うっとりとした様子のモリーに、アスカとハリーがポカンとしていると、フレッドがわざと聞こえるような囁き声で言う。

「フレッド、バカな事を言うんじゃありません」

フレッドを窘めたモリーだったが、頬を赤く染めていた顔で言うものだから、説得力や威力に欠けていた。

「いいでしょう。ロックハートより知っていると言うのなら、庭に出てお手並みを見せて頂きましょうか。後で私が点検に行った時に、庭小人が一匹でも残っていたら、その時後悔しても知りませんよ」

モリーに言われて、ウィーズリー三兄弟は、欠伸をしてぶつくさ言いながら、だらだらと外に出た。
アスカと目がバッチリ覚めてしまったハリーはその後に続く。
広い庭で、ハリーにはこれこそ庭だと思えた。
だが、アスカに言わせれば、雑草が生い茂り、芝生は伸び放題で、あまり手入れが行き届いているようには見えない。
これでは庭小人が住み着いて当たり前だ。
第一、フィーレンの家…先代当主の祖母の家…は、この何十倍もの広さの庭を有していたし、時計搭の周りの花壇と同じ位か少し小さい位かな、くらいにしか感じなかった。

ウィーズリー家の花壇には、ハリーが見たこともないような植物が溢れるばかりに繁っていて、大きな緑色の池は、蛙でいっぱいだった。
その様子に、アスカはヒクリと口端を引き攣らせる。

「マグルの庭にも、飾り用の小人が置いてあるの、知ってる?」

ハリーは芝生を横切りながら、ロンとアスカに言う。

「ああ、マグルが庭小人だと思っているやつは見たことがあるよ」
「人形の置物でしょう? マグルの庭小人は結構可愛いよね」

ロンが言い、アスカも続いて頷くと、ロンは腰を曲げて芍薬の茂みに首を突っ込む。

「太ったサンタクロースの小さいのが、釣竿を持ってるような感じの……まあ、本当の庭小人と比べれば、確かに可愛かったかも」

突然ドタバタと荒っぽい音がして、芍薬の茂みが震え、中からロンが立ち上がった。

「コイツが本当の庭小人さ」
「放せ! 放しやがれ!」

ロンの手は、庭小人を掴んでいた。
サンタクロースとは似ても似つかない姿の庭小人は、小さく、ゴワゴワした感じで、じゃがいもそっくりのでこぼこした大きな禿頭だった。
堅い小さな足で自分を掴んでいるロンを蹴飛ばそうと暴れるので、ロンは庭小人の足首を掴んで逆さまにぶら下げた。

「こうやらないといけないんだ」

ロンは小人を掴んだまま腕を頭上まで伸ばし、そのまま投げ縄を投げるように大きく円を描いて小人を振り回し始めた。
ハリーがロンの行動に驚き、ショックを受けた顔をしたので、アスカが説明してやる。

「大丈夫、ロンは小人を傷つけようとしているんじゃないの。完全に目を回させて、巣穴に戻る道がわからないようにしなきゃいけないのよ」
「そうしなきゃ、いくら追い出してもまた戻ってきちゃうんだ、よっ!!」

言った語尾で小人の足を掴んでいた手を放すと、小人は宙を飛んで、5、6メートル先の垣根の外側の草むらに、ドサッと落ちた。

「なんだロン、それっぽっちか!」

それを見ていたらしいフレッドが言う。

「俺なんか、あの木の切り株まで飛ばしてみせるぜ」

庭小人駆除が初めてのハリーは、捕獲第一号を垣根の向こうにそっと落としてやろうとした途端、ハリーの弱気を感じとった小人に噛み付かれた。

「ハリー!」

剃刀のような歯は鋭く、ハリーは振り払おうとして散々手こずり、ついに、ハリーの指に食いついた庭小人は15、6メートルも飛んでった。

「ひゃー、凄いなハリー」

感心するウィーズリー兄弟とは変わり、アスカはハンカチでハリーの小人に噛まれた指をぐるぐると巻いた。

それからというもの、ハリーも躊躇うことはなくなり、また、アスカもハリーの仇と言わんばかりに皆に混ざり小人を駆除していった。

「それで?」

駆除しながら、徐にアスカはハリーに問いかけた。

「え?」
「そろそろ話してよ。休み中、どうしてたの? 心配してたんだよ。誕生日プレゼントも贈ったのに連絡ないし…」
「え、そうなの!? ごめん。知らなかった」

アスカの言葉に、ハリーが目を丸くさせる。

「知らなかったって……まさか、届いてないの?」

そんなハリーに、今度はアスカが目を丸くさせた。

「…実はそうなんだ」

ハリーは苦笑いして、自分の身に起きた事を話し始める。

休み中、ハリーは従兄弟のダドリーの部屋の一つを与えられ、そこでヘドウィグと過ごしていた。
狭い部屋だったが、階段下の物置小屋より全然ましだった。
その物置小屋には、代わりにハリーの教科書や杖、鍋やローブ、箒が片付けられている。
ご丁寧にバーノンが鍵をかけて、ハリーの手に入らないようにしてしまったため、ハリーは夏休み中一度もクィディッチの練習が出来ず、宿題をやることも出来なかった。
ヘドウィグを外へ飛ばして遊ばせてやることもできず、ハリーは手紙を出せなかった。
だが、不思議なことに休み中ハリーの元へ一通も友人達から手紙は届かなかったのだ。

