天女、美鈴は固まる千里の様子にも気付かず、ペラペラと話す。

「この世界って本当に素敵。皆格好良いし、補正のおかげで皆が私をチヤホヤしてくれるし、ずぅっと居たいなぁ」

千里はもう、真面目に聞いていた自分が馬鹿らしく思えて、適当に相槌を打つ。

「利吉さんにはこの前会えたけど、まだ会えていないキャラも居るし」

見知った名に、千里は反応しつつも、深くは問わない。
と、言うか会話を出来るだけしたくないのだ。
ただ、ああやっぱり彼は、あの後学園に行ったのだと予想が確信に変わっただけだ。
利吉の父である山田伝蔵が、利吉から話を聞いただけで千里に思い当たるという可能性も低いから、差し障りはない。
千里にとってそれよりも、今はこの任務をいかに早く終えるかだ。
千里の願いが通じたのか、目的地はもう見えており、千里は矢羽根を送る。

「やぁ、来たね。ご苦労様」
「お待たせ致しました」

シュタ、と木の枝から着地した黒い影に千里はどこか疲れたような声を出した。
千里の隣で、美鈴は突然現れた黒い忍装束の男に目を丸くしている。

「この子が?」

言いながら、男の右目が美鈴を捉える。

「そうです。早く――「きゃあああ! 雑渡さんだぁ!」…!?」

千里の言葉を遮り、美鈴が悲鳴のような歓声をあげた。
突然の声に、千里も男も目を瞠る。

「なんで? なんで? どうしてここに雑渡さんがいるの?」
「か、彼が先程話していた私の師なのですが……美鈴殿は、師をご存知で?」

何故か興奮している美鈴に気圧されつつも問えば、千里を見ることなく美鈴は激しく頷く。

「さっき話してたでしょう! 会いたかったキャラの内の一人! 雑渡昆奈門、タソガレドキ忍者隊の忍組頭。やだ、どうしようっ。千里君のお師匠さんが雑渡さんだったなんて!」

どうしようと言いながらも益々興奮していく美鈴とは打って代わり、美鈴の言葉に目を細める男と千里。
冷めていく思考。

『私の事をこの子に話したのかい?』
『話してません』
『だよねー』
『ただ…道中、おかしな事を言ってました』
『おかしな事?』
『後程お話します。その前に、生徒達が此方に来たら厄介ですので…』
『了解』

矢羽根での二人の会話に、美鈴は気付かない。
千里は、男に意識を集中させている美鈴の首筋に手刀を強く当てる。
美鈴は、小さく呻き、意識を失い男に倒れこんだ。
男…雑渡は美鈴を抱き留め、そのまま俵を担ぐようにして美鈴を肩に乗せると、千里に目で合図をする。
千里は『では後程』と矢羽根を送り、町へと戻るべく歩き出す。
その背後で、雑渡は美鈴を担いだまま音もなく走り去った。
雑渡の気配がなくなり、遠ざかると千里は今度は町娘に変装して町に戻る。
市は段々終わりが近付いているようで、人が疎らになってきていた。
人が減った市で出店を見ていた千里は、ドン、と誰かとぶつかってしまった。
傾く体に、咄嗟に受け身をとろうにも今の千里は、ただの町娘である。
素直にそのまま地面に尻餅をついた。

「すみません! お怪我はありませんか?」
「あ、大丈夫です」

差し出された手をとれば、ぐっと力強く引かれ、殆ど引っ張り上げられるようにして立ち上がる。
立ち上がってみれば、それは、美鈴と一緒に町に来た六人の生徒の内の一人だった。

「良かった。――あ、小花柄の小袖を着た、栗色の髪の綺麗な顔立ちの女人を見ませんでしたか?」
「い…いいえ、見てません」
「…そうですか……」

肩を落とす生徒は、着物や袴に所々土がついており、随分と必死なその様子に、千里は複雑な気持ちになる。

(いない、ここにもいない……)
(心細くて泣いているのではないか、怪我をしているのではないか、お腹が空いて倒れているのではないか、泣いているのではないか、独りで辛い思いをしているのではないか…)
(ああっ早く見付けてあげなければ…抱き締めてあげなければ……早く、探しださなければ…!)

自分の姿と目の前の生徒の姿が重なって見えて、千里はぎゅっと胸の前で手を握りしめる。

「     」
「…え? 何か仰いました?」

口の中で転がした声が微かに聞こえたのか、生徒が首を傾げる。
聴覚の良さは流石は忍者の卵最上学年生である。
色に溺れていても、六年間で培われた物は未だ多少の衰えはあるものの健在しているようだ。
慌てて首を振り、千里は彼の背後を見る。

「あちらの方々に呼ばれていますよ」

促せば、彼は振り返り、己の名を呼ぶ、先程喧嘩していた内の一人の生徒に手を上げる。
六人の内の五人が勢揃いしていた。

「留三郎! 僕、行かなきゃ。――それじゃあ」
「はい。あの、早く見付かると良いですね」
「ありがとうございます」

眉を下げたまま彼は微笑み、自分を待つ五人の元へ駆け出す。
千里はその背にポツリと声を落とした。
その声が聞こえたのか、彼が一度振り返るが、千里は疎らになった人混みに紛れるように歩き去って行った。
その後ろ姿を見ながら、彼は何故だかざわめく胸に不思議そうに呟く。

「…どうしてかな。初めて会う筈なのに、どこか懐かしいような…」

不思議な感覚に、何かを忘れているようで何故だか違和感と焦りを感じた。
だが、急かすように再度名を呼ばれ、彼は胸のもやもやを振り払うようにして仲間の元へ駆け出した。















(ごめんね、伊作。嘘つきな先輩で…)

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