言うなりマクゴナガルはこれで話は終いだと、屈んで本を拾い始めた。

「ハリー、こっち」

動こうとしないハリーの手をアスカが引き、場所を移動したが、外には出なかった。

「今夜だ」

辺りに誰もいないことを確認して、ハリーが言った。

「スネイプが仕掛け扉を破るなら今夜だ。必要な事は全部分かったし、ダンブルドアも追い払った……スネイプが手紙を送ったんだ。ダンブルドアが顔をだしたら、きっと魔法省じゃキョトンとするに違いない」
「でも、私達に何が出来るって……」

ハーマイオニーが突然息を呑んだ。
ハリーとロン、アスカが急いで振り返ると、そこにセブルスが立っていた。

「やあ、こんにちは」

アスカはギョッとした。
あのセブルスがいやに愛想良く挨拶をしてきたのだ。
ハリー達も訝しげにジ、とセブルスを見つめる。

「諸君、こんな日には室内にいるもんじゃない」

更に、セブルスは取ってつけたような歪んだ微笑みまで浮かべた。
いよいよアスカは、セブルスが何か悪いものでも拾って食べたのかと心配を始めた。

「僕達は…」

ハリーはそのまま口ごもった。
だがセブルスは気にした様子もなく、更に上機嫌に続ける。

「もっと慎重に願いたいものですな。こんな風にウロウロしているところを人が見たら、何か企んでいるように見えますぞ。グリフィンドールとしては、これ以上減点される余裕はない筈だろう?」

ハリーの顔がパッと赤くなった。
逃げるように外に出ようとすると、セブルスに呼び止められた。

「ポッター、警告しておく。これ以上夜中にうろついているのを見かけたら、我輩な自ら君を退校処分にするぞ。他人を巻き込む行動は控えるのが身のためだ。さあ、もう行きたまえ」

セブルスは大股に職員室な方に歩いて行った。
アスカはその背を横目で見送りながらもハリー達に続いて入口の石段まで早足で移動した。

「よし、こうしよう。誰か一人がスネイプを見張るんだ。職員室の外で待ち伏せして、スネイプが出て来たら跡をつける。ハーマイオニー、君がやってくれ」

これにはハーマイオニーが嫌そうに顔を顰めた。

「何で私なの?」
「当たり前だろう? フリットウィック先生を待っている振りをすればいいじゃないか」

ロンが言った。
それからハーマイオニーの声音を真似て続ける。

「ああ、フリットウィック先生。私、14bの答えを間違えてしまったみたいで、とっても心配なんですけど……」

(ちょっと似てる…)

アスカはハーマイオニーにバレないようにクスクスと笑う。

「まあ失礼ね、黙んなさい! ベルも。隠れて笑うならちゃんとバレないようにして笑って!」
「は、はい!」

(バレてた…)

アスカは背筋を伸ばして、しまった失敗した、と胸中で舌を出した。

「でも、ハーマイオニー1人で行くならあたしも一緒に「駄目!」…え?」
「ベルは一緒に来なくていいわ。私、1人でも大丈夫だから! それより、ベルはダンブルドアに手紙を書いて緊急の梟便を飛ばして欲しいの」

全てを言う前に、あろうことかハーマイオニーに却下されてしまった。
余りの勢いに、キョトンとして目を瞬かせる。

「アルバスおじいちゃんに、手紙?」
「そう。上手く届けられたら、ダンブルドアが帰ってくるのを早めることが出来るじゃない?」
「そっか!」
「ベルの話なら、ダンブルドアも信じるかも!」
「内容を書かなくても、ベルが緊急だっていえば、すぐに帰ってくるわよ!」

盛り上がる3人に、取り残された様に眉を顰めるアスカ。

(そんなにうまくいくかな…)

だが、『賢者の石』が危ういのは確かだ。
アスカは、頷いた。

「分かった。じゃああたしすぐに手紙を書く」
「あ、僕の梟を使って。―――よし、じゃあ僕達は、4階の例の廊下の外に居よう。さあ、行こう」

ハリーとロンはその足で4階を、ハーマイオニーは職員室、アスカは梟小屋へ各々向かった。
梟小屋に着くと、魔法で羽根ペンとレターセットを取り寄せ、ダンブルドアに手紙を書いた。

「ヘドウィグ」

書き終えて、封筒にしまい封を閉じるとアスカはハリーの梟を呼んだ。
ヘドウィグはとても賢く、呼んだアスカの目の前の止まり木に飛んできて止まる。

「お願い」

アスカに応えるように、ホーッと高く1つ鳴いて、ヘドウィグは手紙をくわえて元気に飛び立っていった。
それを見送り、アスカは息を吐く。
それから適当な梟にもう一通手紙を託し、外に放す。

