子連れ始めました | ナノ


▼ お名前は?

今日も清々しい朝が来た。ムックルが鳴き、太陽の光が真上の木の間から降り注ぐ。実にいい目覚だ。

隣のガキがいなければ。



01.〜 お名前は? 〜



俺はレントラー。名前は無い。何故名前が無いかって?理由は簡単だ、俺には必要ないものだからだ。

俺がテリトリーにしているこの地域にはレントラーは俺しかいないし、周りのポケモンや人間達も、皆俺を怖がって関わろうとする奴なんて誰もいない。

元々ここで生まれた訳でも、育った訳でもない。長い時間旅をしてきて、たまたまここが居心地良かっただけに過ぎない。思い入れも未練も何もない。だから余所者の俺は、ここじゃあ疎まれ者に違いなかった。この森では誰もが俺を遠巻きにして腫れ物の様に扱っている。

「おーいレントラーはんー起きとんのでっしゃろ?モーニングコールしに来てやったでー」

……訂正しよう。約1名を覗いて。

「うるさいぞ貴様。毎日毎日朝っぱらから人の安らぎを邪魔しやがって!!噛み殺すぞ」

「なんや物騒な言い草やなぁ、くわばらくわばら。ワイはただ親切で来てやっとるだけやのにー」

「誰も貴様に頼んだ覚えなど毛頭程もない」

俺は目の前でへらへらしているザングースを睨み付けた。

この憎たらしいザングースにも名前は無い。そもそもにしてこの地域にはザングースなんてもとから生息なんてしていないのだ。

じゃあ何故こいつがこんな場所にいるか。単純な話こいつも俺と同じならず者なのだ。数年前にここに来てからというもの、何が気に入ったのかずっと住み着くようになってしまった。

それからほぼ毎日、こいつはこうして俺の神経を逆撫でしにやってくる。いい迷惑だ。本当実家に帰ってほしい。

そんなこんなで、長い付き合いになりつつあるこいつも、ようやくいつもと違う事に気がついたらしく、へらへら笑っていた顔を寝ていた俺の横に巡らせた。

「……なんや自分、雌やったんか」

「そんなわけあるか!!第一ポケモンの俺がどうやって人間の子供を産めるってんだ!?」

そう。毎日俺のスローライフを邪魔してくるこのストレス製造機よりも、俺を悩ませている原因がこれだ。

すやすやと気持ち良さそうに俺の毛を握りしめながら寝ている様は、人から見ればさしずめ天使の様だろう。だが、目一杯毛を握られている俺にとっては悪魔でしかない。いつ毛が毟られるとも知れないこの状況で、身動きがとれない俺のイライラは増していく。

「難儀やなぁー。そないやったらおちおち動かれへんやろ」

「聞くまでもないだろ。このよく分からん餓鬼が俺の毛を手放すまで、俺は飼い慣らされたポケモンの様にここに縛り付けというわけだ。胸くそ悪い」

グルルル……と不機嫌に唸って見せると、ザングースはゲラゲラと笑いだした。それも辺りを派手に転げ回って。

「グハハハハッ!!手持ちみたいにかいな!?そら傑作やわ!!ワハハハハ!!あー腹痛い」

「後で覚えてろよ。顔の傷痕、顔が判別出来ないくらいに増やしてやる」

イラつく顔に向かって目一杯吠えたててやる。しかし図太い神経を全身に備えているこいつは、痛くも痒くも無いらしかった。ガチでいっぺん痛い目を見ないと懲りないに違いない。

「ふ、…ふえぇ…」

「お?」

「なっ!?」

「うわぁぁぁぁぁんっ!!」

思わず俺が立ち上がった瞬間、横で寝ていたガキが起きてしまったらしい。目を覚ますや否や途端にすごい声量でガキは泣き始めた。

直ぐ隣にいた俺は我慢出来ずに前足で自分の耳を塞ぐように押さえた。なんて威力だ、まるでポケモン並の破壊力じゃないか。人間のガキがこれ程までとは、迂闊だった。

「なんやなんや!?いきなり泣き出しよったでこいつ!!ひぇー、こら敵わんわ」

「うわあぁぁぁーんっ!!」

流石のこいつもガキの泣き声には負けたらしく、近くにあった草むらに頭から突っ込んだ。無様な姿だが、それほどまでにガキの威力は絶大なのだ。

「泣くな泣くな!!ほら、何もしないから、」

「うわあぁぁぁー!!びやぁぁぁーっ!!」


「何しとんねんど阿呆ー!!」

声色優しく接したつもりが、餓鬼は泣き止むどころか益々ヒートアップしていった。どうやら餓鬼には俺の声がただの咆哮にしか聞こえなかったらしい。

やむ無く餓鬼の服を咥えて、自分の背中に乗せる。ザングースのケツを尻目に俺は草むらから抜け出した。

長めの草が生える草むらから、段々と草丈の短い平地に視界が替わる。自分の心拍数が上がっていく。顔を撫でている風をそのまま流し、背中に乗る餓鬼の様子を伺うと、いつの間にか泣くのを止めてキャッキャと楽しそうにはしゃいでいた。

さっきとは打って変わってこの喜び様、本当に人間とは解らん。

一頻り平原を走り回り、ザングースの元へ戻ってみると、こいつも変わり身が早いらしくダラダラと俺の寝床にしている草の上で寛いでいた。

「……おい」

「なんや?案外早かったやん。お子さんもご機嫌ようなって」

「俺のガキじゃねぇ!!」

沸々と沸き上がる怒りを抑え、ザングースの手に持たれている布と紙を見た。

「おい、何だよそれ」

「あ、やっぱ知らんかったんや。あんな、そこの木の穴の中に入っててん」

そう言って、紙と布を見せてくるザングース。それを見て俺の背中から降りた餓鬼が、布に抱き付く。

紙には何やら書いているようだが、俺が読める訳がない。ザングースに紙を突き返す。

「読め」

「どこの王様やねん。しゃあないなぁー……」

渋々ながらも読み始めるザングース。人といたときが長いこいつは、人の字が読めるのだ。

「"非情な私をお許しください。私はこのままこの子を育てていく自信がありません。心優しい方が、この手紙を読み、この子を生かしてくれるのを心から祈ります。さようなら、私の可愛い"アンナ"……だそうです」

「な、」

そんなのつまりは、捨て子じゃないか。ポケモンの親が子どもを親離れさせるのとは訳が違う。自分で飯を食べるのでさえポケモンの倍以上時間が掛かるというのに、こんな小さな餓鬼がたった一人で生きていける筈がない。

見捨てた親

見捨てられた子

グラグラとやるせなさが沸き上がる。

「どないする?このままやと、この子森ん中で野たれ死ぬで?」

それは至極当然な答えだ。寧ろこの野生の環境では生き延びる方が難しいだから。残念だが自然の摂理、弱肉強食の世界は非情に厳しい。

しかし、少しも非がないガキを見捨てるのは後味が悪い。親にも捨てられたのに、ここでまた捨てられるのか?

……そんなの、きっと間違っている。

「……この子、生かすぞ。いっぺん馬鹿親に文句の1つでも言ってやらねぇと気が済まん」

俺の清々しい朝を壊した罪、高く付くぞ。

俺は篭に紙切れを戻すと、遠くの方に映る街を睨み付けた。

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