好きな子ができた。これが好きっていう感情なんだって分かった次の日、その俺の好きな子に好きな奴がいる事が発覚した。胸の辺りがきゅうっと、目に見えない細い糸に締め付けられているようで、すごく痛くて、すごく気持ちが悪かった。それが失恋なんだと理解したのは、オレの好きな子がそれはそれは幸せそうに笑う姿を目にした瞬間だった。


「栄口ー」
「どーした?」
「俺、どうしちゃったんだろう」


偶然、生物の教科書を借りに七組にやってきた栄口に問いかけると、わけがわからなそうに首を傾げた。
はあ・とため息をこぼした俺の視線の先には意中の相手がいて、その子の丸くてくりっとした瞳の中には他の奴が存在している。

気付いたら好きになっていた。気付いたら彼女ばかりを目で追っていた。気付いたら頭の中に彼女がいて、瞼を閉じればそこに浮かぶのは彼女だった。恋をしたんだ。恋をしてるんだ。
だけど現実は厳しい。彼女には他に好きな奴がいて、目で追いかけてしまうのも、頭の中を占領しているのも、瞼を閉じれば浮かぶ顔も、全部、全部、彼女の好きな奴なんだろう。同じ場所に立たされた俺達。彼女と同じってところには喜ぶべきところだが、想う相手が違う時点でそうはならない。

彼女は恋をした。俺以外の誰かに、俺のように恋をしている。

恋の仕方なんて人それぞれだ。例えば両想い。これは二人が幸せになれる。そして片想い。想いを寄せる方にとっては苦しくて、想いを寄せられる方はいたって普通。その気持ちに気付けば徐々に惹かれていくのか、はたまた迷惑だと思うのか。他にも結婚しているのにも関わらず誰かを好きになる事だってあるし同性にそういう気持ちを抱いたりする事だってある。

恋というものは奥が深い。そして残酷だ。




移動教室の時間。
持って来たと思っていたノートが無い事に気が付き足を止めた俺に花井がこちらを振り向いた。


「どーした?予鈴鳴っちまうぞー」
「あ、うん。ごめんちょっと忘れもんした」


悪いけど先行っといて・そう伝えると少し先を歩く阿部を追いかけていく花井。
来た道を踵を返して取りに行くは化学の宿題。提出期限、確か今日だったよな。

戻った教室。そこに人気はなく、扉に手をかける。ガラリと大きく音を立てて開いた扉に反応した一つの影。その影が誰のものなのかを理解した途端、体中を巡る血液が一気に心臓に集まった。


「水谷?忘れもんでもしたの?」


そこには俺の意中の相手がいて、移動教室だっていうのに一人窓辺に立っていた。


「う、うん。宿題を」
「そっか。確か提出期限今日だったね」


緊張してうまく言葉が回らない。頭も回らない。ぎこちない足取りで自分の机の中にあるノートを手に取る。彼女はそれを黙って見据えたまま、その場を動こうとはしなかった。


「もうすぐ予鈴鳴るけど行かねーの?」
「気分が乗らないからサボっちゃおうかなぁと思いまして」


内緒だよ?口元に人差し指を置いて微笑む彼女に体中の全細胞がざわついてしまった。
そして感じる違和感。


「…なんかあった?」


気のせいだろうか。俺の問いかけに彼女の表情が一瞬、曇ったような気がした。しかしニコリと笑みを浮かべると、話を逸らすどころかスラスラと口から言葉を出していく彼女に、俺はどう反応すればいいのかわからなくなった。


「好きな人がいたんだけど、フられちゃった」


笑ってるけどどこか寂しげで、どこか悲しそうで、それを証拠にいつもの輝きが瞳にはない。好きになってからずっと、彼女を見てきた俺にはその些細な変化に気付く事ができるようになっていた。

しかし心のどこかで喜ぶ自分がいて、そんな考えをどうにかして消してしまおうとする自分もいた。彼女の悲しみを取るか、自身への喜びを取るか、天秤にかけられた想いが小刻みに揺れる。


「好きですって直接伝えたワケじゃないんだけどね」
「うん」
「その人に好きな人がいるって知ってて、知らないふりしてた」


彼女の気持ちが痛く程良く分かる。
全く同じな状況に立たされた俺達は次にどう動けばハッピーエンドにたどり着くのだろうか。彼女には笑って欲しい。そしてできれば俺も、笑いたい。贅沢を言うならば彼女の横で笑っていたい。


「付き合う事になったんだって」
「…」
「気持ち伝える前にフラれちゃうって、あたしかっこ悪いなぁ」


気丈に振る舞う彼女を見て、俺だったらどうなるだろうと考えた。

泣いて、いつまでもその事を引きずるんだろうなぁ、とか。どこまでもかっこ悪い自分を想像してしまう。俺っていつからこんな風にネガティブに物を考えるようになったんだろう。恋をするとこんなにも臆病になってしまうものなのか。

そこで予鈴が鳴る。「あ、」と小さく声を漏らした彼女はごめんねと俺に謝った。その言葉が心臓に突き刺さる。引き止めた事に対するごめんねなんだろうけど、俺には違う意味のように感じられて、なんだかむしょうに悲しくなった。


「あ、でもあの先生いつも遅れて来るから走れば今からでも間に合うかも!」


ほら、早く!と背中を押して教室から俺を追い出そうとする。自分は行かないのかと尋ねてみれば、さっき言ったでしょうって笑う。どうして笑ってられるんだろう。どうしてこんなにも強くいられるんだろう。


「悲しいなら素直に泣けばいいだろ」
「泣いても解決しないよ?」
「そうだとしても、泣く事はかっこ悪い事じゃない」


後一歩で教室の外に出てしまいそうな距離のところで振り向いて彼女の目をじっと見る。笑みを絶やさない彼女の口元が、眉が、下を向く。大きな瞳が揺らいだ後、静かに、ゆっくりと俯いた。


「性格良くて可愛くて、そんなお前を無視して別の奴取るなんて俺には考えられないなぁ」
「褒めすぎだよ、それ」
「そうかな?」
「そう、だよ」


返事をした彼女が勢いよく顔を上げる。その頬には透明の涙が流れていて、張り付く表情は笑顔のまま。
泣いても尚、こうして笑ってられるのは彼女の強いところであり、そんなところも好きになったんだろうなぁ、って。


「水谷がいてくれてよかった。ありがとう」


それに比べて俺はどうだろう。好きな子が泣いてるのに気の利いた言葉をかけてやる事もできないし、抱きしめる事はもちろん手を伸ばしてやる事もできない。友達だから、クラスメイトだからいいじゃないか。頭を撫でてやる事くらい、きっと罰は当たらない。この子のためにできる事をしてあげたい。

どうかしてる。世の中が、人生が、決まりが、運命が。何もかも、全てがどうかしている。生まれたその瞬間から決められた奴同士が好きになるような運命があればいいのに。赤い糸とは違う、もっと頑丈な何かが。そうすれば誰も失恋なんてしなくて済むし、悲しい想いをしなくていい。明るい未来に向かって進んで行くだけ。誰も傷つかない誰もが望むであろう世界。

彼女から目を逸らして笑ってみせた。


「いや、俺なんもできてないし」


ああ、

泣きそうだ



2011 12/16(再録)
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