「ありがとう。飲み物のことすっかり忘れてたよ」

アスカはかぼちゃパイにかぶりつきながら頷いた。
ロンはデコボコの包みを取り出して開いた。
サンドイッチが四切れ入っていて、ロンは一切れつまみ上げる。
パンをめくって中味を見たロンの顔が嫌そうに歪む。

「ママったら僕がコンビーフは嫌いだって言っているのに、いっつも忘れちゃうんだ」
「僕のと換えようよ。これ、食べて」

ハリーがパイを差し出しながら言う。

「でも、これ、パサパサでおいしくないよ?」

アスカはその会話に肩眉を上げ、ジト目でロンをみた。
だがその視線に二人は気付かず、話は続いていく。

「ママは時間がないんだ。5人も子供がいるんだもの」
「いいから、パイ食べてよ」

ロンはパイを受け取り、口に運ぶ。
一度食べ始めると止まらなくなり、二人は夢中で食べだした。

「ベルも食べようよ!」
「…………なら、そのサンドイッチをちょうだい」
「え!? これを?」

アスカはほったらかしになっているサンドイッチを指すが、これにロンは驚いた。

「僕の言った事聞いてなかったの??」
「ちゃんと聞いてた。貴方のママが貴方の為にない時間を割いてわざわざ作ってくれたお弁当なんでしょう? 貴方が食べないならあたしが貰うわ」

アスカの言葉に、ロンならずハリーまでもが固まった。
アスカの様子はとても穏やかだったが、その言葉にはどこか刺があり、冷たく感じた。

「あの…ベル? もしかして、怒ってる?」

ハリーの戸惑う声にアスカはハリーを一瞥すると、首を振る。

「怒っていないわ。ただ、世の中には両親が欲しくてもいない子がいるんだから、両親が健在な人にはもっと親を大事にしてほしいな、とは思う」
「………………」

ロンは黙り込んでしまった。
そろりとハリーを窺うように見てからアスカを見る。

ハリーに言われるならまだしも、なんで君に言われなくちゃいけないんだ!
そんなことを考えながら眉間に皺を寄せる。

ハリーはロンの視線に気付きながらも、ふと思ったことを口にする。

「もしかして……ベルもいないの?」
「………うん、もういないよ。二人とも」

何が、とは言わなかったし、聞き返さなかった。

「―――――…ご…ごめん……僕、無神経だった…。………サンドイッチ、ちゃんと食べるよ」

ロンはシュンとなっていた。

「うん、あたしが食べるよりずっと喜ぶと思うよ」

サンドイッチを口に運ぶロンに、アスカは満足そうに嬉しそうに笑った。

「ねぇ、これなんだい?」

アスカは、ハリーの手にしているものをみて、ある人物を思い浮かべた。
いつも彼は大量にそれを買っては幸せそうに貪り食べていたっけ、などと眉を下げる。
チョコレート大好き少年。
アスカの知り合いであそこまでのチョコ好きは、後にも先にも彼だけだろう。
そういえば彼は今どうしているのだろう?
彼の体質の事を考えると不安が過ぎる。

(確か、ダンブルドアは生きてるとは言っていたけど…)

詳細を話してはくれなかった。
辛い生活をしているのかもしれないと思うと胸が痛んだ。

「まさか、この蛙、本物じゃないよね?」
「まさか! でも、カードを見てごらん。僕、アグリッパとアスカ・フィーレンがないんだ」
「…っ!!? …う…、ゲホゲホッ」
「ベル!?」
「だ、大丈夫!?」

アスカはロンの口から出た自分の名前に驚いて噎せた。
咳を数度繰り返していたが、やがて治まった。

「あ…ありがと。も、大丈夫……」

生理的な涙がでて、潤んだ目でハリーとロンを見上げる。
ハリーとロンは息を吐いた。

「それで…なんだっけ? …カード?」
「そうそう! そうか、君、知らないよね……蛙チョコを買うと、中にカードが入ってるんだ。ほら、みんなが集めてるやつさ……有名な魔法使いとか魔女とかの写真だよ。僕、500枚位持ってるけど、アグリッパとプトレマイオスとアスカ・フィーレンがまだないんだ」
「………………」

やはり聞き間違いでは無かった…。
アスカは顔を引き攣らせた。

(あたしの写真がカードになってるなんて聞いてないんですけど!!)

