世界には60億人もの人間が存在していて、どれだけ息絶えようがその分息を始める者がいて、世界はそれを保っている。だから人間はココにいて、俺もココにいる。彼女も同じ理由でココにいて、時々考えるんだ。俺は誰の生まれ変わりで彼女は誰の生まれ変わりなんだろう。こうして現世で出会えた俺らの前世にはこんな風に同じ境遇に立たされていたのか。来世にはどんなものが待っているのか。答えのないものを俺はひたすら考え続ける。



「沖のクラスのあの女の子、美人だよなぁ」


栄口と売店にて。たった今横を通り過ぎた癖のあるロングヘアーを栄口は目で追いながら小さく小さく呟いた。それは俺に向かって放たれてるというよりも、自分自身に問いかけてるようにも見える。

栄口の視線の先に映るものを俺も視界におさめてみれば、なんだかいたたまれない気持ちになった。早くこの場から立ち去ろうと前を向き、巣山と西広の待つ3組へと足を運ぶ。


「沖はあの子の事、なんとも思わなかったりする?」
「え」
「いや、なんか、そんな顔してたっつーか…」


自分の顔を手で触ってみなくても、鏡を覗き込んでみなくても、きっとあまりいい表情をした俺はいないだろう。その理由は確かにそこにある。もう一度振り返って彼女を見る。すると同じタイミングでこちらを振り返った彼女と目が合いそうになり、とっさに顔を横に逸らした。ごくりとツバを飲み込むと、ツバとは違う何かが喉の奥につっかえて、呼吸が乱れる。

俺と彼女は小さな頃に関わりがあって、小学生だった頃の自分達を思い浮かべた。その頃から可愛らしい顔をしていた彼女。俺はその横でだらしなく笑ってて、彼女もまた同じように笑ってて、だけどそんな俺達はもうどこを探しても見つからない。仲良くなってほんの数ヶ月が経ったくらいに彼女は親の仕事の都合でどこか遠くの場所へ引っ越してしまい、それっきりだった。それが今、どうしてか彼女は俺と同じ高校に通っていて、「久しぶり」とか「元気だった?」とか、もちろんどうしてこっちに戻って来たのか、俺の事を覚えてくれているのだろうか、いろんな事を聞きたいと思っている。思う事は簡単だ。行動に移す事は思う以上に大変だ。



「…そりゃもちろん、俺だって可愛いなとか思うけどさぁ」

(だけど、だけどさ!)


高校生になった今、話かけられない自分がいる。どうしてそんな自分がいるのかを、後ろから「どうしたんだよ?」と不思議がる栄口の顔を見る事ができないまま3組に足を進めた。栄口の声にかぶるように他の声がして、そこにある1つの名前に体では表さないものの、頭の中では大袈裟なくらいに反応をした。「なんでもないよ」そう言って後ろにいる栄口に話かけながら視界の隅っこに彼女を映すと、その横には知らない人影が。そうだ。そうなんだ。彼女に近付けないのは、近付こうとしないのは、つまるところはこういう事で。

俺なんかと一緒にいちゃいけない。俺と彼女は釣り合わない。
楽しそうに男と話をする彼女を見て、もうその隣に俺が入れるスペースなんてないんだ、と。そう実感させられた。あんな綺麗な彼女の隣に俺がいるだなんて、そんな図々しい事考えちゃいけない。アレは昔の話で、俺と彼女は別の道を歩いてる。住む世界が違いすぎて、また、喉の奥が苦しくなった。




「じゃあ俺こっちだから」
「おー。またな」


部活が終わって心身共に疲れた状態。ぐったりと体を前に倒して自転車を漕いで行くと小さな頃遊んでいた公園が。スピードを落として横をゆるゆる通る。あの頃は良かったなぁ、楽しかったなぁ、なんて。今も十分楽しいのだけれど、やっぱりなんだか物足りない。

もう少しで公園を通り過ぎてしまうところで前を向くとふいに重なる視線に心臓が大きく脈を打ち、全細胞がざわざわ動き出す。スピードを出そうと試みた足は無意識の内にペダルを漕ぐ事を止め、地面とくっついた。立ち止まってからの数秒間、これまでにない程の後悔をした。ここで立ち止まって何をする気なんだろう。このまま無かった事にして帰ってしまおうか。だけど目の前で不思議そうに瞬きを繰り返す彼女を1人残して行ってしまうだなんて、そんな事俺にはできない。

