こっそりウィーズリー一家の所へ戻ろうとしたが、ロックハートはハリーの肩に腕を回して逃がさないとばかりにがっちりと自分の側に締め付けた。

「皆さん」

沸く皆に、ロックハートは声を張り上げ、手で静粛にと合図した。

「なんと記念すべき瞬間でしょう! 私がここ暫く伏せていた事を発表するのに、これほど相応しい瞬間はありますまい!」

ロックハートの言葉を、皆が一字一句聞き逃すまい所しんとする中、彼は演説を始める。

「ハリー君が、この書店に本日足を踏み入れた時、この若者は私の自伝を買うことだけを欲していた訳であります。それを今、喜んで彼にプレゼント致しましょう。勿論、無料で」

人垣がまた一斉に拍手をする。

(ハリーが欲していたのは教科書だからだし)

アスカは呆れて冷めた目をロックハートに向ける。
その隣でハーマイオニーとモリー婦人はキラキラと輝くような目でロックハートを見つめていた。

「彼が思いもつかなかった事ではありますが、間もなく彼は、私の本『私はマジックだ』ばかりではなく、もっと良いものをもらえるでしょう。彼も、彼のそのクラスメイトも、実は、『私はマジックだ』の実物を手にする事になるのです」

(実物?)

アスカは眉間に皺を寄せて、首を傾げる。
何故だろうか、嫌な予感しかない。

「皆さん、ここに大いなる喜びと誇りを持って発表致します。この9月から、私はホグワーツ魔法魔術学校にて、『闇の魔術に対する防衛術』担当教授職をお引き受けする事に成りました!」
「―――はぁあっ!?」

ワーッと拍手が鳴り響く中、アスカは思わず引きつった声をあげた。
それは思ったほどよく通り、ロックハートは勿論、皆が一斉にアスカを見る。

「ベル、」

皆の視線を一身に集めてしまったアスカが固まっていると、ハリーがアスカを呼んだ。
その声に、ロックハートは声を張り上げた。

「なんと! まさか、ベル・ダンブルドアでは?」
「ち、違います!」

アスカは輝くロックハートの瞳と歯に、ハリーと同じ目にあいたくない、とブンブン首を振るが逃げることは出来なかった。
ぐい、とハリーと同じように腕を掴まれ、ハリーとは逆に立たされる。

「恥ずかしがらなくてもいいんだよ、可愛らしいお嬢さん。いや、実に素晴らしい! 私は、ダンブルドア校長先生から直々に教授にと推薦いただいたんだよ。なんと喜ばしい事でしょう!」

おぉー!、と歓声が上がる。
反対に、アスカは鳥肌立った腕を擦った。
ハーマイオニーの目が羨ましそうに、だが嬉しそうに輝いている。

(やめてー!! もうやめてー!!)

アスカは早く、一秒でも早く、この場を抜け出したくなった。

「さあ、貴女にも私の本を差し上げましょう! 勿論、無料で」

また人垣から拍手が上がった。

(お金なら払うから、やめて欲しい…)

アスカの心情などお構い無しで、ハリーとアスカはロックハートの全著書をプレゼントされた。
重みでよろけながら、2人はなんとかスポットライトの当たる場所から抜け出し、部屋の隅に逃れた。
アスカは床に座り込んでしまった。

(お、重い…。本もだけど、気分が一番重い…)

はぁあ、と2人して同じタイミングで溜め息を吐くと、アスカは目の前に足があるのに気付いた。

「…あら、ジニー」

視線を上げれば、ウィーズリー家の長女にして末っ子のジニーが、買って貰ったばかりの大鍋の側に立っていた。

「そういえば、貴女は今年入学だったわね。おめでとう」
「あ、ありがとう…ベル」

アスカがニッコリと笑って言えば、ジニーは軽く頬を染めてはにかむように笑った。

(おやまあ、可愛い)

妹がいたら、こんな感じなのかなとアスカがほんわかしていると、ハリーがそうだ、と呟いた。

「これ、あげる」

ハリーはジニーに向かって言うと、抱えていた本の山をジニーの鍋の中へ入れた。

「僕のは自分で買うから」
「あ、ハリーず「良い気分だったろうねぇ、ポッター。ダンブルドア」…」

アスカがハリーずるい、と言う前に、どこか偉そうな声に遮られた。
アスカもハリーも、誰の声かすぐに解った。
アスカとハリーが身を起こすと、いつもの薄ら笑いを浮かべているドラコ・マルフォイと真正面から目が合った。

