ハリーとロンも、箒が気になると言って、口の中に放り込むように食べて、寮に戻って行った。
アスカも見たかったが、珍しく一人でいるアスカは双子に見つかり、話をしていた為長らく大広間に縫い止められた。
これから練習なんでしょと言って双子を追っ払ったアスカは、クィディッチ今昔の本を見て顔を顰める。

(このまま帰ったら、すぐに就寝時間になっちゃう…)

「…今日、返却日だって言ってたな」

アスカは玄関ホールでピタリと立ち止まり、暫し本と睨めっこをしていた。

「………………」

図書館の司書、マダム・ピンスは本の鬼だ。
本を乱暴に扱ったり、本を棚に返さずに机に放置したり、在った棚と違う棚に戻したり、返却日を過ぎたりしてマダムを怒らせると、図書館に立入禁止になってしまう恐れがある。
アスカは、自他共に認める本の虫であり、同じようにハーマイオニーが本好きなのは出会ってから数日で判った。
しかも彼女は、勉強も好きだ。
そんな知識欲もあるハーマイオニーが本を読めなくなってしまったら…。

「……はあ、」

アスカは、溜息一つ吐いて、歩きだした。

「マダム・ピンス、友達が借りていた本を返しに来ました」

アスカは図書館に入ると、司書席に向かった。

「あら、貴女は…。では、いつも通りにそこの返却リストの羊皮紙に本の番号とそのお友達の名前を書いて、本は元の場所に戻して下さい」
「はい」

アスカは備え付けの羽根ペンで必要な項目をサラサラと書き記すと、本を持ってこの本の棚を思い出す。

(確か、ジェームズが借りて来たことあったんだよね、この本)

アスカはその時の事を思い出して、クスクスと笑った。

「―――…あ、ここだ。えっと、O…P……Q…う"!」

アスカは奥まった棚の前で止まる。
そして、Qの箇所を探し出して言葉を詰まらせる。

(と、届くかなぁ〜)

ちょうど手を伸ばして届くか届かないかという微妙な位置。
アスカは、背伸びして入れようとしたがもう少しといったところで届かない。

「…くぅ…っ んーっ」

(もうちょい!)

爪先立ちで頑張っているが、やっぱり入らない。

「もうっ」

アスカは口を尖らせると杖を取り出し、無言で杖を振った。
ふわりと浮き上がった本は棚にすぽりと収まった。

「…よし」

満足して手を腰に宛てて頷く。
それから杖をしまおうとしたアスカの耳に声が聞こえた。

「すごい…。今、無言呪文を使ったよね?」

声に驚いて弾かれた様に振り返ると、見たことのある顔があった。

「貴方…ホグワーツ特急で助けてくれた……」

(紳士な爽やか少年)

「セドリック・ディゴリーだよ」
「あ、あたしは…「ベル・ダンブルドアだろう?」…え」

なんで?、と言うのが顔に出ていたのか、セドリックはおかしそうに笑う。

「…笑ったりしてごめん。君は有名人だからね、知っていて当前だよ」
「ああ…、言われて見れば確かにそうですね」

アスカはセドリックの言う“有名”という言葉に苦笑いした。
好きでダンブルドアになったわけじゃない。

「それより、今の…」
「ち、違います。一年生のあたしが、そんな高度な呪文使える筈ないじゃないですか」

慌てて否定したが、セドリックに納得している様子は窺えず、アスカは内心舌打ちする。
まずい所を見られてしまった。

「……ベル?」
「! ハーマイオニー」

ふわふわな髪のハーマイオニーが、棚の入口の所で立ってこちらを見ていた。

「あ…私、ベルが中々広間から戻って来ないから心配で…もしかしたらと思って図書館にきたらマダム・ピンスがベルが私が借りた本を返しに来たって聞いて……会えるかも、と思って…」

ハーマイオニーが慌てたように説明しだしたのを黙って聞いていたセドリックは、アスカとハーマイオニーを交互に見て、通路から出ようとアスカの横を通る。

「じゃあ僕は行くよ。また今度、話を聞かせて」
「せ、先輩…あたしは本当に…「セドリックでいいよ。君と色んな話がしたいんだ」……え?」

きょとんとしたアスカにセドリックは笑って、後ろ手に手を振って去っていった。

(今の、どういう意味だろう?)

