「まぁ、それくらいなら言っても構わんじゃろう。―――さてと、俺からフラッフィーを借りて、何人かの先生が魔法の罠をかけた。…スプラウト先生……フリットウィック先生……マクゴナガル先生……」
ハグリッドは指を折って名前を挙げ始める。
「それからクィレル先生……スネイプ先生……勿論ダンブルドア先生もちょっと細工したし、これだけ守りが強固なんだ。お前さん達が心配せんでも石は安全に決まっちょる」
「……ねぇ、ハグリッド。ハグリッドだけが、フラッフィーを大人しくさせられるんだよね? 誰にもその方法を教えたりはしてないし、これからもしないよね? 例え先生にだって」
ハリーが心配そうに聞く。
「俺とダンブルドア先生以外は誰一人として知らん」
ハグリッドは得意げに答えた。
「そう。それなら一安心だ」
ハリーは他の3人にむかってそっと呟く。
「………もう話は終わった? それなら、いいわよね、あたしが喋っても」
それまで黙っていたアスカが、一歩ハグリッドに近寄り、非難の目を向ける。
あまりの剣幕に、ハリーがアスカに場所を譲った。
「ハグリッド、どういうこと? 何故貴方の部屋に、あんなものがあるの?」
「あ? あー……それは……えーと…」
ハグリッドは落ち着かない様子で髭を弄りだす。
だが、アスカはその鋭い眼光を緩めなかった。
「あたし達が気付いていないとでも思ってるの? ドラゴンの飼育は違法だって、ハグリッド、子供でも知ってるのよ?」
「ハグリッド、どこで手に入れたの? 高かったろう」
ロンが、暖炉の炎で暖められているドラゴンの卵をマジマジと見ながら聞く。
「か、賭けに勝ったんだ。昨日の晩、村まで行って、ちょっと酒を飲んで、知らない奴とカードをしてな。はっきり言えば、そいつは厄介払いして喜んでおったな」
「だけど、もし卵が孵ったらどうするつもりなの?」
ハーマイオニーが、アスカを気にしながらハグリッドに聞く。
「それで、ちぃと読んどるんだがな」
ハグリッドは意気揚々と枕の下から大きな本を取り出した。
それは、つい1時間程前に図書館でハグリッドが背中に隠していた本に間違いなかった。
「図書館から借りたんだ――『趣味と実益を兼ねたドラゴンの育て方』――勿論、ちぃと古いが、何でも書いてある。母竜が息を吹きかけるように卵は火の中に置け。なぁ? それからっと……孵った時にはブランデーと鶏の血を混ぜて30分毎にバケツ一杯飲ませろとか。それと、ここを見てみろや――卵の見分け方――俺のは、ノルウェー・リッジバックという種類らしい。こいつが珍しいやつでな」
ハグリッドが嬉しそうに上機嫌で喋りだしたが、アスカとハーマイオニーは違った。
「ハグリッド、この家は木の家なのよ」
ドラゴンは、火を吐き出す。
ハグリッドの小屋なんて、あっという間に消し炭だ。
さらにドラゴンは飛ぶ。
ずっと、誰にも見つからずに隠して飼育するだなんて不可能だ。
「このことを魔法省に知られたら……ただじゃ済まされないんだよ、ねぇ、わかってる?」
ハーマイオニーとアスカの声も言葉も、ハグリッドには届かなかった。
ハグリッドは、ルンルンと鼻唄まじりで火を焼べていた。
「ハグリッド……」
アスカは視線を落とすと、息を細く吐いて、ソッとハグリッドの小屋を後にした。
ハーマイオニーが後に続き、ハリーとロンも暑さに耐え切れないといったように続いた。
アスカ達は心配事をもう一つ抱えることになってしまった。
(どうか孵りませんように!)
アスカは、祈るように胸の前でギュッと手を握り締めた。
だが、そんなアスカの祈りや心配をよそに、ハグリッドから手紙が届いた。
ヘドウィグから手紙を受け取ったハリーは、慌てて3人にそれを見せた。
手紙にはたった一行だけが書いてあったが、アスカを一気に落とすには充分だった。
『いよいよ孵るぞ』
アスカの祈りは神に届かなかったようだ。
ロンは薬草学の授業をサボってすぐに小屋に向かおうとしたが、ハーマイオニーが許さなかった。
「だって、ハーマイオニー。ドラゴンの卵が孵るところなんて一生に何度も見られると思うかい?」
「授業があるでしょ。サボったらまた面倒なことになるわよ。でも、ハグリッドがしていることがバレたら、私達の面倒とは比べものにならないぐらい、あの人困ることになるわ……」
「ハグリッドはなんにも考えていないのよ……」
「黙って!」
ハリーが小声で言った。
促されて見れば、ドラコがほんの数メートル先にいて、立ち止まってじっと聞き耳を立てていた。
4人は険しい顔で顔を見合わす。
(どこまで聞かれてしまったんだろう?)