「有名人のハリー・ポッター、ベル・ダンブルドア。ちょっと書店に行くのでさえ一面大見出し記事かい?」
「ほっといてよ。ハリーもベルも望んだ事じゃないわ!」

アスカとハリーが何かを言うより先に、ジニーがドラコを睨み付けながら言った。

「ジニー…」
「おや、ポッター。ガールフレンドが出来たじゃないか!」

ドラコがねちっこく言った言葉に、ジニーは真っ赤になった。

「マルフォイ君、ガールフレンドなら貴方にもいるじゃない。パグ似の…あら? それともパグ犬だったかしら? とってもお似合いだと思うわ。けれど、躾が出来ていないからちゃんとした方がいいわよ? ―――あ、ごめんなさい、犬は飼い主に似るんだったわねぇ」
「……ダンブルドア、貴様っ」

ドラコの顔が、忽ちジニーに負けず劣らずの真っ赤に変わる。
ハリーがクスクスと笑う。

「ハリーが羨ましいなら素直に言えば良いじゃない。素直しゃないわね。――あ、1つ訂正させていただくけど、あたしは写真を撮られてなんていないから、記事にはならないわ。失礼な誤解しないでもらえる?」
「なっ! ぼ、僕がいつ羨ましいなどと言ったんだ!」

ドラコが声を荒げて叫ぶようにして言っていると、ロンとハーマイオニーがロックハートの本を一山ずつしっかり抱えて人混みを掻き分けて現れた。

「なんだ、君か」

ロンは、苦虫を噛み潰したような顔でドラコを見て言った。

「ハリーがここにいるので驚いたっていうわけか。ベル相手に勝てる訳ないってのに、ご苦労様だよ」
「ウィーズリー、君がこの店にいるのを見てもっと驚いたよ」

ロンを見て、ドラコはちょうどいい標的をみつけたといわんばかりに鼻で笑った。

「そんなに沢山買い込んで、君の両親はこれから1ヶ月は飲まず食わずだろうね」

今度はロンが真っ赤っ赤になった。
ロンもジニーの鍋の中に本を入れ、ドラコにかかって行こうとしたが、ハリーとハーマイオニーがロンの上着の背中をしっかり掴まえた。

(やれやれ、本当に誰かさん達みたいだねぇ)

アスカがどうしたものかと思っていると、アーサーが双子と一緒にこちらへ来ようと人混みと格闘しながら呼び掛けた。

「何してるんだ? ここは酷いもんだ。早く外に出よう」
「これは、これはこれは―――アーサー・ウィーズリー」

アスカもそれには大賛成だったが、続いて降ってきた声に嫌な予感がして口を引き攣らせた。
ドラコの肩に手を起き、ドラコとそっくりな薄ら笑いを浮かべて現れたのは、ドラコの父、ルシウス・マルフォイだった。

「ルシウス」

アーサーは、首だけ傾けて素っ気ない挨拶をした。

(―――ルシウス、老けた)

アスカは、現れたルシウスをじろじろと見て、自分の知っている姿と比べて短い感想を胸中で呟く。

「お役所は忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査をして……残業代は、当然払って貰っているのでしょうな?」

ルシウスはジニーの大鍋に手を突っ込み、豪華なロックハートの本の中から、使い古しの擦りきれた本を一冊引っ張り出した。
『変身術入門』だ。
アスカはそれに見覚えがあった。
去年、授業でロンが持っていた教科書だ。
兄弟で使い回していて、ボロボロなのだと嘆いていたのを聞いたことがある。
今年はジニーの番だ。

「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も支払わないのであれば、態々魔法使いの面汚しになる甲斐がありませんねぇ?」

アーサーは、ロンやジニーよりも、もっともっと真っ赤になった。

「マルフォイ、魔法使いの面汚しがどういう意味かについて、私達は意見が違うようだが」
「左様ですな」

(く、雲行きが怪しくなってきた…)

アスカは誰か止められそうな人はいないのかと視線を辺りにやれば、心配そうに成り行きを見ているグレンジャー夫妻にとまった。
まずい、とアスカがハーマイオニーに知らせるより、ルシウスの方が早かった。

「ウィーズリー、こんな連中と付き合っているようでは―――…君の家族はもう落ちる所まで落ちたと思っていたんですがねぇ――」

ジニーの大鍋が宙を飛び、ドサッと金属の落ちる音がした。
アーサーがルシウスに飛び掛かり、その背を本棚に叩きつけた。
その反動で、分厚い呪文の本が数十冊、皆の頭にドサドサと落ちてきた。
ジニーとハーマイオニーを守り、アスカがそれを避けると、「やっつけろ、パパ!」という双子の声が聞こえた。
続いて、モリーがアーサーを制止する悲鳴をあげるが、アーサーは聞く耳持たず。
人垣が、引く波のように後退りし、その弾みでまた本棚にぶつかり、本が落ちる。
店員も「お客様、どうかおやめを―――どうか!」と叫ぶ。
アスカはこれ以上は、店に大被害を与えかねない、と思い、隠れた位置から魔法を使おうとしたが、現れた大きな影に腕を振るのを止めた。

「やめんか、お前さん達! やめんか!」

ハグリッドが、本の山を掻き分け、やって来た。