アスカは、ネビルの優しさに自然と強張った顔が解れてきた。
「そうだね。あたし達で見付けて、助けてあげよう」
「うん」
ネビルも緊張が解れてきたらしく、アスカのローブを握る手が緩む。
そうだ、とアスカはふと思いつき、ドラコの意識がこちらに向いてないのを確認してネビルにそっと声をかけた。
「ロングボトムくん…ごめんなさい、貴方をあたし達のしたことに巻き込ませる事になっちゃって……何て謝ればいいのか…」
「…ベル……良いんだ、別に………僕は本当に馬鹿だから、ドラゴンなんてあんな嘘を鵜呑みにして信じて…」
自嘲して笑うネビルに、アスカは頭を振る。
「ロングボトムくんは馬鹿なんかじゃないよ! あたし達、ハリーもハーマイオニーも、勿論ロンも、誰もそんな風に思ってないから!」
「………………」
声を荒げたアスカに、ネビルが驚いた様に目を丸くした。
「あ……えっと、それだけ、言っておきたくて…」
「―――何か、僕には解らない事情があったって事だろう? それならもうハリーから聞いたよ。僕、ベル達を恨むとかしてないよ…ベルやハーマイオニーにはいつも授業で助けて貰ってるし、ベルは身を呈して僕を助けてくれた……恨める訳ないよ」
「ロングボトムくん……ありがとう」
ネビルはネビルでいっぱい傷付いたはずだ。
ネビルだって、アスカ達までとはいかないが、皆から無視されてるし、一人ぼっちだ。
元々劣等感があったネビルには、辛いだろう。
アスカは、ネビルの優しさに申し訳なさが募った。
「おい、ダンブルドア。さっき言っていたのは本当に本当なんだろうな?」
ドラコに話しかけられ、アスカはびっくりしたと同時に質問の意味が解らずにキョトンとした。
「……さっき?」
「お、狼男はいないと言っていただろう」
「あぁ!」
(なんだ、それか。てっきりさっきの話を聞かれたのかと思った)
アスカは、ドラコにわからないように息を吐く。
「言ったよ。マルフォイくん、狼男が怖いの?」
「ば、馬鹿言え! 怖いわけあるか! ぼ、僕を誰だと思ってるんだ!」
「「…………………」」
アスカの目にも、ネビルの目にも、怖がっているようにしか見えない。
(強がっちゃって)
アスカは笑いを堪えて、1つ、咳ばらいをした。
「そうだね。大丈夫、もしいたとしても今日は満月じゃないから」
「「え?」」
ドラコだけではなく、これにはネビルも反応した。
「お、狼男は、い、いないんじゃないの!?」
「満月じゃないから大丈夫ってどういうことだ?」
2人とも、思ったことを口にする。
アスカは途端に怯え始めたネビルに微笑みかけながら、答えた。
「あたしはこの森を端から端まで調べた訳じゃないから確かな事は言えない。ただ、満月じゃなければ狼男はただの人間……皆を不必要に煽るフィルチが気に入らなくて、あの時あんな風に言っちゃった」
「じゃあアレは…いないっていうのは法螺だったの!?」
「えっと……あたしはいないと思ってるっていうか…」
「ベル!」
「ご、ごめん」
その時、ガサリという音が響いた。
ネビルとドラコは息を呑み、アスカは咄嗟に二人の腕を掴み、木の陰に引っ張り隠れる。
「な…なに? 何か…「シッ」ムグ」
ネビルがパニックになって声を出そうとした口に手で蓋をして、アスカはジッと息を潜める。
ドラコもネビルもファングもただただジッと隠れた。
耳を澄ます。
(何かいる)
何かが、すぐ傍の枯葉の上をスルスルと滑って行く。
布が地面を引きずるような音だ。
アスカは隠れた木陰から、黒い影みたいなマントが通り過ぎるのを見た。
ガタガタとネビルが震えている。
アスカはネビルが叫び声をあげないようにしっかりと口を手で蓋して、ギュッと手を握る。
ネビルはアスカのローブを握り締め、固く目を閉じて堪えた。
ドラコも息を潜めて音の主が通り過ぎていくのを待った。
やがて、音は徐々に消えて行った。
「あれは…この森のものではないね」
ファングが怯えて尻尾を巻いているのを見て、アスカは確信する。
「お、狼男?」
「違うよ」
ビクビクとするネビルにアスカは笑って首を振る。
「あれは…「ワオーーーーン!」なに?」
「ぅわぁあああああああっ」
「ロングボトムくん!?」
「ははははははっ、見たか? あの顔!」
突然、狼のような遠吠えがして、今まで頑張って堪えていたネビルだったが、耐え切れずに叫び声をあげた。
