短編 | ナノ
濡羽一族の屋敷は雪の降り頻る山の麓の村にある。
冬季長期休暇で帰ってきた文梓は部屋の縁側に腰掛けて、しんしんと空から落ちてくる白を眺めていた。
「文梓様、お風邪を召されます」
「……ね、お空がお綺麗なの、志乃」
布団の用意をしていた志乃を振り向きながら空を指さして綺麗に微笑む文梓。その耳には大広間で行われている年の瀬の宴会の音が聞こえていた。
文梓の立場上、人の目に付くところには出られないので宴会に参加出来ないのは致し方ないのだが、それは世話役の双子も同じ事。よく知りもしない他人と食事を共にするよりも、志乃や誉有とゆっくりとした時間を過ごしたいと考えていた文梓は変わらない表情の内側でとても喜んでいた。
昨年までは素顔を明かせずに床を共にするなんて考えられない事であったが、今では色々と吹っ切れて触れることにすら躊躇わない。文梓にとって、それは大きな一歩だった。
「空に何かあるんすか?」
「精霊たちがね、源をお空に捧げているの」
「……私たちには精霊が見えませんが、それはさぞ美しい光景なのでしょうね」
同じものを見たい。同じところに立ちたい。何度神に願っただろう。けれどそれは未だ叶えられることのない願いだった。
人為らざるモノの姿が見える文梓には、大小形様々な精霊や妖精たちが星の煌めく夜空を背景にキラキラと光を降らせているのが見えていた。
「見えるえ」
「文梓様?」
「ふたりにも、見える」
だって、年の瀬だから。
源を捧げる人為らざるモノたちは、お酒に酔って上機嫌だもの。
手招きする文梓に誘われて、顔を見合わせた双子は疑うことなく部屋の外へと出た。
冷たい空気が頬を撫で、思ったよりも部屋の中と縁側に温度差が合ったことを知る。あまり長い時間外に出ているのは体に悪いと判断した誉有は中へ入るよう促そうとした言葉が志乃の感嘆によって遮られたことに驚く。
「志乃?」
切れ長の瞳を丸くして、志乃を見れば驚愕の表情で上を見上げていた。
「誉有も、ご覧になって」
言われるまま、空を見上げて、絶句した。
真っ黒な夜空に浮かぶ満月に吸い込まれていく光の粒子。それを出しているのは精霊や妖精たちで、普段目にすることのない精霊たちが宙に浮かんで光をばらまいていた。風を纏った狼から、降り頻る雪を浴びて楽しそうにする雪女、花の精霊たちは雪の結晶をアクセサリーにしてくるくる踊っていた。
目を凝らせば、遠くの空に龍が舞い、反対の空にはウンディーネを中心に水属性の精霊達が気まぐれに雪に触っては水に変えて遊んでいるのが見える。
圧巻だった。息を呑んで、言葉を忘れてその光景を目に焼き付ける。
「ねぇ、お美しいであらしまひょ?」
にっこり、と微笑する。
嬉しい、嬉しい。心底嬉しい、と惜しみなくニコニコする文梓はたまらなくなって双子の腕を引いた。
「あ、文梓様?」
「お、お?」
抵抗することなく腕を引かれてトン、と体を文梓に預けた双子は不思議にきょとんとした。
「わたくしは嬉しい。今までそなたらが離れなかったのが、どうしようもなく嬉しい」
幾分背の高い世話役ふたりを抱き込んで、囁く。
「ありがとう、そばにいてくれて」
「……私たちこそ、ありがとうですよ」
「そうそう。俺らを見捨てないでくれてありがとうございます」
ふわり、と背中を覆う逞しい腕に満たされる感じがする。
孤独も寂しさも惨めさも何もかも全て取り払って、安心させてくれる腕の中。
「えぇ、えぇ、ほんにわたくしは、幸せなんかもしれませぬえ」
「そうですよ。文梓様は俺たちが幸せにするんですから」
「さぁ、体が冷えています。中へ入りましょう」
促され、心がほかほかしたまま部屋へと戻る。
閉じられる襖の隙間から、月に集まった光の粒子が扉を形作っていくのが見えた。あぁ、気になるけれど、それは猫又に聞けばいいだろう。今は暖かい世話役たちの腕の中に居たい。
「あ、年、明けてるねぇ」
「えー! 俺、絶対文梓様とカウントダウンしようって思ってたのに」
「あらあら……過ぎてしまったものはしようがないから、今日は一緒に眠りますえ?」
「えっまじっすか」
まだ起きているつもりだったけど、たまにはいいかもしれない。
「では、もうひとつ布団を持ってこなければいけませんね」
「ひとつ? 志乃は寝ないのかよ?」
「そんなわけないだろ。三つよりふたつの方がくっついて寝られるじゃないか」
「わぁさすがむっつり」
「うるさいよ助平」
幸せだ。幸せだ。
この幸せがいつまでもいつまでも続いたらいいのに。
「明けまして、おめでとう。志乃、誉有」
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2015.1.1
ただのイチャつきじゃねえかよ!! って書きながら思いました丸
ハロウィンもクリスマスも書けなかったので、ここはやらなくては、と。
今年も宜しくお願い致します。
(5/5)
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