短編 | ナノ


 久具龍は品行方正文武両道成績優秀、真面目を絵に描いたような男であり、風紀委員会副委員長を務める男だった。

 書類処理だけでなく武道全般に長けたオールマイティーな能力は中等部にいた頃から知れ渡っており、園崎第一高等学園に持ち上がりで入学した直後、当時の風紀委員長と副委員長にヘッドハンティングを受けたのだ。はじめは下っ端として働いていたが、メキメキと頭角を表し、2年に進級をしてからは副委員長として委員会に貢献している。

 サラサラの黒髪に切れ長の瞳、精巧なまで整った怜悧な美貌はさらに久具龍の名を広めることにつながった。ただ、キツイ性格に滅多に変わらない表情から「氷刃の獅子」だなんて呼び名を付けられたりもしている。

「これが、氷刃の獅子ねぇ……」
「あー? なんよまーちゃん、なんか言った?」
「なんも言ってないよ、しぃ君」

 我が物顔でソファに寝そべり、プリンを食べている男が久具龍だとは誰も思わないだろう。学園での面影を微塵も感じさせない姿に思わず溜め息を吐いた。

 いつもなら綺麗にセットされた黒髪は寝起きのままボサボサで、姉が買ってくれたというゆるっゆるのサイズが大きいスウェットに身を包んだ幼馴染はニートにしか見えない。いやこれニートだろ。

 まーちゃんこと鹿谷は久具龍の幼馴染だ。だからこの長期休暇、家に帰りたくないと駄々をこねた久具龍をほっとけなくて家に招いたし、以前泊まった時に置いていった衣類もあったからちょうどいいかと思ったのも本当だ。だが、だがしかし、まさかここまで寛ぐなんて誰も思っちゃいないだろう。

「このプリン美味しいな。どこで買ったん?」
「それ貰い物だから。こないだ北御門が来たときに土産だって持ってきてさ。僕が甘いもの苦手だって知ってるくせに持ってくるからタチ悪いよ、ほんと」
「北御門ぉー? 誰だそりゃ」
「ちょ、え、生徒会副会長だよ副会長。知ってるだろ?」
「あー? んー? やっべ、顔思い出せねぇ。え、会ったことはあるんだよ、あるんだけどー、思い出せない」

 プリンの空をぐぅーっと腕を伸ばしてゴミ箱に投げた久具龍はだらんと伸びきったまま真顔で言い放った。

 北御門とは現生徒会副会長を務めるカリスマ溢れる男であり、万年成績1位の人生イージーモードのチート野郎。ちなみに鹿谷が2位、久具龍が3位だ。

 精悍で男らしい顔つきに肉食獣を思わす鋭い目つきは多くの生徒が魅了し、人を従わせる不思議なオーラを放っていた。次の生徒会長になるのは確実だろうと言われていたりもする。

 正直、一度見たら忘れられない北御門をどうして忘れることができようか。ある意味幼馴染を尊敬した。

「まぁ副会長はどうでもいいよ。いや、よくないか。今度このプリンどこで買ったか聞いといてくんね? 美味しかった」
「自分で聞けばいいだろ……」
「顔わかんねーし」
「……いいよ、聞いといてあげる。代わりにと言っちゃなんだけど、そろそろ実家に帰ったらどう? おばさんも心配してるんじゃない?」
「知らないよ、あの人のことは。仕事一筋だし、俺が長期休み中ってことも知らねんじゃね?」
「しぃ君、僕は真面目に」
「それにまーちゃん家のが居心地いいし。おばさんは優しいしごはんは美味しいし、妹ちゃんは可愛いし」

 つんとそっぽを向いた久具龍の実家嫌いにはほとほと呆れるしかない。久具龍とその家族はあまり仲がよろしくないのだ。いや、体裁を気にしてか外面だけはいいが、一度内側に入ればその闇はドロドロと流れ込んできた。

 あまりに冷え切った久具龍の家庭を不憫に思った鹿谷の母親が避難所にとうちを提供したのも頷ける。その結果、出来上がったのがニート・久具龍である。何かと世話焼き気質の鹿谷が生活の手伝いやら世話やら甘やかしてやらいたら頭はいいくせにどこか抜けてる久具龍が完成してしまった。

 少しだけひん曲がってはいるが、いたって普通のふわふわニート久具龍がなぜ真面目眼鏡無表情野郎を演じているのには鹿谷の妹に原因があった。俗に言う、「腐女子」と言う生き物だ。

「兄さんは来年絶対副会長だから!! 腹黒王子副会長×真面目副委員長とかうめぇ! ちょ、絡んで。雰囲気作りはわたしに任せてくれていいからさ、二人で風呂でも入ってきたらいんじゃない? あ、でもしぃ君は来年風紀委員長なんだっけか。じゃぁ風紀委員長×副会長……しぃ君×兄さん? え、違和感ありすぎ。兄さん×しぃ君か。だよね、うんうん。しぃ君攻め要員じゃないし。だるだるニート攻めもいいけどメンタル弱いしぃ君にできるはずがないよねー。いっそのことしぃ君総受け、はなんだか気に食わん。そういえば最近わたしモブ×風紀委員長にハマってるんだけど学園でそういうことないの? え、あ、そっか、しぃ君武道の達人だったもんね。ニートだけど。やっぱわたしとしては兄さん×しぃ君を推奨したいな。幼馴染、いいね、王道じゃないか。兄さんにならしぃ君も警戒心0だから襲っても『ヤッちまったぜてへぺろ』で許してくれるさ。そういえばだけど北御門さんもかっこいいよね。カリスマ性があって俺様って感じがする。そうかそうか、来年は北御門さんが会長で兄さんが副会長で、しぃ君が風紀委員長か。うわぁ! うわぁうわぁ! これなんて王道学園! なんでわたしは男じゃないんだ……! いっそのこと髪を切って男装しようかな。……さすがに母さんが泣くか。仕方ないじゃんか。しぃ君のお尻の穴事情が、あ、うそうそごめんなさいだからそんな目で見ないで待ってちょっと落ち着こう兄さんその手に持ってるスマート本を捨てないでぇぇぇぇ!」

