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一介の従者であるセシールにとって、界雷は遠い雲の上の様な存在。種族の地位も役職も、彼に遠く及びません。それを解っているからこそ、自分からはなにもせず、いつも夢見心地で来ることが無いような日々を想像するのでありました。
「今日も真面目で可愛らしいですわ、界雷様」
時折真下の池の水を魔力でクルクルと形を変形させながら、セシールはうっとりと頬を赤らめながら呟きました。セシールの操る水の塊は、ハクリューからマンタン、そしてトサキントに変化し、セシールの周りをまるで生きているかのように泳いでいます。
そうしていつも、セシールはこの見守るだけの時間を堪能しているのであります。時折界雷が視線に気付き、こちらに顔を向ける事もありましたが、その時は決まって魔術の練習をしているフリをして誤魔化していました。別段会話をするわけではないので、界雷も特には気にした素振りもなく作業に戻るので御座います。
そんなこんなで楽しい時間はあっという間に過ぎていきました。半分眠気に襲われ始めたセシールの耳に、廊下を元気良く走る足音が聞こえてきます。
「セシールーー!!終わったよー!!」
顔を声の方に向ければ、沈が勢いよくセシール目掛けて飛び付く所で御座いました。そのダイブを両手を広げて受け止めたセシールは、少しばかりよろめきながら沈の頭を撫でました。沈の後からは早足気味に追う夜白の姿が御座います。
「誠に、沈様は快活な男子ですね」
「いつもいつもお騒がせしてしまい、申し訳御座いません」
「いえいえ、私なぞその姿に元気を頂いてる程ですよ。沈殿は見ていて飽きませんから」
困り顔で苦笑するセシールに、夜白は束帯の袖で口元を覆い笑いました。セシールの膝の上に座りバタバタと足を動かす沈は、夜白に誉められたと嬉しそうに笑っています。
「本当にありがとう御座います」
「こちらこそ。……貴方も、1度界雷に声をかければよろしいのでは?」
「へぁっ!?」
「見ていていじらしじゃないですか。会話程度でとやかく言う男ではありませんよ、あれは」
界雷の名前が出た途端に、顔を真っ赤な林檎の様にするセシール。ワタワタと慌てる様に、沈は頭を傾げ夜白は上機嫌に微笑みました。
「いや、あの、その、なんで、」
「いつもですから、流石に察しはつきますよ。恋だなんて、可愛いらしいじゃないですか」
「あぁぁぁぁっ!!は、恥ずかしいのでそれ以上はお止め下さいましぃ!!」
必死に手を振るセシールに、イタズラ心を擽られた夜白は、普段では見れないセシールの姿に新鮮味を感じておりました。
「てめぇーふざけんじゃねぇぞっ!!」
バリンッ
そんな和やかな雰囲気を破るように、ガラスの割れる様な音が辺りに響きました。その場にいた全員が反射的に音の方を見れば、細殿の中から勢いよく人が飛び出してきました。赤い衣と燃え盛る翼を持つ青年と、稲妻模様の髪飾りを付け、バチバチと小さな電気を纏う翼を持った青年が、細殿の廊下に対峙しています。その姿はここにいる者ならば一目瞭然で知っていました。どちらもこの社で神職をしているので御座います。赤の翼は紅緒、黄色の翼は界雷、どちらもこの近辺では有名人で御座いました。
「またあの2人は……」
その姿を見て夜白は苦笑を浮かべました。ここでは界雷をからかう紅緒の姿は日常茶飯事でありました。
「いくら俺様がチビだからって、こんな子供服いるわけねーだろーが馬鹿野郎!!」
「あはは、寧ろジャストサイズじゃないの?僕は似合うと思うけどなー」
「死ねっ!!」
界雷の手に握られているのは、中学生用の体操着でした。しかも丁寧に胸の真ん中に界雷という刺繍まで施されております。ゲラゲラと笑う紅緒に相当頭にきたのか、界雷は両手を振りかざし、紅緒目掛けて自信の纏う電気を投げ付けました。それは静電気の様な可愛いものでは御座いません。神職が放つ強靭な力は、例え小さな動きでも、常人にとっては恐ろしく強いもので御座います。投げられた電気も例外ではなく、それは大きな雷として紅緒を襲いました。
しかし、普段からそんな攻防をしている紅緒は、その雷を意図も容易くヒョイと躱して見せました。
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