縋るような目付きで見つめられ、アスカはやれやれと息を吐いた。
ハーマイオニーに謝ると、ハーマイオニーは苦笑いして首を左右に振る。
そんなハーマイオニーはというと、なんとロンと組むことになった。
これには二人共カンカンだったが、先生に文句を言うわけにもいかず、険悪な空気漂う中、席についた。
ハーマイオニーとハリー、ロンはハリーに箒が届いた日から一言も言葉を交わしていない。
アスカは二人が心配でならなかったが、少し離れた席に座る事になったので、様子を窺う他なかった。
それよりも、ネビルのフォローに専念しなければ、クラス中大惨事になることも有り得る。
アスカはネビルに集中しながらも、ロンと席が隣のハリーと視線を交わすと、ハリーも心配なようで苦笑いしていた。
ハリーはシェーマスと組むことになったようだ。

「さあ、今まで練習してきたしなやかな手首の動かし方を思い出して」

フリットウィック先生は、いつものように積み重ねた本の上に立ってキーキー声で言う。

「ビューン、ヒョイ、ですよ。いいですか、ビューン、ヒョイ。呪文を正確に、これもまた大切ですよ。覚えてますね」

フリットウィック先生は、魔法使いバルッフィオの話をもう一度持ち上げて、生徒達に注意を煽る。
バルッフィオは、呪文を正しく発音しなかったため、気がついたら自分が床に寝転んでバッファローが自分の胸に乗っかっていたというある意味偉業を成した人である。
どうやったら、“f”が“s”の発音になるのか…アスカは不思議でならない。
シェーマスが突いた羽根に火がついて、それを慌てて消しているハリーとシェーマスを尻目に、アスカはネビルが一つ咳をしたのに気付いた。

「ウィンガディアム・レビィオ〜サ〜!」

言いながら、ネビルが杖を振り回そうとするのをアスカは慌てて止めた。

「ネビル! いい? よく聞いて? “ウィンガーディアム・レヴィオーサ”。言ってみて」
「ウィンガ〜ディアム「“ガー”よ」…ウィンガーディアム?」
「うん、そう、上手いわ! 次はレヴィオーサ。“ヴィ”の部分に気をつけて?」

アスカはネビルに丁寧に優しく教えている。
ネビルはゆっくりだけれど、呪文を正確に言えるようになってきた。
そんな時だった。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

ハーマイオニーの綺麗な発音の呪文を言う声が聞こえて、目を向けると、ちょうど羽根がふわりと浮かんだ。
ハーマイオニーが杖を上に動かすと、羽根がそれに合わせてふわふわと上がる。

「わあ、さすがハーマイオニーだね、ベル。凄いや」
「そうだね」

ネビルの声に頷く。
フリットウィック先生も、見事に浮き上がった羽根に拍手をしてキーキー声で叫んだ。
ハーマイオニーはアスカの視線に気付き、はにかむようにして嬉しそうに笑んだ。
アスカも嬉しくなって、笑みを返した。

「ねえ、ベル。杖の動きってどうやるんだっけ?」
「こうやるのよ…ビューン、ヒョイ」

ネビルの質問にアスカはすぐに向き直り、振って見せる。

「…こ…こう?」
「違うよ」

たどたどしいネビルの手をとり、ビューン、ヒョイと振る。
何回かネビルの振り方を直して良くなった頃、アスカは自分の杖を手にする。

「じゃあいい? 見ててね」

ネビルがこっくり頷いたのを確認して、アスカは呪文を唱えた。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

杖をビューン、ヒョイと振れば、アスカの羽根がふわりと浮き上がった。

「わあ!」
「皆さん、ダンブルドアさんもやりましたよ。見事に羽根を浮き上がらせてます!」

ネビルが歓声を上げ、フリットウィック先生はキーキー声を上げた。
結局、ネビルは羽根を浮き上がらせる事が出来なかったが、無事に何事もなく授業が終わったので、アスカにひたすらお礼を言っていた。

「まったく最悪だよ!」

アスカがハーマイオニーと大広間に向かって歩いていると、声が聞こえてきた。

(ロンとハリーだ)

視線をやれば、ロンが何やらハリーに話しているらしい。
ロンは興奮しているのか、声が大きい。
少し後ろを歩いているアスカとハーマイオニーには、丸聞こえだった。

「『言い方が間違ってるわ。ウィン・ガー・ディアム レヴィ・オー・サ。“ガー”と長ーく綺麗に言わなくちゃ!』…だって。あの話し方! 嫌味な奴!」

どうやら今の授業でのハーマイオニーのことを話しているらしい。
アスカは顔が不快に歪む。

「だから、誰だってあいつには我慢できないって言うんだ。ベルだって、その内我慢の限界がきて離れていくさ。そしたらあいつは独りぼっち。あいつ、ベルの他に友達いないんだ」
「…っ、」
「!!」

ハーマイオニーの目が、みるみる内に涙で潤んでいく。
アスカは信じられない気持ちでロンの姿を見ていた。

(なんてことを言うの!?)

