「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」

コンパートメントをノックして入ってきた男の子は、泣きべそをかいていた。
3人が首を横に振ると、男の子はメソメソ泣き出した。

「いなくなっちゃった……僕から逃げてばっかりいるんだ…」
「きっと出てくるよ」
「うん。もし見かけたら…頼むよ……」

ハリーの言葉に泣きながら頷き、男の子はコンパートメントを出て行った。

「どうしてそんなこと気にするかなあ。僕がヒキガエルなんか持ってたら、なるべく早くなくしちゃいたいけどな。尤も、僕だってスキャバーズを持ってきたんだから人のことは言えないけどね」

ロンのペットの鼠は、ロンの膝の上でグーグー眠り続けている。
アスカはロンのでっぷりと太った鼠を見る。

(鼠か…)

鼠…で思い出すのは、くすんだ金髪の友人。
優秀な友人達に置いて行かれまいと必死に頑張っていた。
まぁあまり努力は報われていなかったようだけれど、彼が成し遂げたもののひとつが“鼠”だった。
アスカは、嬉しそうな彼の姿が今も目に浮かぶ。
だが、彼は会えなくなってしまった友人の一人だ。
もう、いない。

「……………」

アスカはスキャバーズから視線を剥がした。

「昨日、黄色に変える呪文をジョージから習ったんだ。やって見せようか?」

期待に瞳を輝かせ頷くハリーに張り切って、ロンはポケットからくたびれたような杖を取り出した。
あちこちがボロボロと欠けていて、端から何か白いキラキラしたものがのぞいている。

(ユニコーンの鬣、はみ出してるじゃん…)

そんな杖で大丈夫なのかとアスカが考えていると、ロンは気にせずに杖を振り上げた。
途端。
ガラリと勢いよくコンパートメントの戸が開いた。
3人はびっくりして固まったまま、来訪者を見上げた。

「……あ…、」
「―――あら」

アスカは、来訪者を知っていた。
相手もアスカに気付き、目が合う。

「ベル、こんな所に居たのね!」
「ベル、君の知り合い?」
「うん、えっと……」

(なんだっけ?)

ハリーに聞かれてアスカは頷き、名前を言おうとしたが出てこなかった。
栗色のふわふわの髪の、前歯のちょっと大きな利発そうな女の子。

(あ、そうだ)

「ハーマイオニー・グレンジャー!」
「そうよ! 覚えていてくれて嬉しいわ、ベル!」

ハーマイオニーは、お菓子が消えて開いたアスカの隣の座席に嬉しそうに笑って勝手に座った。

「……ていうかさ、君、なんの用?」

ロンが不機嫌に歪んだ顔でハーマイオニーに聞く。
ハーマイオニーは、「あ、そうだった」と思い出し、アスカを見る。

「ヒキガエルを見なかった? ネビルのがいなくなったの」
「ネビル?」

アスカは首を傾げた。
ハーマイオニーはコンパートメントの出入り口を指差した。
導かれるように見るとそこには、さっき泣きべそをかいていた……メソメソ泣いていた男の子がいた。
因みに、まだ涙目だ。

「見なかったって、さっきそう言ったよ」

ハーマイオニーの、どこか威張ったような喋り方がロンは気に食わないらしく、眉間に皺を寄せて答える。
だが、ハーマイオニーは全く聞いていない。
ロンの手に握られた杖を見て、ロンを見据える。

「あら、魔法をかけるの? それじゃ、見せてもらうわ」

じ、っと観察するように見つめられ、ロンはたじろぐが、コホンと一つすると杖を振り上げた。

「お日様、雛菊、溶ろけたバター。デブで間抜けな鼠を黄色に変えよ!」

振り上げた杖を振り下ろした。
だが何も起こらない。
スキャバーズは相変わらず鼠色で、ぐっすり眠っている。

「「「……………」」」

アスカ達は黙ってしまった。

(ウィーズリー君、そんな呪文無いよ)

アスカは笑いを堪えるのに必死だった。

「その呪文本当に合ってるの? 間違ってるんじゃない? 私も練習のつもりで簡単な呪文を試してみた事があるけど、みんなうまくいったわ。私の家族に魔法族は誰もいないの。だから、手紙を貰った時驚いたわ。でも、勿論嬉しかったわ。だって、最高の魔法学校だって聞いているもの! 教科書は勿論全部暗記したわ。それだけで足りるといいんだけど…」

すべて一気に喋ったハーマイオニーに呆気にとられる3人。
ハリーはアスカとロンの顔を見てホッと息をついた。
どうやら、2人も教科書を暗記していないと悟ったのだろう。
ロンはただ唖然としていた。

アスカは思った。

(あたしとは正反対の勉強大好きっ子だな…この子は、きっとレイブンクローだ)