「え、あたし手紙ハリーに送ったよ!」
「うん、ロンから聞いた。ロン達にはもう車の中で話したんだ」

驚くアスカに頷き、ハリーは続ける。

誰からも手紙が来ないまま、ハリーの誕生日になった。
その日、ダーズリー家にお客様が来て、ハリーは二階の部屋に押し込まれ、絶対に物音一つ発てずに静かにしているように言われた。
だが、それは出来なかった。
何故なら、ハリーが戻って来た部屋には先客がいたのだ。

「先客?」

アスカは首を傾げた。

「屋敷しもべ妖精のドビー。そう名乗ったよ」
「屋敷しもべ? 屋敷しもべなんかが何故ハリーの部屋に…?」

屋敷しもべ妖精のドビーは、コウモリのような長い耳、テニスボール位の緑色のギョロリと飛び出した目、細長い鼻に、古い枕カバーのような服にひょろりと細い手足をしていた。

「僕を守る為…警告しに来たって言ってた」
「警告?」

アスカの顔が怪訝に歪む。

「ホグワーツに戻っちゃ駄目だって言うんだ。ホグワーツで世にも恐ろしいことが起こるように罠が仕掛けられているって…。それで、そのドビーが僕宛の手紙や荷物を全部ストップさせていたらしいんだ」
「…はあ?」
「ドビーは、僕が友達に忘れられてしまったと思えば、学校に戻りたくなくなるんじゃないかと思ったんだって」
「………………じゃあ、あたしが贈ったプレゼントも手紙も、ハーマイオニー達からの手紙も、全部、そのドビーっていう屋敷しもべが持ってるの? 今も?」
「―――うん。返してくれなかったから…多分、」

ハリーはアスカの目が鋭く細められたのに恐々としながら答えた。

(屋敷しもべのドビー、ね…)

アスカのブラックリストに、また新しい名前が加わった。

「その皆からの手紙を返して貰おうとして追いかけたら、ドビーが魔法を使って……僕が魔法省から警告を受けることになったんだよ」
「…大変だったのね、ハリー」

アスカは先程から表情一変、眉を下げる。

「夏休み中魔法を使っちゃいけないことがおじさん達にバレて、黙っていたのを怒られて部屋に閉じ込められたんだ……」
「そりゃあ酷かったよ。窓には鉄格子までしてあってさ!」

ロンが見たことを思い返して顔を顰める。

「食事もまともなのじゃなかったんだろ?」
「うん。―――あ、そうだ思い出した。ねえロン、君の家で、ピンクの瞳の鴉飼ってる?」
「!」
「…ピンクの瞳の鴉? そんなの飼ってないよ。どうしてだい?」

突然何かを思い出したハリーに問われ、ロンは目を瞬かせた。
ハリーはロンの答えに、首を傾げる。

「違うのかい? じゃあ、あれは誰からだったんだろう?」
「何だよ。分かるように説明してくれよ」

悩みだしたハリーに、ロンが訳がわからないと顔を歪めて言えば、ハリーが思考から浮上してきてアスカとロンを見た。

「ロンが来る前に、ピンクの瞳の鴉が、サンドイッチとジュースを届けてくれたんだ。それにメモもついていて、裏には『今夜迎えが来るから準備を』って書かれてあって……あ、ポケットにあるんだ――――これなんだけど」

ハリーがポケットから出した紙には、表には『どうぞ召し上がれ』、裏には『今夜、迎えが来るので準備を…』と書かれてある。
差出人の名前は書いてなかった。
それを見たロンは目を見開く。

「最初は何のことか分からなかったけど、ロン達が来てくれて…ロンからかと思ったんだけど――「僕じゃないよ!」…じゃあ誰からなんだろう?」

ロンは頭を振り、メモ用紙をハリーの後ろから見ている双子も首を振った。

「だいたい、郵便に梟じゃなくて鴉を使うなんてかなりレアだよ」
「そうだよね。僕も梟じゃないのが不思議だなって思ったし……ねえ、ベルはどう思う? あ、もしかしてダンブルドアとかハグリッドとかかな?」

名を呼ばれたアスカは、ハリーを見てやんわりと頭を振った。

「アルバスおじいちゃんが飼っているのは不死鳥だから違うと思う。ハグリッドがそんな珍しい鴉を飼ってないとは言い切れないけど、ハグリッドの字はそんなにキレイな字じゃないよね。っていうか、ハリー、サンドイッチ食べたの? 差出人が分からないのに?」
「う゛…すんごくお腹空いててつい……僕も食べてしまってから気付いたんだ」