ゆらり、ゆらりと。
視界に映る長い髪がゆらゆら揺れる。パソコンに向かっていた顔を上げて揺れるソレの先に見えた冷蔵庫の中身を思い浮かべる。そういえばビール切らしてたんだっけ。

「終わった?」
「おー。一応な」
「ご飯もうすぐできるからもうちょい待ってて」
「悪いな」
「いいのいいの。残業だって聞いてたから油断してたあたしがいけないから」

パタン、と。パソコンを静かに閉める。そんな小さな音が2人しかいないこの空間で彼女の耳に届くのは当たり前の事だった。おたまを片手に淡いピンク色したチェックのエプロンを身にまとって微笑む。見慣れたはずのその表情に俺の中にある何かがくすぶられる。

「あれ、出かけるの?」
「コンビニ行ってくる。今日の分のビールないだろ」
「孝介がメタボになってもあたしのせいじゃないからね」
「うるせーよ」

かけておいたコートとマフラーを手に取り玄関へと向かう。あたしは何もいらないからね、と告げられ、そしていってらっしゃい、と台所から顔だけを覗かせてお見送り。
家から一歩外へ出たらあまりの寒さに顔中がぴりぴり痛んだ。それを防ぐためマフラーに鼻先をうずめてコンビニまでひとっ走り。アイツは今頃あったかい部屋の中でゆっくりと料理をしてるんだろうな。今日の晩飯はなんだろう。聞いてくるのを忘れちまった。まぁそれは帰ってからのお楽しみという事で。

そこでふと、思い出したかのようにポケットにしまい込んだままの鍵を取り出して駐輪場へ向かう。コンビニまでの距離はそこまでなくて、だけどこの寒さの中、歩きよりもバイクに乗った方が効率がいいような気がした。どうせ同じ寒さを味わうのなら早く終わらせたい。車の免許取りに行くかな。歩きよりもバイクよりも風の抵抗がない車内の中はあったかいに決まってる。
もし、免許を取ったらどこへ行こうか。アイツなら、そうだな。夏になったら海に行きたいとか言うだろうなぁ。

海だけではなく、できる事ならアイツの行きたいところは全部行こう。ゆるみかけた口元をマフラーで隠したまま、コンビニへとたどり着いたその足で酒の置かれた冷蔵庫へと直行した。お気に入りのビールを一つ手に取って真っ直ぐレジへ向かう。はずだった。

「(そういやアイツ、このプリン好きだったよな…)」

真っ白なプリンを見つけて思い浮かべるのは料理をしてるであろうアイツの顔で。買って行ってやろうかな、と、考えた直後に家を出る前に発したアイツの言葉を思い出す。あたしは何もいらないからね、と確かに俺に言っていて、伸ばしかけた手を引っ込めてレジへと向かった。

「187円になります」
「…やっぱ待って下さい」

まぁなんだかんだで買ってしまうのはいつもの事で。アイツが食わねぇなら俺が食えばいいし。
会計を済ませて足早にバイクのところまで。料理を作って帰りを待つあいつの姿を思い浮かべながら来た道を戻って行く。すり抜けていく冷気が痛いけど、それがなんだか今をちゃんと生きてるんだって実感させられているような気がして。そうだ。俺は生きてるんだ。そんな当たり前な事をぼんやりと考えながら帰宅した。

「おかえりー」
「おー」
「孝介鼻真っ赤」
「外はさみーんだよ」
「愛情たっぷりの料理を食べて心まで温まるといいよ」
「腹壊さなきゃいいけど」
「今まで一度だって壊した事ないくせによく言うわ」

コートとマフラーを元あった場所に置いてリビングにある椅子に腰かけてチラリとアイツを見てみれば、エプロンを脱ぎながら俺に対する嫌みを吐く事なく、俺の言葉をうまい具合に流しながら料理を運んでくる。お、今日はカレーか。

付け合わせのサラダも一緒に持ってきて俺の前に並べる。自分の分を取りに行くアイツを横目に袋からビールとプリンを取り出した。コツンとわざと音を立てながら置いたプリンに、予想通りの反応が返って来た。

「あたし何もいらないって言ったのに」
「お前が食わねぇなら俺が食うし」
「太ってもあたしのせいじゃないからね」

そんな事を言いながらメインのカレーや付け合わせのサラダよりも先にプリンに手を伸ばしたアイツに、呆れにも似た、だけどそれ以上に幸せに近いため息が出た。
まず最初に匂いをかいでから一口含む。それがこいつのプリンの食べ方。おいし、と小さくこぼれたその言葉とそこにある表情が俺にも移っていくような気がして。

そこで携帯が鳴る。俺の携帯だ。パソコンの隣に置いたままの携帯を手に取り画面を見る。そこには会社の奴の名前が映っていて、先程吐いたため息とは間逆のため息を吐くく。

「出ないの?」
「後でかけ直す」
「仕事持って帰って来たのがまずかった?」
「ちゃんとやってっから平気だよ。つーかコイツの場合わかんねー事聞いてくるだけだろうし」
「それって余計出てあげなきゃますくない?」
「いいって。たまには別の奴にも頼れっつーの」
「そんなにあたしと一緒の時間を過ごしたいのか」
「うるせーよ」

プリンを食べながらにやにやされて、その腹いせにプリンを奪ってやろうと机に身を乗り出す。気付いたアイツがそれを阻止するために自身でプリンを隠す。

そこでまた携帯が鳴る。今度は俺の携帯ではなく、アイツの携帯。だけど着信音でもなく、メールの受信音でもなく、それは毎朝イヤな程耳にする音で。

「…アラーム?なんでこんな時間にかけてんだよ」

疑問を宙に漂わせてみれば、それに答えようとする素振りさえ見せようともせず鳴り続ける携帯を開く。じっと画面とにらめっこ。「あ、」と小さくこぼした後にふんわりと微笑むその表情に、見慣れたはずなのにも関わらずドキッとしてしまう俺がいる。

「えへへ。今年もあたしが一番に言っちゃいます」

携帯を閉じて、相変わらずの笑みを浮かべながらゆっくりと口元が動いていく。スローモーションに感じられたのは、その瞬間に感じられるいっぱいにあふれた幸せをできるだけ長く感じたいと思ったからなのか。

だけどそのような幸せはこれからもこいつと一緒にいれば味わう事ができるのだろう。もしかしたら今以上の幸せが俺達の歩み行くこれから先の未来でひっそり呼吸をしてるのかもしれない。

手を繋いで歩く速度を互いに合わせて、疲れたら休んで、時には喧嘩をして、だけど最終的にはちゃんと仲直りをして、泣いて、怒って、それ以上にたくさん笑って。

「誕生日おめでとう。これからもずっと一緒にいようね」

そんな未来も悪くないと思った、こいつと出会ってから五年目の俺が生まれた日。



くるり
まわる世界




2011 12/16(再録)

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