今朝栄口が可愛いと言っていた女の子が、俺の頭に染みついて離れない彼女が目の前に立っていた。どこかからの帰り道なんだろう。私服を着た姿も制服とは違ってなんだかイイ。レジ袋を持ってるところを見ると、コンビニかスーパーか、その辺の帰りなんだろう。
さて、どうしたものか。物事を冷静に判断している割に、心臓の動きは今のも爆発してしまいそうなくらい活発に動いている。


「カズくん…だよね?」


俺が1人迷っていると、先に開いたのは彼女の口だった。その発言に驚きながらも、俺の事をちゃんと覚えていてくれたんだ、と。その事実が嬉しくてたまらなかった。


「う、うん」
「よかったぁ。違ってたらどうしようかと思った」
「覚えてくれてたんだね」
「ヤダなぁ。忘れるワケないでしょ」


首を傾げながらふんわりとした笑みを浮かべる彼女を前にすると、途端に体中を巡る血液の流れが活性化される。ざわざわとざわめく胸に鳥肌が。だけど不思議と気分が良くて、いつもと違う体の変化を心地良く思う。


「本当はもっと早くに話かけようとしたんだけど、いつも目が合う前に逸らされちゃうから…」
「あ、それは、その…」
「私だって分かってないのかなぁって、最初はそう思うようにしてたんだけど」
「…」
「思春期なのかなぁとか、恥ずかしいのかなぁとか、いろいろいっぱい考えたんだよ」
「えっと、俺は思春期じゃないと思うよ。多分だけど。恥ずかしいのは、そりゃ、多少はあるけど…」
「あれ?カズくん、私の事覚えてくれてる?」


大きな瞳が繰り返し瞬きされ、開くたびに俺が映る。それが無性に嬉しくて、くすぐったくて、いつもならすぐに苦しくなる喉の奥もなんともなかった。


「うん。覚えてるよ」
「本当?」
「あの時の事、ちゃんと思えてる。すごく楽しかったから」
「うん。私も楽しかったよ。ここの公園だったよね。よく一緒に遊んだの」


その公園から、ほんの少し過ぎた場所にいる俺達の前で、公園を指差しながら彼女は言った。それを追うように後ろを振り返れば、幼き頃の彼女との思い出がたくさん詰まった公園が。「あのブランコまだあるかなぁ」そう口にする彼女の言葉の意味をすぐに理解する事ができた。
あの公園のブランコで遊ぶのは危険だった。錆び付いてるせいか、鎖を手で持つと手の肉が挟まれて痛い思いをしたり、椅子となる部分の木の板が突然外れて落とされてしまったり。彼女はもちろん俺もそれを経験した。


「どうだろう。ここの公園結構子供集まるから…新しくなってたりして」
「行ってみる?」
「え」
「だって懐かしいんだもん」


スタスタと公園の方に姿を消してしまいそうな彼女の背中をぼんやり眺めていると、唐突に振り向きぶつかる目と目。ここからでも分かるくらいに長い彼女の睫毛に、澄んだ瞳の色に、きめ細かな肌に、彼女が昔のままの彼女ではなく、あれから随分と成長したのだという時間の流れを痛感させられた。


「カズくんも一緒に行こうよ」


お菓子買って来たから、時間があるなら一緒に食べようよ、なんて。袋を持った手と突き出してにへらと笑う。そこに幼き頃の彼女を感じて、ぼんやりとした視界はさらにぼんやりとし、空気を吸うたびくらくらした。


「うん。俺も行く。話たい事たくさんあるんだ」


自転車の向きを変えて彼女と向き合えば、今までバカみたいにマイナス思考に考え込んでいた自分が情けなくて、だからこそ今からはこの時間をこれから先どうやって継続させていくかを考えていく事にしよう。

前世や来世で彼女と出会う事ができたらどんなに幸せな事か。だけどそれ以上に幸せなのは今流れるこのゆるやかな時間で。
まずは喋る事から始めよう。少しずつ、昔のような2人を作り上げていく事ができたら、それは60億分の1の奇跡が叶った確かな証。



ゆっくり歩いて帰ろうよ
(あ、ブランコあった。)


2011 12/16(再録)

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