もしかしたらあたしはこの人の事が好きかもしれない。いや、もう好きだ。自分の気持ちに気付いた数日後、意中の相手に好きな人がいるから協力してと告げられた。その時の言葉と笑顔にくらくらした。いろんな意味でくらくらした。こんな時にでもやっぱり好きなんだなって実感しまう自分が嫌だった。


「そろそろ告白しようと思ってるんだよねー」


にへらと笑う男に対して、シャープペンシルの芯がぺきっと音を立てて折れた。飛んで行った先を見ながら、ふーん、と素っ気ない返事を返すとふてくされた声が上がる。そんな声を無視して提出期限の迫ってきた数学の問題集に取り組んだ。大嫌いなルートは何度教科書を読んでも理解する事ができないため時間がかかる。必死になって教科書を読んでみるけどやっぱり意味を理解する事はできない。カチカチカチと3回押して芯を出す。すぐに折れてしまう芯に対しても、中々解けない問題集に対しても、いらいらする。それなのに目の前では好きな子の話をする水谷がいて、余計にいらいらした。

ぺきっと本日2度目の芯の折れた音がした。


「フられてしまえ」
「それ禁止用語だろ!」
「フられてしまえ」
「…阿部の方が俺の扱い優しい気がしてきた」


カチカチカチ。芯を出して大嫌いな問題集とにらめっこ。無視し続けるとおとなしくなった水谷にバレないようそうっと視線を向けるとどうやら椅子で遊んでいるようで、4つある足の内の1つだけに重心を傾けてバランスを取っている。確か小学生の頃流行った遊びだ。変なところで器用な奴だ。転んでしまえ。そんな意地悪な事を思った瞬間にバランスを崩した水谷。その焦った顔に笑ってしまいそうになったのは言うまでもなく、急いで口元を隠した。


「…見た?」
「別に」
「笑った!?」
「水谷ってホント、バカだね」


こんな風に仲のいいクラスメイトでいられるのはいつまでなんだろう。水谷に彼女ができたらあたしなんかと一緒にいては勘違いされるだろう。一緒にいてくれなくなるんだろうな。こんな乙女丸出しな考えを持つ自分が気持ち悪くて、問題集が進まないのが腹立だしくて、水谷の口から出くる言葉が痛くて、ふいに見せられた笑顔が苦しくて、自暴自棄になってしまいそうだ。

はあ・とため息をひとつ。そんなあたしを見て何を思ったのか、突然ポケットから携帯を取り出して操作を始める。これで少しの間、問題集に集中できそうだ。


――ヴヴヴヴヴ…

と、そこでマナーモードにしておいた携帯が机の上で振動した。すぐに切れてしまったため、電話ではなくメールだろうと判断したあたしはすぐには携帯を手にしなかった。

それを見た水谷が口を開く。


「携帯鳴ったけどいいの?」
「後で見る」
「今見てよ」


見る気はなかったのだけれど、言われた通りに携帯を開くとディスプレイに映る名前にため息が。


「言いたい事あるならちゃんと口で言ってよ」
「いいじゃん。こういうのも楽しくね?」
「あたし今必死こいて問題集解いてるんですけどー」


そんな風に文句を言っても、言われた通り画面を開いてしまうのは惚れた弱みで。だけどその内容にあたしが感じる幸せはこれっぽっちも存在しない。


「なんかさ、」
「ん?」
「フられてしまえと思うのはなんでだろ」
「うわ、ひっでー女」


今日告白するんだ、って内容のメールは今すぐ削除。

酷い事を言っても冗談だと思い込んで笑ってる水谷を見て、苛立ちは増す一方。実は半分以上本音だったりするこの気持ちは本当に好きな人に対する気持ちなんだろうか。でも水谷の恋は実らないで欲しい。だけど水谷には今みたいに笑って欲しい。恋をすると整理しきれない気持ちで溢れてしまうから厄介だ。


(もどかしいな…。)


シャープペンシルの芯を出して、また戻す。

今目の前にいる相手に気持ちを伝えてしまえば少しは楽になるのかもしれないけど、フられてしまうような事があれば築き上げたこの関係ともおさらばだ。それだけはどうにかして避けたいと思うから、いつまで経っても苦しいまま。


「お前ならメールで好きって言われたい?それとも直接?」
「あたしの意見を参考にしても役に立たないと思うけど」
「いいから、どっち?」
「…そりゃあ直接言われた方が嬉しいけど」


水谷の目を見る事ができない。本当に告白しちゃうんだなぁ、って、結果がどうであれ悲しくなった。


「うああああああ」
「あ、ちょっと!」


机の上に広げた問題集があってもお構いなしにべたーっと顔をつけてきた。その視線の先は相変わらず携帯を睨みつけている。その携帯の中に水谷の好きな子の名前があるんだ。キリリと痛む胸を押さえても、その痛みが消える事はない。好きってどうしてこんなにも苦しいのだろう。


「なぁ」


短く問いかけられて、あたしも短く返事をした。

ほんの少し、自分より下の位置にいる水谷に目を落とせば同時に見上げてくる水谷。その目の色は色素の薄い茶色かかった目の色で、正反対の真っ黒な瞳とぶつかるとふいに浮かんだ大好きな笑顔。

ドキン、と。大きく揺れた心臓にどうか水谷が気づきませんように。

そこで再び震える携帯。水谷を見ればにへらと笑ったままで、その笑顔が好きだなって、改めて実感させられてしまう。


「話したい事があるから電話出て」
「通話料もったいないから直接言いなよ」
「いいからいいから」


仕方なく出た電話の先で「聞こえてますか?」なんて水谷が言うもんだから思わず笑ってしまう。聞こえてるよ、と返事をして次に来る言葉を待機。本当に、こんな感じでくだらない事をするのが好きな奴だなぁ、って、しみじみ感じているとふいに逸らされた視線。口元は弧を描いていて、そこから作り出されるあたしの名前。


「もしもーし」
「はいはい」
「重大発表です」
「なんでしょう」


「俺ね、お前が好きだよ」


返事は?って、してやったりといった感じの顔で見上げてくる水谷に対してあたしはいまだにぶすっとした表情をしていたけれど、一気にほてっていく頬の熱まで隠す事はできず、今まで感じていたうやむやな気持ちが一気に吹っ飛んでいった。何これ、何かの魔法なのかな。

好きって怖い。好きがぶつかるとこんなにも心が軽くなるなんて。


「ねぇ、聞いてる?」


さて、あたしはこの大好きな笑顔を浮かべる男になんて伝えようか。



蜂蜜に溶ける



2011 12/16(再録)
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