そして、どこか親友と同じ匂いがする子だなと思った。

「あ、そういえばベルもダイアゴン横丁の書店で魔法使ってたよね!」
「まあ! さすがベルだわ!」

ハリーが出会った時の事を思い出してぽつりと言うと、ハーマイオニーは目を輝かせた。
勢いに任せてアスカの手を握りしめる。

「…あ、ありがとう…グレンジャーさん……」

(どこら辺が“さすが”なんだろう…)

知り合ったばかりだというのに、おかしな事を言う子だな…と思いながらアスカは苦笑いで答えた。

「“グレンジャーさん”だなんて…“ハーマイオニー”って呼んでちょうだい!」
「…う、うん…わかった…わかったから手を離して…っ」
「あら、ごめんなさい」

つい…、と言いながらハーマイオニーはパッアスカの手を離した。

「そういえば、貴方方の名前を聞いていなかったわ。私はさっきベルが言った通り、ハーマイオニー・グレンジャーよ」
「僕、ロン・ウィーズリー」
「ハリー・ポッター」

ハリーが名乗ると、ハーマイオニーは目を瞬かせる。

「本当に? 私、勿論貴方のこと全部知ってるわ。参考書を2、3冊読んだの」
「え、僕が本に?」

ハリーは呆然とした。
その様子と言葉に驚いたのはハーマイオニーで、信じられないと言った面持ちで口を開く。

「まあ! 知らなかったの? 私が貴方だったら、できるだけ全部調べるけど……。3人共、どの寮に入るかわかってる? 私、いろんな人に聞いて調べたけど、グリフィンドールに入りたいわ。絶対1番良いみたい。ダンブルドアもそこ出身だって聞いたわ。でも、レイブンクローも悪くないかもね………とにかく、もう行くわ。ネビルのヒキガエルを探さなくちゃ。3人共着替えた方がいいわ。もうすぐ着く筈だから」

また長々と喋り、ハーマイオニーはずっとグスグスして待っていたネビルを連れて出て行った。
何か知らないが、アスカはとってもくたびれてしまった。
溜め息を吐くと、二重奏で…アスカとハリーは目が合ってお互い笑いあった。

「どの寮でもいいけど、あの子のいないとこがいいな」

ロンの言葉に、アスカは同調してしまう自分がいて、思わずクスクス笑ってしまった。
いつもなら、女の子は大事に!、がモットーなのに。

「ちぇ、ジョージめ。ダメ呪文だってあいつは知ってたに違いない」
「君の兄さん達ってどこの寮なの?」

ポケットに押し込むように杖をしまったロンに、ハリーが問う。

兄さん達…そう聞いて、アスカはロンは確か、ホグワーツに入学するのは自分で6人目だと言っていたな…と思い出す。
上の2人はもう卒業したとも言っていたから、今ホグワーツにいるのは3人ということになる。

「グリフィンドール」

ロンは落ち込んだみたいだった。
顔つきがしょげていた。

「ママもパパも…みぃんなそう。もし僕がそうじゃなかったら、なんて言われるか。レイブンクローだったらそれほど悪くないかもしれないけど、スリザリンなんかに入れられたら、それこそ最悪だ」
「そこってヴォル……“例のあの人”がいたところ?」
「あぁ。…それだけじゃないよ、悪い魔法使いや魔女達は、みんなスリザリンだ」

ハリーは眉間に皺を寄せた。

「ウィーズリー君はスリザリンじゃないと思うなー」
「どうして?」

アスカは理由を聞いてきたハリーにではなく、ロンの方を見て口を開く。

「だってスリザリンは、“純血至上”の寮だもの。ウィーズリー君は違うでしょ?」
「うん。今時そんなの流行らないし…パパもママも違うから。でもなんでわかったの? 僕が血なんて気にしてないこと…」

驚きながらも頷くロンは、不思議そうに尋ねる。

「そんなの簡単だよ。だって、グレンジャ……ハーマイオニーに普通に接していたじゃん」

ハーマイオニーはマグル出身だ。

「あ、そっか…」
「え? え? どういうこと?」

ロンは納得したが、ハリーは話にすらついて行けず、訳がわからないと口を挟む。

「ハリーもこの先、耳にすると思うよ、“純血”って。魔法族にはね、そういう奴らがいるんだ」
「純血って?」
「魔法族だけってこと。つまり、マグルやマグルとの混血の人達じゃない人達の事。彼らはマグル…そーゆう人達を蔑んでいるの。自分達こそ、純血こそが素晴らしい! ってね。馬鹿みたいでしょ?」

アスカが説明すると、ハリーはどこか思い当たる節があったのか、納得した。

「そっか。ならロンはスリザリンじゃないね。勿論、僕もだ」
「あたしもスリザリン寮は嫌だな」

(でも、スリザリンだからといって、その人自身を嫌いかと言われたら、また別だけどね)

アスカは、スリザリン寮の友人を思い出す。
彼は無愛想だが、心根は優しく、律義で、勤勉な人だった。