女の写真を撮っても良いですか?」
「は……写真?」

コリンはアスカの登場にさらに興奮したように言葉を連ねる。
アスカは困惑したようにハリーを見ると、ハリーも困っているようで、眉を下げている。

(ミーハーな子だなぁ……っていうか、そもそも誰よ)

アスカは若干引きながら、苦笑いで、なんと断ろうか思案していると、コリンがさらに一歩近寄る。

「あなた達の友達に撮ってもらえるなら、僕を挟んで立ってもらってもいいですか? それから、写真にサインしてくれますか?」
「サイン入り写真? ポッター、ダンブルドア、君達はサイン入り写真を配ってるのかい?」

中庭に大きく響いた声が誰のものか、アスカは勿論、ハリー達もすぐにわかった。
見れば、やはりドラコ・マルフォイが、いつものようにクラッブとゴイルを両脇に金魚の糞よろしく従えて、こちらへ歩み寄る。

「あー…面倒なのが来た」

アスカがやれやれと肩を竦めるその隣で、ハリーとロンは既に応戦体勢だ。

「皆並べよ! ハリー・ポッターとベル・ダンブルドアがサイン入り写真を配るそうだ!」

コリンのすぐ後ろで立ち止まったドラコは、周りに群がっていた生徒達に大声で呼び掛ける。

「僕達はそんなことしていない。マルフォイ、黙れ!」

ハリーは怒って拳を握り締めながら言う。
ハリーの強い口調に、アスカは顔を顰める。

「君、やきもち妬いてるんだ」

コリンもクラッブの首の太さ位しかない体で言い返す。

(おやまあ、言うじゃん)

アスカはドラコを睨むコリンに目を丸くした。
さすがグリフィンドール寮生だなぁ、と感心しつつ、コリン少年への認識を少し改める。

「妬いてる?」

ドラコの顔が薄ら笑いを浮かべて反芻した。
中庭にいた生徒達の半分が耳を傾けているようで、ドラコが大声を出さずとも視線が集まっている。

「何を? 僕は有難いことに額の真ん中に醜い傷なんか必要ないね。頭をかち割られることで特別な人間になるなんて、僕はそう思わないのでね」
「どうしてかしら、あたし突然耳が遠くなったみたい」

ドラコにつられて薄ら笑いを浮かべていたクラッブとゴイルの顔がヒクリと固まる。

「もう一度言ってごらん?」

ニッコリと細められた目でドラコを見据えて言えば、ドラコは一度ビクリと肩を揺らしたが、退かなかった。
尤も、金魚の糞の二人は逃げ出したいようだったが。

「脅したって無駄さ。何度だって言ってやる。僕は額に醜い傷なんか欲しくないと言ったんだ」
「蛞蝓でも食らえ、マルフォイ!」

アスカが何かを言う前に、ロンがアスカを押し退けてズイと前に出た。
アスカが退けたからか、ロンが出てきたからか、ドラコはニヤニヤと意地悪な笑みをして口を開く。

「言葉に気をつけるんだね、ウィーズリー。これ以上いざこざを起こしたら、君のママがお迎えに来て、学校から連れて帰るんだろう?」

それから今度は、甲高い突き刺すような声色で、「今度ちょっとでも規則を破ってごらん」と、モリーの真似をしてみせた。
近くにいたスリザリンの5年生の一団が声を上げて笑う。
それを見て、アスカは目を細めた。

(成程、マルフォイ君が強気なのはアイツらがいるせいか)

いくらアスカでも、5年生には勝てる筈がないとふんでいるのだろう。

(見くびられたものね)

アスカは、息を吐く。

「貴方いい加減にしないとその災いのもとを縫いつけるわよ」
「ふんっ、やれるもんならやればいい!」
「あら、良いの? やると言ったら本当にやるよ、あたし」

最後の確認という脅しをしている最中だった。

「やぁやぁ、一体何事かな? 一体どうしたかな?」

ギルデロイ・ロックハートが大股でこちらに歩いてきた。
トルコ石色のローブをヒラリと靡かせている。
アスカはその姿を見るや否や苦々しく舌打ちして、さっとロンの影に隠れた。

「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」

ハリーが否定の言葉を言おうと口を開きかけたが、ロックハートはそれを遮るようにハリーの肩にさっと腕を回し、陽気な声を中庭に響かせた。

「聞くまでもなかった! ハリー、また逢ったね!」
「あ…っ」

ロックハートに羽交い締めにされたハリーの姿に、アスカの顔が険しくなる。
ぎゅう、と思わずロンの腕を握るとロンから小さな悲鳴があがった。

「さぁ、撮りたまえ。クリービー君」

ロックハートがニッコリ微笑んでいるのをニヤニヤしながら見ていたドラコは、人垣の中にするりと入り込んだ。
ハリーは屈辱感で焼けるような思いをしながら、歯をギリリと鳴らした。
コリンは大慌てでモタモタと構え、シャッターをきる。
その時ちょうど、午後の授業開始を告げるベルが鳴った。

「あ、授業…」

人混みの中で誰かが呟く。

「さあ、行きたまえ。皆、急いで」

ロックハートは皆に呼び掛け、自分もハリーを抱えたまま城へと歩きだした。
アスカがそれにさらにロンの腕を握り締める手に力を込めると、ロンが高らかに悲鳴を上げた。

「…ッ…ベル! ベル、痛いよ!」
「………ハッ…ご、ごめん!」

パッ、と手を離したアスカだったが、ロンの腕にはくっきりと爪痕が残っていた。

「…………………………」
「ご…ごめんね、ロン」

涙目で無言のままアスカを見るロンに、アスカはもう一度謝った。

闇の魔術に対する防衛術の教室まで来ると、アスカ達はロックハートに連れ去られたハリーの姿を探した。
ハリーは一番後ろの席で机の上に教科書であるロックハートの本を7冊山のように積み上げ、本に隠れるように座っていた。
ロンとアスカがハリーの両脇に座り、ハーマイオニーはアスカの隣に座った。
他のクラスメイトも次々と教室に入ってきて、徐々に席がうまっていく。
クラス全員が着席すると、ロックハートは大きな咳払いをした。
皆、シンとなる。
ロックハートは生徒の方へやって来て、ネビルの持っていた『トロールとのとろい旅』を取り上げ、ウィンクをしている自分自身の写真のついた表紙を高々と掲げた。

「私だ」

ロックハート本人も、ウィンクをしながら言った。

「ギルデロイ・ロックハート。勲三等マーリン勲章、闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員、そして『週刊魔女』5回連続『チャーミング・スマイル賞』受賞……もっとも、私はそんな話をするつもりではありませんよ。バンドンの泣き妖怪バンシーをスマイルで追い払ったわけじゃありませんしね!」

ロックハートは皆が笑うのを待っているようだったが、極数人が曖昧に笑っただけだった。
アスカの表情筋はピクリとも動かない。
ただ冷めた目をロックハートに向けているのみだ。

「全員が私の本を全巻揃えたようだね。大変宜しい。今日は、最初にちょっとミニテストをやろうと思います。あぁ、心配はご無用です。君達がどの位私の本を読んでいるか、どの位覚えているかをチェックするだけですからね」

言いながら、テスト羊皮紙を配り終えると、ロックハートは教室の前の席に戻って合図した。

「時間は30分間です。では、よーい、始め!」

アスカは、嫌な予感をヒシヒシと感じながらも羊皮紙に書かれてある問題を読んだ。

(………………………………なんじゃこれ)