「あぁ、ルシウス・マルフォイの尻尾を掴みたいものだ……」
「アーサー、気をつけないと」

モリーが窘めるように言った。
ちょうど、小鬼がお辞儀をして、銀行の中に一行を招き入れる所だった。

「あの家族は厄介よ。無理して火傷しないように」
「何かね、私がルシウス・マルフォイに敵わないとでも?」

アーサーはムッとしたようだったが、グレンジャー夫妻が居るのに気付くと忽ちそちらに気を取られた。
壮大な大理石のホールの端から端まで伸びるカウンターの側に、グレンジャー夫妻は不安そうに佇んで、ハーマイオニーが紹介してくれるのを待っていた。

「なんと、マグルのお二人がここに!」

アーサーが嬉しそうに呼び掛けた。
興奮しているその声を聞きながら、アスカはハリーにそっと問い掛ける。

「ルシウス・マルフォイは何を売っていたの? 見た?」
「ううん、見てないよ。家に取りに来てくれって話してたし、何も持っていなかった」
「そう…」

(ルシウス・マルフォイが何を売ったかはわからないけど、アーサー氏は、ルシウス・マルフォイを敵視しているみたいね)

まあ、相手がルシウス・マルフォイでは当たり前といえば当たり前だけれど、とアスカは息を吐く。

「ベル、僕達は一緒に行くけど、君はどうする?」

ロンに問われ、アスカはその側にハーマイオニーが居ないことに首を傾げる。

「ハーマイオニーは?」
「ハーマイオニーは両替だから、トロッコには乗る必要ないだろう? 後でまたここで落ち合うことになったんだよ」
「…そう。じゃあ、あたしも自分の金庫に行ってくる」
「ベルも同じトロッコで行けば良いんじゃない?」
「……定員オーバーでしょ。それに、あたしの金庫、奥の方にあるから…じゃあね」

返事を聞かずに、アスカは小鬼の元へと進み、鍵を見せた。
ビュンビュン風をきって走るトロッコに乗り、フィーレンの金庫から必要な額だけのお金を取り出して戻って来ると、ハーマイオニーが手を上げて迎えてくれた。
グレンジャー夫妻に頭を下げて、ハーマイオニーと何から買いに行こうかと話していると、ウィーズリー一家とハリーが戻ってきた。
ウィーズリー一家は、これから皆別行動を取るらしく、1時間後に、『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』に集まることになった。
アスカは、ハリー、ロン、ハーマイオニーと4人で石畳の道を歩いた。
ハリーが苺とピーナッツバターの大きなアイスクリームを4つ買い、4人で楽しくペロペロ舐めながら路地を歩き回って、ウィンドウ・ショッピングをした。
ロンは『高級クィディッチ用具店』のウィンドウで、チャドリー・キャノンズのユニフォーム一揃いを見つけて、食い入るように見つめて動かなくなったが、ハーマイオニーがインクと羊皮紙、それからアスカがスケッチブックを買うのに、2人を隣の店まで無理矢理引き摺って行った。
『ギャンボル・アンド・ジェイプス悪戯専門店』で、双子とリー・ジョーダンの3人組に出会った。
手持ちが少なくなったからと、火無しで火がつく『ドクター・フィリバスターの長々花火』を買いだめしていた。
ちっぽけな雑貨屋では、折れた杖や目盛りの狂った秤、魔法薬の染みだらけのマントなどを売っていた。
アスカは魔法薬の染みだらけのマントを見て、黒尽くめの友人を思い出したが、次いで、『友人だと思ったことなどない』発言も思い出し、眉を下げた。

「パーシーだ」

ロンが何やら本を読んでいるパーシーを見つけて、4人は傍へ寄る。
パーシーは、『権力を手にした監督生達』という小さな恐ろしくつまらなさそうな本を、恐ろしく没頭して読んでいた。

「『ホグワーツの監督生達と、卒業後の出世の研究』……こりゃ、すンばらしい…」

ロンが裏表紙に書かれた言葉を読み上げた。

「あっちへ行け」

パーシーに噛み付くように言われて、ハリー、ロン、ハーマイオニー、アスカは店の外へ出た。

1時間後、4人はフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へ向かった。
書店に向かっているのはどうやら4人だけではないようだったが、側まで来てみて、その人の多さに一同は驚いた。
書店は黒山の人だかりで、沢山の人が表で押し合い圧し合いしながら中に入ろうとしていた。

「な、何事? 本の特売?」

それなら急がなくちゃ、とアスカが目の色を変える隣で、ハーマイオニーが悲鳴をあげた。

「ベル、見て!」

ハーマイオニーが指差した方を見て、その理由が解った。
上階の窓に掛かった大きな横断幕に、『サイン会 ギルデロイ・ロックハート自伝「私はマジックだ」』と、デカデカと書かれていた。