アスカは、ドラコの表情に不安を覚えた。
ロンとハーマイオニーは薬草学の教室に行く間、ずっと言い争っていた。
とうとうハーマイオニーも折れて、午前中の休憩時間に4人で急いで小屋に行ってみようということになった。
授業の終わりを告げるベルが塔から聞こえてくるや否や、4人は移植篭手を放り投げ、校庭を横切って森の外れへと急いだ。
ハグリッドは興奮で紅潮していて、「もうすぐ出て来るぞ」と、4人を中に招き入れた。
卵はテーブルの上に置かれ、深い亀裂が入っていた。
中で何かが動いている。
殻を突いているのか、コツン、コツンという音がした。
椅子をテーブルの傍に引き寄せ、皆息を潜めて見守った。
すると、突然キーッと引っ掻くような音がして、卵がぱっくりと割れた。
中から赤ちゃんドラゴンがテーブルにポイと出て来た。
皺くちゃの黒いコウモリ傘のようで、可愛いとはとても言えなかった。
痩せっぽちの真っ黒な胴体に不似合いな巨大な骨っぽい翼、長い鼻に大きな鼻の穴、瘤のような角、オレンジ色の出目金だ。
赤ちゃんドラゴンがくしゃみをすると、鼻から火花が散った。
「素晴らしく美しいだろう?」
ハグリッドが感動してそう言うが、誰もその言葉に頷く者はいなかった。
ハグリッドが手を差し出して赤ちゃんドラゴンの頭を撫でようとすると、赤ちゃんドラゴンは尖った牙を見せて差し出したハグリッドの指に噛みついた。
「ハグリッド! 大丈夫!?」
アスカが顔を強張らせて、噛まれた指を引き寄せる。
だが、ハグリッドは痛みなど感じていないのか、あろうことか感激していた。
「こりゃスゴイ! ちゃんとママちゃんがわかるんじゃ!」
(違うよ、今のは威嚇したんだよ!!)
アスカは、血が流れだす指をハンカチで縛って止血しながら、歓喜で顔を綻ばせているハグリッドを唖然として見ていた。
「ハグリッド、ノルウェー・リッジバック種ってどれくらいの早さで大きくなるの?」
ハーマイオニーの問いに、ハグリッドが答えようとした途端、ハグリッドの顔から血の気が引いた。
弾かれたように立ち上がり、窓際に駆け寄る。
「どうしたの?」
「カーテンの隙間から誰かが見ておった。子供だ……学校の方へ駆けて行く」
ハリーとアスカが急いでドアに駆け寄り外を見る。
遠目にだってすぐにわかった。
あの姿は紛れも無い。
「マルフォイ君……」
ドラコにドラゴンを見られてしまった。
彼はきっとあの時のアスカ達の話を聞いていて、後を付けて来たのに違いない。
アスカ達は苦い顔で顔を見合わせた。
事態がまずい事になってしまったのを誰もが感じていた。
次の週、ドラコが薄笑いを浮かべているのが4人は気になって仕方なかった。
ドラコが魔法省に通告すればハグリッドはおしまいだ。
責任者であるダンブルドアもただでは済まされないだろう。
まだ未成年であるハリー達とて、何らかの処罰があるはずだ。
暇さえあれば4人はハグリッドの所に行き、暗くした小屋の中でなんとかハグリッドを説得しようとした。
だがハグリッドは聞き入れなかった。
ハグリッドはドラゴンに夢中で、事の重大さに気付いていない。
更に、ドラゴンに掛かり切りで、家畜の世話も仕事もろくにしておらず、小屋の中もブランデーの空瓶や鶏の羽がそこら中の床の上に散らかっていた。
アスカは仕方なしに杖を振って散らかった小屋を片付ける。
だがハグリッドは小屋が汚かろうと綺麗になろうと眼中になかった。
ドラゴンはというと、たった1週間で3倍に成長していた。
鼻の穴からは煙がしょっちゅう噴出して、いつ火を吐き出すかアスカは気が気ではなかった。
「この子を『ノーバート』と呼ぶ事にしたんだ」
ドラゴン……ノーバートを見るハグリッドの目は潤んでいる。
「もう俺がはっきり分かるらしい。見てご覧……ノーバートや、ノーバート! ママちゃんはどこ?」
「狂ってるぜ」
ロンが呆れたように囁いた。
「ハグリッド、もう2週間もしたらノーバートはこの家位に大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアや父親に言い付けるか分からないよ」
ハリーがハグリッドに聞こえるように大声で言う。
「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけん位の事はわかっとる。だけんどほっぽり出すなんてことは出来ん。どうしても出来ん」
ハグリッドは唇を噛んだ。
暫しの沈黙の後、突然ハリーがロンに呼びかけた。
「チャーリー!」
「君も狂っちゃったのかい? 僕はロンだよ、わかる?」
「あ、そうか! そうよ! 貴方のお兄さん!」
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