 妹よ、兄は絶望した。いつぞやの会話を思い出し、全寮制女子校にぶち込まれた妹を思う。

 中等部はゆるゆるニートだった久具龍は、腐った妹になにを入れ知恵されたのか途中から劇的変身を遂げたのだ。もともと良かった成績は一気に上がり、身なりを整え眼鏡(伊達)をかけて表情を引き締めた結果、真面目を絵に書いたような今現在の久具龍ができあがった。

 閑話。

 長期休暇も終わり、新学期に入った頃、どういうわけか鹿谷は久具龍に泣きつかれていた。泣き声も上げずに切れ長の瞳を涙でぐしょぐしょに濡らし、ただボロボロと雫を垂れ流す幼馴染はそうとう精神的に来ているのだろう。何があったかなんて簡単明瞭。

 季節外れの転校生だ。妹に言わせるならば「王道キター!」

 現生徒会の会長、会計、書記、庶務、風紀委員会委員長などなどその他大勢。季節はずれの転校生に夢中なのだ。恋は盲目とは、よく言ったものだ。

 イケメンホイホイな転校生は、学園中の親衛隊持ち生徒を虜にし、親衛隊と問題を起こしては暴力を振るって日夜破壊行動に勤しんでいる。お前は暴力破壊推奨委員会にでも入ってるのかと問いたい。そのせいで後始末に追われる久具龍率いる風紀委員会は地獄のような現状だった。辛いことも面倒くさいことも大嫌いなニート久具龍が今まで保っていたことのほうが鹿谷は驚きだったが、ついにボロが出たのだ。

「しぃ君、しぃ君」

 ゆっくりと頭を撫でながら幼馴染を落ち着かせることに専念する。

 大多数の生徒が食事をとっている真昼間の食堂で、幼馴染は仮面が剥がれてしまった。

 多くの生徒が驚き、息を呑む音が聞こえる食堂で、久具龍のすすり声と鹿谷の宥める声はよく響き渡った。

「お疲れ様、しぃ君。疲れたよね。あの宇宙人どもの相手、すごい疲れたよね。大丈夫だよ、安心して」
「……まーちゃん。もうやだあいつ意味わかんないまじ宇宙人すぎて滅べよ滅べ。パルプンテ唱えたい。まーちゃんもなんか唱えてよ」
「じゃぁアルテマ」

 「どこのRPGだよ」「ある意味あの転校生はモンスターだしいんじゃね」なんて声が聞こえてきたのはスルーしよう。

 それよりも考えるべきは、ゆるゆるだるだるメンタル弱ちんな幼馴染が不特定多数の目に触れてしまったことだ。

「久具龍!」

 どうしたものかと考え倦ねていれば、第三者の声が割り込んできた。

「……きた、みかど」

 豪奢な扉を乱暴に開け放ち、肩で息をする男  副会長の北御門は鹿谷の腕の中に収まる久具龍を見て表情を顰めた。

「なんで鹿谷に抱きついてるのかとか抱きついてるのかとか抱きついてるのかとか、言いたいことはたくさんあるが、大丈夫か」
「っ」
「北御門、何があったか聞いてもいいかな」
「……あの宇宙人どもが、久具龍に向かって無表情が気持ち悪いだのなんだの言いやがったんだよ」

 胸糞悪いと吐き捨てた北御門に鹿谷は笑みを深めた。

 鹿谷しか知らないことだが、北御門と久具龍は両片想いである。久具龍は北御門の「かっこよくてなんでもできて男らしい様」に恋しており、北御門は久具龍の「完璧そうに見えて穴だらけ」なところに恋したらしい。北御門なんか妹に恋愛相談をしていて引いた。あきらかにこれは相談相手を間違えてる。指摘はしてやらないが。

 傍から見ればピンクなオーラを出しているのに気づかないのは当人たちだけ。

 泣いてる風紀副委員長、慌ててる生徒会副会長、そして抱きつかれてる一般生徒(仮)の僕。すぐさまピンと、とある案が浮かんだ。この両片想いどもをくっつけちゃえ、と。



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お友達からのリクエスト

久具龍(くぐりゅう)風紀副委員長。真面目眼鏡副委員長。のち風紀委員長
鹿谷(かや)久具龍の幼馴染。腹黒王子。現一般生徒のち生徒会副会長
北御門(きたみかど)生徒会副会長。面倒見のいいへたれ俺様。のち生徒会長

会長×実はふわふわボーイな風紀委員長のはずが、はじめのほう鹿谷×久具龍みたいな感じでなにこれ状態
北御門ほとんど出てきてないです



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