アスカは首を傾げた。

「あの…ベル、私……ごめんなさい。置き去りになんてして、酷いことしちゃったわ…」
「………ハーマイオニー」

そっとアスカに歩み寄るハーマイオニーの目は涙で潤んでいた。
いい大人が、11歳の少女に置いて行かれた位で怒って泣かせるのは、果たしてどうなのだろうか。

(あたしって…大人げない……)

アスカの視線が落ちる。

「あたしこそごめんね。最初は確かに頭にきたんだけど、途中からなんか…淋しくなっちゃって―――…」
「淋しい? でも、ベルは私と違ってハリーやロンとも仲良いし、他の寮の女の子やさっきみたいな上級生とも仲が良いじゃない。私なんていなくても…」

ハーマイオニーの目から涙が落ちた。
声も震えて上擦る。

(そんなこと考えてたんだ…)

確かにアスカの周りには何故か人が集まってくる。
知り合いも増えた。
話しかけられれば応える。
だが、それらは殆どアスカの名前に集まって来ているだけの野次馬みたいなものだとアスカは考える。
好奇心や興味で、近付いてくるだけ。
面白い子や感じの良い子も中にはいるが、だがアスカは心を開こうとは思わない。
皆一線引いて接している。
だから、アスカは性で呼ぶのだ。
双子のように望まれれば、名前でも呼ぶが、基本的に性で呼んでいる。
名前で呼ぶのは、アスカが友達…親友になりたいと思った者だけだ。
心の内を話し、話され、相談できる本当の友達だけ。
ハーマイオニーは、アスカがリリーに次いで二人目の記念すべき同性の親友になりたいと思える子だった。

「ハーマイオニー。あたし、ハーマイオニーが好きだよ」
「え?」

俯いていた顔がパッと上がる。
目が合うと、アスカはにっこりと微笑む。

「ハーマイオニーは大事な友達。貴女の代わりなんて誰も出来ないの。ハリーにも、ロンにも出来ない」
「ベル…」

出会った時にアスカがされたように、今度はハーマイオニーの手をアスカがギュッと握る。

「一緒に寮に戻ろう?」
「…ええ」

ハーマイオニーが握り返して、嬉しそうに笑った。
二人手を繋いで、寮に戻る。

「……あ、あのね、ベル…」
「ん?」
「私も…貴女が好きよ」

アスカは照れたようにそう言ったハーマイオニーに、微笑んだ。

「ありがとう」

久々の友達との喧嘩と、仲直りした時の心が暖かくなる感覚を、アスカはベッドの上で布団に包まりながら感じていた。
その日見た夢には、リリーやジェームズ達が出てきて、更にはハーマイオニーも出てきた。





毎日たっぷりの宿題とハーマイオニーの予習に付き合って…アスカは専ら読書に勤しんでの図書館通い、ハリーの週三回のクィディッチの練習を見学しに行ったりして、あっという間に二ヶ月が経った。
10月31日のハロウィーンの朝、アスカはパンプキンパイを焼く甘い美味しそうな匂いで目を覚ました。

『この甘ったるい匂い…毎年毎年嫌になるぜ』

甘い物が苦手な友人が、毎年そう言ってげんなりしていたことを思い出し、アスカは隠れて笑った。

「今日の授業は、妖精の魔法だったね」
「ええ、早く物を飛ばしてみたいわ」

ハーマイオニーがそう言うのも、フリットウィック先生が先週の授業で、ネビルのヒキガエルを教室中ブンブン飛び回らせて見せたからだ。
それから皆、やってみたくてたまらないのだ。

「んー、今日辺りにでも練習を始めましょうとか言い出すんじゃないかなぁ?」

アスカはフレンチトーストにナイフを刺して、考える。
確か、そろそろだった筈だ……アスカの記憶が正しければ。

「そうだといいわ。私、何回も練習してるのよ? ビューン、ヒョイ…って」

オートミールを食べようとしていた手をスプーンから離し、振ってみせた。
その手つきはアスカが見ても完璧だった。
ハーマイオニーならば、呪文の発音も完璧だろうし、一番最初に物を浮かせるのは彼女かもしれないとアスカは思った。

(本当に勉強熱心だよね〜)

アスカはフレンチトーストを咀嚼しながらハーマイオニーが話す発音や発声法の苦労や自分なりのコツ等を聞いていた。
だが、ハリーと特にロンは聞こえてくる講義にうんざりしていた。
やっぱり、ネビルは真剣に耳を傾けていた。
アスカは、ネビルは物じゃなくて自分自身…もしくは先生や生徒を浮かしそうだなあ等とのんびり考えていた。

そして肝心の授業。
アスカが予想した通り、フリットウィック先生は「そろそろ練習を始めましょうか」と言ったので、皆大喜びだった。
二人一組になれと言われて、ハーマイオニーと組もうとしたアスカだったが、ネビルが近寄ってきてアスカに組んで欲しいと眉を下げた。