ホッとしている様子のハリーに気付いたフィルチが、ニヤリと笑ってアスカの考えを確信に変えた。

「あの木偶の坊と一緒に楽しもうと思っているんだろうねぇ? 坊や、もう1度よく考えた方がいいねぇ……君達がこれから行くのは、森の中だ。もし、全員無傷で戻って来たら私の見込み違いだがね」

(あぁ、やっぱり…)

アスカは悪い夢を見ているようだと思った。
ハーマイオニーはアスカのローブの袖をギュッと握り、ネビルは低い呻き声を上げ、ドラコとハリーはピタッと動きを止めた。

(ハグリッドは森番だから、まさかと思ったけど―――まさか本当に生徒を禁断の森に入れるだなんて…)

ハグリッドが一緒とは言え、森には様々な生物が住んでいる。
ケンタウルスやユニコーン、ヒッポグリフ等…皆が皆危険な訳ではないが、危険がない訳でもない。

「森だって? そんなところに夜行けないよ……それこそいろんなのがいるんだろう? お、狼男だとか、そう聞いているけど」

さすがのドラコも、いつもの冷静さを欠いた声で聞く。
ネビルはハリーのローブの袖をしっかりと握りしめ、ヒィーッと息を詰まらせた。

「そんなことは今更言っても仕方がないねぇ」

フィルチの声が嬉しさの余りに上擦る。

「狼男のことは、問題を起こす前に考えとくべきだったねぇ?」

フィルチがニヤニヤと笑う。
怖がる皆を落ち着けようとアスカは挑むようにフィルチを見る。

「この森に、狼男なんていないわ」
「ほ、本当?」

ネビルが縋るような目でアスカを見る。
ハリーもハーマイオニーもドラコも、フィルチもアスカを見た。

「本当よ。ホグワーツの敷地内に、狼男なんていない。誤って生徒が噛まれてしまうかもしれないのに、校長先生がそれを許す筈がないわ」

(今は、だけどね)

アスカはこっそりと胸中で付け加えた。

「……ふんっ」

フィルチは不機嫌になった。
だが反対に、生徒達はホッと胸を撫で下ろす。

「もう時間だ。俺はもう30分位も待ったぞ。ハリー、ベル、ハーマイオニー、大丈夫か?」

ハグリッドがファングをすぐ後ろに従えて暗闇の中から大股で現れた。
大きな石弓を持ち、肩に矢筒を背負っている。

「こいつらは罰を受けに来たんだ。あんまり仲良くするわけにはいきませんよねぇ、ハグリッド」
「それで遅くなったと、そう言うのか?」

フィルチが冷たく嫌味を言った。
だがハグリッドは小さな目でフィルチを睨みつけた。

「説教をたれてたんだろう。え? 説教するのはお前の役目じゃなかろう。お前の役目はもう終わりだ。ここからは俺が引き受ける」
「夜明けに戻って来るよ。こいつらの体の残ってる部分だけ引き取りに来るさ」

フィルチは嫌味たっぷりにそう言うと、城に帰って行った。
ランプが暗闇にユラユラと消えて行った。

「僕は森には行かない」

ドラコがハグリッドに向かってきっぱりと言った。
だがその声は恐怖で戦いていて、ハリーはいい気味だと思った。

「ホグワーツに残りたいなら行かねばならん」

ハグリッドが厳しく言い返した。

「悪いことをしたんじゃから、その償いをせにゃならん」
「でも、森に行くのは召使いがすることだよ。生徒にさせることじゃない。同じ文章を何百回も書き取りするとか、そういう罰だと思っていた。もし僕がこんなことをするってパパが知ったら、きっと……」
「きっと、これがホグワーツの流儀だってそう言い聞かせるだろうよ」

ハグリッドが唸るように言った。

「書き取りだって? へっ! それが何の役に立つ? 役に立つことをしろ、さもなきゃ退学しろ。お前の父さんが、お前が追い出された方がマシだって言うんなら、さっさと城に戻って荷物を纏めろ! さあ行け!」

ドラコは動かなかった。
ハグリッドを睨みつけていたが、やがて視線を落とした。
それを見て、ハグリッドは皆に向き直る。

「よーし、それじゃよーく聞いてくれ。なんせ、俺達が今夜やろうとしていることは危険なんだ。皆軽はずみな事をしちゃいかん。暫くは俺について来てくれ」

ハグリッドを先頭に、アスカ達は歩き始めた。

(あたしがハリーを…ううん、ハリーだけじゃない。ハーマイオニーもロングボトムくんとマルフォイくんもだ…皆を守らなきゃ!)