「そのアスカって人の名前、聞いたことがある」
「「え?」」

ハリーの言葉に、アスカとロンの声が重なった。
アスカは慌てて口を両手で蓋した。

「あの……“例のあの人”の事を教えてくれた時に、ハグリッドが教えてくれたんだ。僕のママの親友だって」
「へえ〜。…フィーレンってすごい古くからある旧家の一つで、旧家の中でも断トツの権力を持ってたんだ。その理由として、その血に寄って受け継がれている能力の為だって聞いたよ」
「能力?」
「うん。なんでも、フィーレンの一族は未来を見ることが出来たらしいよ」
「未来を? でも魔法を使えば誰だって見れるんじゃないの?」

ハリーは、魔法といえばなんでも出来そうなイメージを持っていた。
時間を止めたり、戻したり、過去を見たり、未来を見たり。

「馬鹿言え! 優秀な魔法使い……例えばダンブルドアでも、未来なんて見ることは出来ないよ!」
「え、そうなの?」
「そうだよ! 君って本当に何にも知らないんだね」

呆れたような言い方に、ハリーは拗ねる。

「…でも、フィーレンはその力のせいで殺されたんだって聞いた」
「………そうなんだ…」

(いや、本人目の前で生きてピンピンしてますけどね)

アスカは苦笑いした。

「ね、それよりカードを見てみたら?」

アスカは話題を変えようとハリーの手にある蛙チョコの包みを指差す。

「あ、うん」

アスカに促され、ハリーは蛙チョコの包みを開けて、カードを取り出した。
半月形の眼鏡の淡いブルーの瞳の老人。
高い鼻は鉤鼻で、銀色の髪、顎髭、口髭を蓄えている。
〈アルバス・ダンブルドア〉と書いてあった。

「この人がダンブルドアなんだ!」

ハリーが声を上げた。
そんなハリーに逆にロンは驚く。

「ダンブルドアのことを知らなかったの! 僕にも一つくれる? アグリッパが当たるかもしれない」

ハリーから蛙チョコを一箱受け取ると、礼を述べ、ガサガサと開け始めた。
その隣でハリーはカードの裏に書かれてあることを読んでいるようだ。

(どうかあたしが当たりませんように…!)

その向かいでは、アスカが胸中で十字を切っていた。
アスカはキリスト教ではないが、困った時の神頼みというやつだ。

「いなくなっちゃったよ!」
「そりゃ、一日中その中にいるはずないよ」

ハリーがまたカードを表に返してみると、ダンブルドアの姿が消えていたらしい。
写真や絵が動くのは魔法界では当たり前なことだが、マグルの世界では違う。

「また帰ってくるよ。あ、だめだ…また魔女モルガナだ。もう6枚も持ってるよ……。君、欲しい? これから集めるといいよ」

ロンは狙っているものではなかったらしく、包みに入っていたカードをハリーにあげて肩を落とした。
まだ未開封の蛙チョコをチラチラと見るロンに、ハリーが開けていいよと言うと、ロンは嬉しそうに開けだした。

「でも、え〜と……そう、マグルの世界では、ずーっと写真の中にいるよ」
「そう? じゃ、全然動かないの? 変なの!」

ハリーの言うマグルの常識に、ロンは驚いたように言った。

「……ハリー、面白い?」
「うん、とっても不思議だ」

ハリーはロンが開けて取り出したカードを興味津々で眺めていた。
アスカはその様子に微笑ましそうに笑ってハリーを見ていた。
ロンは、カードよりもチョコを食べる方に夢中だった。

(よかった。神様、ありがとう)

アスカは胸中で神に礼を述べた。
アスカのカードは当たらなかったのだ。
因みにロンが欲しかったもの、一つも当たらなかった。

「気をつけた方がいいよ」

カードに満足してハリーが次に手にしたのは、バーティー・ボッツ百味ビーンズの袋だった。
それに気付いたロンが神妙な顔付きで注意する。

「百味って本当に何でもありなんだよ。そりゃあ普通の味もあるけど……でも、ほうれん草味とか、レバー味とか、臓物味なんてのがあるんだ。―――ジョージが言ってたけど、鼻糞味に違いないってのに当たったことがあるって……」

ハリーはロンの話を聞きながら袋を開けると、ベージュ色のビーンズを摘んで、しげしげと見てから、袋の中も見る。
どれも良く見ると微妙に違う色で、同じ味がないように見えた。
ロンは緑色のビーンズを摘んで、じーっと見てからちょっとだけかじった。

「ウエー、ほらね? 芽キャベツ味だ」

アスカは、ロンの当たった味よりハリーが今まさに口に入れたビーンズの味よりも、何より、鼻糞味を食べたというジョージのことが気になっていた。

(どうして知ってるのかな?)

鼻糞味だとわかるということは、鼻糞の味を知ってるということ。

(………食べた事、あるのかな…)

アスカは眉間に皺を寄せると、顔をぶんぶん振ってそんな考えや疑問を吹き飛ばした。

気を取り直すように見た窓の外の景色は荒涼としていて、整然とした畑ではなくなっていた。
森や曲がりくねった川、鬱蒼とした暗緑色の丘が過ぎていく。