「ハーマイオニー、あんなの気にすることないよ!」
「………………」

ハーマイオニーは溢れてくる涙を堪えるのに必死で、アスカの言葉に反応出来ない。

「まったく、悪夢みたいな奴さ」
「…うっ…‥」
「ハーマイオニーッ」

ハーマイオニーは堪えきれなくて、流れる涙が見えないようにして小走りで一人駆けて行った。

「待って!」

アスカの制止も聞かず、走って行ったハーマイオニーは、その際にハリーにぶつかった。

「―――今の、聞こえたみたい」

驚いたように足を止めてそう言ったハリーは、どうやらハーマイオニーの涙が見えたらしい。
顔が複雑に歪んでいる。

「それがどうした? 友達がいないってことはとっくに気がついているだろうさ」
「!!っ」

その言葉でアスカは完全に頭にきた。

「ロン!!」

パァン!、という乾いた音が廊下に響いた。
ハリーは驚き、頬を打たれたロンも何が合ったのかわからずに目を丸くさせている。

「貴方がそんな下衆野郎だとは思わなかった。貴方が大嫌いなマルフォイ君の方がまだマシだわ。…見損なった」

冷たく細められた眼は鋭く睨み、その声は地を這うように低められていた。
軽蔑するような眼差しを固まったままのロンからすぐに外し、アスカはハーマイオニーの後を追って駆け出した。

「…………………」
「…………………」

暫くその場は沈黙に支配された。

「な、なんだよベルの奴」
「………怖…」

意味がよくわからないロンの隣でポツリとハリーが呟く。

「…………でも、さすがにさっきのは言い過ぎだと僕も思うよ」
「………………」

ハリーの言葉は聞こえているが、ロンは眉間に皺を寄せ、不満そうに唇を尖らせた。
打たれた頬に手をやれば、そこは熱く、鈍く痛んだ。


ハーマイオニーは次のクラスに出て来なかったし、午後も一度も見かけなかった。
それはアスカも一緒で、ハロウィーンのご馳走を食べに大広間に向かう途中、パーバティ・パチルがラベンダーに話しているのをハリー達は小耳に挟んだ。
ハーマイオニーはトイレで泣いていて、一人にしてくれとアスカに言っているらしい。
だが、アスカはドアの前から離れようとしないのだとか…。
ロンは、濡らしたタオルで冷やして赤みの和らいだ頬に手を宛て、罰の悪そうな顔をしていたが、大広間のハロウィーンの飾り付けを見た瞬間、ハーマイオニーとアスカのことなど二人の頭から吹っ飛んでしまった。
千匹もの蝙蝠が壁や天井で羽をばたつかせ、もう千匹が低く垂れ込めた黒雲のようにテーブルのすぐ上まで急降下し、くり抜いたかぼちゃの中の蝋燭の炎をちらつかせた。
皆が席に着くと、新学期の新一年生歓迎会の時と同じように、金色の食器に突如ご馳走が現れた。

「すげー」

ハリーが皮つきポテトを皿によそっていたちょうどその時、大きな音を発てて勢いよく大広間の扉が開いた。
駆け込んで来たのはクィレル先生で、全速力で走って来たのか肩で息をしている。
ターバンは歪み、その顔は恐怖で引き攣っている。
皆が何事かと見つめる中、クィレル先生はヨロヨロとダンブルドア校長の席まで辿り着き、テーブルに凭れかかり喘ぎ喘ぎ言った。

「トロールが……地下室に……お知らせしなくてはと思って…」

そこでクィレル先生は、その場でばったりと気絶して倒れてしまった。
大広間は大混乱になった。
悲鳴が多数響く。
ダンブルドア校長が杖の先から紫色の爆竹を何度か爆発させて、やっと静かにさせた。

「監督生よ、すぐさま自分の寮の生徒を引率して寮に帰るように」

重々しいダンブルドア校長の声が轟く。

「僕に着いて来て! 一年生は皆一緒に固まって! 僕の言う通りにしていれば、トロールは恐るるに足らず! さあ、僕の後ろに着いて離れないで! 道を開けてくれ。一年生を通してくれ! 道を開けて。僕は監督生です!」

水を得た魚とは正にこれだ。
ロンの兄、パーシーはキビキビと動き、指示を出す。
ハリーとロンもパーシーに着いて何故トロールなんかが入ってきたのか話しながら歩いていたが、ハリーがハッとしてロンの腕を掴んだ。

「ちょっと待って……ハーマイオニーとベルだ」
「あの二人がどうかした?」