「―――…知ってる」

突然の問いに驚きながらもハリーは答えた。
語尾でハリーに話を振られたアスカは、キュ、と口を引き結び、躊躇いがちに頷く。

「それはね、ユニコーンを殺すだなんて非常極まりないことだからなんです。これ以上失う物は何もない、しかも殺すことで自分の命に利益になる者だけが、そのような罪を犯す。ユニコーンの血は、例え死の淵にいる時だって命を長らえさせてくれる。だが恐ろしい代償を払わねばならない。自らの命を救う為に、純粋で無防備な生き物を殺害するのだから、得られる命は完全な命ではない。その血が唇に触れた瞬間から、その者は呪われた命を生きる…生きながらの死の命なのです」

フィレンツェの髪は、月明かりで銀色の濃淡を映しだしていた。
ハリーはその髪を見つめながら口を開く。

「いったい誰がそんな必死に?」

考えながら言うハリーにアスカは、ハリーの後ろで、フィレンツェが闇の名を告げるのではないかと緊張していた。
ハリーに聞かせたくない…知られたくない、とフィレンツェに訴えるような視線を送ろうとしたが、フィレンツェは1度も後ろを見ない。
ハリーの腰を掴む手に知らずの内にグ、と力がこもる。

「永遠に呪われるんだったら、死んだ方がマシだと思うけど。違う?」
「その通り。しかし、他の何かを飲むまでの間だけ生き長らえれば良いのだとしたら? 完全な力と強さを取り戻してくれる何か、決して死ぬことが無くなる何か。 ポッター君、今この瞬間に、学校に何が隠されているか知っていますか?」
「『賢者の石』…そうか、命の水だ。だけど、いったい誰が……」

ハリーの中で、穴のあいたパズルのピースが次々と嵌まり、真相が見えてくる。
だが肝心の、最後のピースはあいたままだ。

「力を取り戻す為に長い間待っていたのが誰か、思い浮かばないですか? 命にしがみついて、チャンスを窺ってきたのは誰か?」

アスカは溜息を吐きたくなった。
そこまで知れば、ハリーは全てを聡ってしまう。
ハリーは鉄の手で、突然心臓を鷲掴みにされたような気がした。
風が吹き抜ける。
木々のざわめきの中、ハグリッドに初めて会ったあの夜に初めて聞いた言葉が、名が甦ってきた。

「―――そ、それじゃ…僕が……僕達が見たのは…」

今、正にハリーがその名を口にしようとした時、アスカの目に、ふわふわの頭が見えた。

「ヴォル…「見てハリー、あそこ、ハーマイオニーじゃない? ほら、ハグリッドも一緒だよ!」…本当だ」

ハリーの肩を叩きながら指差せば、ハリーもハーマイオニーとハグリッドの姿を認め、どこか安心したかのように短く息を吐いた。
アスカも、ソッと息を吐く。
フィレンツェとの話を中断させることが出来たようだ。
だが、賢者の石を狙う闇の存在を知られてしまった。
アスカが第一に考えるのは、ハリーの安全。
ハリーが余計な事に首を突っ込まないという誓いを信じてはいるが、ハリーはあのジェームズの息子だ。
いつ、また走り出すかわからない。
それならば、走る道を減らせば良いのだ。
故に、ハリーに余計な事を知って欲しくなかった。
両親の仇がいると知って、自ら危険に身を投じないか……アスカは心配と不安の種が減ったと思った矢先に増えて、頭を抱えたくなる心境だった。

「ベル、ハリー! あなた達大丈夫?」

ハーマイオニーが道のから駆けて来た。
その後ろを走っていたハグリッドも、肩で息をしながら、アスカとハリー、フィレンツェを見る。

「僕らは大丈夫だよ」

ハリーはそう言いつつも、どこか心ここに在らずだった。
自分でも、自分が何を言っているのか殆どわかっていない。

「ハグリッド、ユニコーンを見付けたの。森の奥の開けた所にいる。けど、もう…」
「もうここで別れましょう。君達は安全だ」

アスカが歯切れ悪くハグリッドに言うと、ハグリッドはユニコーンを確認しに急いで戻って行った。
それを見ながら、フィレンツェが呟いた。
アスカとハリーはフィレンツェの背から降りる。

「幸運を祈りますよ、ハリー・ポッター。ケンタウルスでさえも惑星を読み間違えた事がある。ノルンのように完璧ではない。今回もそうなりますように…」

フィレンツェはそう言い残し、森の奥へ駆けて行った。
ブルブルとハリーは震えていた。
ハリーを心配するハーマイオニーの声を聞きながら、アスカは夜空を見上げる。
火星が、やけに明るく輝き、瞬いていた。
アスカは、闇に襲いかかられそうになったあの時に見た先見を思い出し、顔を険しくさせた。
近い未来、ハリーが闇と再会する時が訪れるであろう瞬間に思いを馳せて―――。















To be Continued.