(ハリーの言う通り、あの人は『石』を狙って今夜動くだろう。ダンブルドア先生がいない今、あたしがそれを阻止しなければ…)

アスカはグリフィンドール寮に戻る道を歩きながら考えに耽る。

(セブルスにその旨を書いた手紙を送ったから、きっと手伝ってくれる筈)

ヴォルデモートに対峙するかもしれないと思うと知らずに身体が震えるが、彼はまだ完全に力を取り戻した訳ではないので、そこまで脅威ではない。
何より彼を復活させるわけにはいかない。
闇の帝王を再び甦らせるわけにはいかないのだ。
あの日、ハリーが襲われる先見をしてから、こんな日がいつか来るだろうと覚悟していた。

(大丈夫! ハリーはあたしが守るんだから!)

アスカはギュッと拳を握りしめた。

(ただ…)

アスカは立ち止まる。

「あの子達が寮で黙って大人しくしていてくれる、なんてこと…ないよね」

自分はハリーと共にいるべきだ。
何かあった時にすぐに助けられるし、未然に防ぐ事も出来る。

「でも、できるならあの子達には危険な目に合って欲しくない……」

アスカはキュ、と覚悟を決めたように視線を上げ、目を光らせる。

(ごめんセブルス。約束、破る)

セブルスが知れば、カンカンに怒るに違いないと思い、アスカは苦笑いを浮かべた。
その足が向かうのは寮ではない。

「あれ、ベルどうしたの? 1人でどこへ行くの?」

途中、ネビルに不思議そうに声をかけられた。

「ちょっと会わなきゃいけない人がいるの―――ロングボトムくん、悪いんだけど、ハリー達に言伝をお願い出来る?」
「ことづて?」

ネビルがキョトンとして首を傾げたので、アスカは微笑んだ。

「あのね―――」

ソッとネビルの耳元に唇を寄せ、囁く様に告げる。
ネビルは意味がよくわからない様だったがアスカは構わずに、お願いね、と続けて、ネビルを置いてまた歩み出した。
ネビルの制止の声を背中に聞きながらも、アスカは1度も振り返らず、ただ真っ直ぐに目的の場所へと向かう。
その場所は然程遠い場所ではなかった為、わりとすぐに着いた。
アスカは部屋の前で1度深呼吸して、ポケットの中で杖を握り、いつでも取り出せるようにしておく。
フーッと長く息を吐いてドアをノックする。

「ベル・ダンブルドアです」

緊張で早い鼓動を打つ心臓の音を全身で感じながらも神経を研ぎ澄ます。
数拍待ったが、返事がない。

「……………」

アスカは再度ドアを拳でノックする。
ノックの音は、今度は先程よりも強めに響く。
だがやはり中から返事は無かった。

(……………留守?)

アスカは拍子抜けしたかの様に気付かぬ内に止めていた息を吐き出す。

「……留守じゃ仕方ないわね」

アスカが出直すかと踵を返そうとした時、ギィイ、とドアが一人でに開いた。

「え?」

アスカが状況を理解する前に、中から素早く伸びた手に腕を掴まれ、部屋の中へ引き摺り込まれた。
バランスを崩したアスカは、滑るようにして床に叩き付けられ、眼鏡がその拍子に床を転がる。

「ステューピ「エクスペリアームス」…!ッ」

咄嗟に杖を握ったままだった手を相手のいる方に出そうとしたが、その行動を読んでいた相手に武装解除の魔法で杖を奪われてしまった。
アスカの杖は、部屋の主の手に握られている。

「…く……ッ…」

(やられた!)

アスカは唇を噛み、顔を歪めた。

「いらっしゃると思っていました。お待ちしてましたよ、Ms,ダンブルドア」

それとは逆に、部屋の主の表情は明るい。
スラスラと言葉を紡ぐ口調は堂々としており、弱々しさなど微塵も感じられず、また吃ることもない。

「いえ、Ms,フィーレン…と、呼んだ方がよろしいでしょうか?」
「!!」

アスカの瞳が驚きと動揺で揺れる。

「一体、何を仰っているのか解りません」
「…そう、あくまでもシラを切るつもりですか」
「シラを切るだなんて……校長先生から聞いていませんか? あたしは、自分の事をよく知らないんです」
「―――ほう、それは初耳です」

芝居がかったような台詞に、更に白々しく眉が上がる。
だが、その目には疑いの色が濃く、アスカの言う事など信じていないように見えた。

「ですが私は…御主人様は、それが嘘でも真でも、どちらでも構わないのですよ。重要なのは、貴女がフィーレンの血を引いているという事……そう、ノルンの血を!」
「な、何を言って…」

部屋の主の言葉に、アスカは狼狽える。

「貴女をお待ちしていたと言ったでしょう?」