アスカはネビルを落ち着けようとするが、ネビルは恐怖で我を忘れ、杖を振り回して近寄れない。
その様子にドラコは腹を抱えて笑う。
「さっきの遠吠え、貴方が!?」
「はははっ、そうさ! 中々似ていただろう?」
笑いながら悪びれもせずに言うドラコに、アスカは手を振り上げた。
バチン、というアスカがドラコの頬を平手で打つ音と、ネビルが赤い光を打ち上げるのとほぼ同時だった。
「―――〜〜っ……な、何をするんだ!」
ドラコが打たれた頬を押さえて、アスカを睨みつける。
「ふざけるのはその名前と顔だけにして」
「なっ、何だと!?」
「自分だって怖くてガタガタ震えて怯えていた癖に」
「ぼ、僕がいつそんな風に怯えた?!」
「森に入る前からずっと怯えていたじゃないの。駄々っ子みたいにハグリッドに入りたくないって言っていたのは誰だったかしら?」
「くっ、この…っ」
「少し黙っていてくれる? 黙らせられたいなら別だけど」
アスカが冷たい目で杖を見せるとドラコは押し黙った。
アスカは大人しくなったドラコをそのままに、ネビルに駆け寄る。
ネビルはいくらか落ち着いたらしい……というか、ドラコとアスカのやり取りに驚いて固まっていた。
「ベルって――…すごいんだね…」
「? 何がすごいの?」
「ははは」
アスカは何故ネビルが笑うのか分からず、首を傾げる。
すると、ランプの灯りがユラユラと近寄って来た。
そこでアスカは、先程ネビルが赤い光を打ち上げてしまったことを思い出す。
「あ、いけない。ハグリッド達に心配をかけちゃったみたい」
アスカは何事だと大股で近寄って来たハグリッドに、申し訳なさそうに事の顛末を話した。
ドラコが悪ふざけをしてネビルを嚇かしたと聞いたハグリッドは憤慨した。
「なんちゅう馬鹿な事をしたんだ、お前さんは!」
ドラコは打たれて少し赤くなった頬で、フンとそっぽを向く。
「ごめんなさい、ハグリッド…」
「いんや、ベルは悪くねえ。皆ついて来い、ハリー達を待たせてある」
言われてハグリッドの後について歩いて行くと、ハリーとハーマイオニーが待っていた。
「ベル! 良かった、無事だったのね」
「一体何があったの?」
近寄るとハーマイオニーとハリーがアスカに駆け寄り、口を開く。
心配そうな2人に、アスカは大丈夫と言って微笑む。
「マルフォイの奴が、ネビルを嚇かして、ネビルがパニックになって光を打ち上げたらしい」
「マルフォイが?」
ハグリッドが憤慨しながらハリー達に説明した。
「ねぇ、ベル………マルフォイの頬がなんか赤い気がするんだけど…ベル、貴女まさか」
ハグリッドがハリーと話している間に、ハーマイオニーがこっそりと問いかけてきた。
ギクリと固まる。
「あ―――〜…その、つい」
苦笑いで躊躇いがちに打ち明けると、ハーマイオニーは複雑な顔をしたがそれ以上には何も言わなかった。
「お前達2人が馬鹿騒ぎしてくれたお陰で、もう捕まるものも捕まらんかもしれん。よーし、組分けを変えよう。ネビル、お前さんは俺と来い。ハーマイオニーも。ハリーはファングとこの愚かもんと一緒だ。ベルも、2人を頼む」
ハリーは嫌そうな顔をしたが、ハグリッドがこっそりと「スマンな。お前さんならアイツもそう簡単には脅せまい。ベルも一緒だし、とにかく仕事をやりおおせてしまわないとな」そう耳打ちされ、暫く我慢することにした。
アスカにとって、ハリーの傍にいることが出来るのでこの組分けは願ったり叶ったりだった。
メンバーを変え、アスカはハリーとドラコ、ファングと 一緒に更に森の奥へと向かった。
30分程歩いただろうか…だんだんと森の奥深くになり、辺りの様子も変わった。
木立がビッシリと生い茂り、最早道を辿るのは無理になってしまった。
「おい、ダンブルドア。まだ奥へ行くのか? もう道なんてないじゃないか」
ドラコが文句を言うので、アスカは溜息吐いた。
「貴方にはあのユニコーンの血が見えないの?」
「段々濃くなってきてるみたいだ……近くにいるのかも」
呆れた様に言うアスカの後を次いで、ハリーが血痕に近寄って言う。
「うん。あたしもそう思う」
アスカは視線をドラコからハリーに移し、ハリーの元に歩み寄る。
木の根元に大量の血が飛び散っていた。
傷ついた哀れな生き物が、この辺りで苦しみ、のたうちまわったのだろうと思い、アスカは眉を顰める。
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