「本物の彼に会えるわ!」
「なんだ…特売じゃないのか……」

黄色い声をあげるハーマイオニーの隣で、アスカは肩を落とした。
ハリーとロンの怪訝な視線に気付いたのか気付いていないのか、すっかりハーマイオニーは興奮してしまっている。
辺りを見渡せば、ハーマイオニーと同じように心を踊らせているモリーと同じ位の年齢の魔女ばかりだった。
ギルデロイ・ロックハートは成程、ご婦人方に大層な人気らしい事が窺える。

「皆は?」

ハリーの言葉に、4人は人垣を押し分けて中に入った。
長い列は店の奥まで続き、掻き分けていく最中、当惑した書店の店員らしい声が「奥様方、お静かに願います……押さないで下さい……本にお気をつけ願います…」とアスカの耳を掠めていった。
一番奥まで辿り着くと、そこでギルデロイ・ロックハートがサインをしていた。
その姿は、背の低いアスカには見る事が出来なかったが、4人は慌てて教科書リストに載っているギルデロイ・ロックハートの著書と基本呪文集を引っ掴み(ハーマイオニーは新刊だけと基本呪文集)、赤毛が目立つ、ウィーズリー一家とグレンジャー夫妻が並んでいる所へこっそり割り込んだ。

「まあ、良かった。貴方達、来たのね」

モリーはアスカ達にいつもより紅潮した顔でニッコリと笑み、何度も髪を撫で付けている。

「もうすぐ彼に会えるわ…」

まるで恋をしている少女のような表情で、モリーはうっとりと呟いた。

(モリーさん、乙女だ)

その様子に、アスカはクスクスと隠れて笑った。
そうしているうちに、ギルデロイ・ロックハートの姿が、アスカにもだんだん見えてきた。
座っている机の周りには、自分自身の大きな写真がぐるりと貼られており、人垣に向かって写真が一斉にウィンクをし、輝くような白い歯を見せびらかしている。

(………本の表紙とか、本の内容でも解ってたけど、彼は相当なナルシストだわ…)

アスカは引き攣る顔と迫る寒疣を必死で押さえつけた。
本物のロックハートは、瞳の色にピッタリの勿忘草色のローブを着ており、波打つ髪に、魔法使いの三角帽をセンス良く被っている。
気の短そうな小男が、その周りを踊るように回り、写真を撮っていた。
目が眩むようなフラッシュを焚く度に紫の煙が上がる。

「そこ、退いて」

カメラマンの小男が、アングルを良くする為に後退りし、ロンに向かって低く唸るように言った。

「日刊予言者新聞の写真だから」

カメラマンの小男は、こちらを全く見ずに言い、更には角度を変えてフラッシュを焚く。

「それがどうしたってんだ」

ロンはカメラマンに踏まれた足を擦りながら言った。
その顔は、不機嫌そうである。
更に言えば、アスカも不機嫌になった。
他の並んでいるご婦人方にも同じ態度で、フラッシュを何度も焚く小男に、アスカの目が冷めていく。

「あたし、ちょっとガツンと言ってこようか」
「「え!?」」
「い、いいよ。僕ならちょっと踏まれた位だし、大丈夫だから!」
「でも、あの態度はいただけないでしょ」

日刊予言者新聞の写真なら、どんな無礼をしても許されるのか……いや、そんなはずはないだろう。

「大丈夫だよ、皆、ロックハートに夢中で気にしていないし!」
「そ、それに、揉め事を起こす方が迷惑がられると思うよ!」

アスカの低い声に、ハリーとロンがワタワタとアスカを宥める。

「―――――そう…ロンとハリーがそう言うなら、今は大人しくしてる」

踏み出した足を戻したアスカにハリーとロンは顔を見合せてホッとした。
だが、その会話が聞こえたのであろうロックハートが顔を上げ、会話をしていた3人を見た。
まずロンを見て、次にアスカ、最後にハリーを見て、それからハッとしたように勢いよく立ち上がり、叫んだ。

「もしや、ハリー・ポッターでは?」

ザワリ、と人垣から多数の声が上がり、そして人垣がパッと割れて道を開けた。
ロックハートが列に飛び込んで来て、ハリーの腕を掴むと正面に引き出した。
人垣が一斉に拍手する。

「ハ、ハリー!」
「大丈夫よ、ベル」

心配したアスカが足を踏み出そうとした所を、モリーとハーマイオニーががっちりと止めた。
ロックハートがハリーと握手している写真を例のカメラマンが撮ろうとして、アスカ達の頭上に暑い雲が漂うほどシャッターを切りまくり、ハリーの顔が火照った。

「さあハリー、ニッコリ笑って! 一緒に写れば、君と私とで一面大見出し記事ですよ」

ロックハートは輝くような白い歯を見せながら言い、それに応えるようにシャッターが何回も押された。
やっと手を放して貰った時、ハリーは痺れて指の感覚が無くなっていた。