グ、とローブのポケットに手を入れ、そこにある杖をしっかりと握る。
一行は森の外れまでやって来た。
ランプを高く掲げ、ハグリッドは暗く生い茂った木々の奥へと消えていく細い曲がりくねった獣道を指差した。
森の中を覗き込むと、一陣の風が皆の髪を逆立てた。

「あそこを見ろ。地面に光った物が見えるか? 銀色の…あれは、ユニコーンの血だ。何者かに酷く傷付けられたユニコーンがこの森の中にいる。今週になって二回目だ。水曜日に最初の死骸を見付けた。皆で可哀相な奴を見付けだすんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」

アスカはハグリッドの説明に息を呑んだ。

「ユニコーンが殺された? そんなこと…」

(そんなことが出来るだなんて、よっぽど強い魔力を持つ相手にとしか考えられない。それ以前に、よくそんな事が出来るな…)

ユニコーンを殺すなんて、非情極まりないことだ。
強い魔力を持ち、純粋で無防備な生き物。
その鬣や角にも高い魔力があり、杖の芯や魔法薬で使われる。
だが、1番魔力を持つのはその血だ。
シルバーブルーのユニコーンの血。
アスカは、月の光を浴びて輝くそれを見てハッと気付いた。

(そんな―――…まさか…)

ざぁ、と風が吹いて木々が葉を揺らした。
アスカの髪も揺れ、首筋を風が撫でていく。
その風がどこか生暖く感じ、アスカの肌がぞくりと粟立つ。
ユニコーンの血には、延命作用がある。
死の淵にいる者をも生きながらえさせる事ができる。
だが、その血が唇に触れた瞬間から、その者は呪いを受ける。
己の欲の為に…自分が生きながらえる為
のために純粋で無防備な生き物を殺すのだ。
呪われた命…生きながらの死の命。
そんなことまでして生に縋り付く人物にアスカ心当たりがあった。

「………………まさか…」

ぎゅっとアスカは自分を抱きしめるようにして両腕を握る。

(闇が…この森にいる?)

ゴクリ、と生唾を飲む。

「ベル、大丈夫? 顔が真っ青だわ」

ソ、と肩に手を置かれ、アスカはビクリと肩を揺らした。
見れば、ハーマイオニーが心配そうにアスカを見ている。
ハリーとハグリッド、ネビルとドラコもアスカを見ていた。

「だ、大丈夫」
「そう?」
「本当に真っ青だな。大丈夫かベル?」

ペロリ、とファングが心配そうにアスカの手を舐める。

「ふふ、ありがとうファング。ハグリッドも…」

アスカは気持ちを切り換えることにした。
まだ、そうと決まった訳ではない。

「そうか。よし、じゃあハリーとハーマイオニーは俺と一緒に行こう。ベルとドラコ、ネビルはファングと一緒に別の道だ」

ハグリッドが皆を2組に分ける。

(あたしはハリー達と一緒じゃないのか…心配だけど、ハグリッドがいるなら大丈夫かな?)

少なくとも、ハグリッドと居れば、森に住むものは襲っては来ない。
それは、ファングにも当て嵌まるが、アスカはファングが臆病な事を知っていた。

「ベル、すまんがそっちはお前さんに任せる。お前さんなら大丈夫じゃろう。ファングも懐いておるしな」
「うん」

アスカは苦笑いで頷いた。

(それであたしはこっちなわけね)

擦り寄ってくるファングの頭を撫で、耳の後ろを掻いてやれば、気持ち良さそうに目を細める。

「もしユニコーンを見付けたら緑の光を打ち上げる。いいか? 杖を出して練習しよう」

アスカ達は各々杖を取り出し、ハグリッドに言われた通り緑の光を打ち上げる。
皆が打ち上げられることを確認してハグリッドは頷く。

「それでよし。次に、何か困ったことが起きたら、赤い光を打ち上げろ。皆で助けに行く。じゃ、気をつけろよ―――出発だ」

ギュッと杖を握り、アスカは歩き出した。
森は真っ暗でシーンとしていた。
少し歩くと道が二手に別れていた。
ハグリッド達は左の道を、アスカ達は右の道を取った。
別れる際、アスカはハーマイオニーとハリーに、気をつけてと言いながらこっそり守りの魔法をかけた。
これで軽い魔法位なら、アスカの魔法が防いでくれるはずだ。
アスカは、ファングとドラコ、ネビルと歩き出した。
ネビルはギュッとアスカのローブの袖を握りながら、歩く。
その後ろにファングとドラコが続く。
3人と1匹は無言で、アスカは辺りに注意を向けながら、足元を見て歩む。
時々枝の隙間から漏れる月明かりが、落ち葉の上に点々と滴ったシルバーブルーのユニコーンの血痕を照らし出している。
そこら中血だらけだった。

「酷い…」
「ハグリッドがユニコーンは少なくても昨日の夜からのたうち回っているんだろうって言ってた……可哀相に…きっと、とっても痛くて、辛いよね。苦しいよ」

ネビルがビクビクと怯えながらも言う。