やっと気持ちが通じた。そう胸を撫で下ろした瞬間、現実の壁に叩きつけられる。その時わたしはどうしただろう。泣いた?笑った?怒った?悲しくて寂しいから泣いてみた。それを忘れるために笑ってみて、満ち溢れる怒りに大声を上げた。分からないわたしは全部を試した。それがなんだか虚しくて、心にあった大事な何かが抜け落ちた。


「なんで黙ってたんだよ」
「言ったところで何も変わらないでしょ?」
「そうだとしても普通言うだろ!」
「…そっか。じゃあ、泉の普通とわたしの普通は違うんだろうね」


素直になれないわたしは大好きな彼と喧嘩をして、彼との間に大きな距離ができた。
授業中に合う目の回数も激減した。日にちが経つにつれて1回も合わなくなった瞳の中はカラッポで、そこにあるはずの色は無に近いのだろう。

後もうちょっと。わたしが彼の前からいなくなるまでの時間が迫って来る。わたし達の関係はあのまま、距離だけは前より大きく離れ、その間にある大きな透明の壁の向こうには彼がいる。背中を合わせたままの状態。そんな中、後ろを振り向いてみれば背中を向けたままの彼がいて、わたしの中に巡る言葉が彼の中に浸透していく。こちらを振り向こうとした横顔に、わたしは急いで背中を向けた。いつまでも素直になれない。


「お前らって、付き合ってるんだよ…な?」
「うん」
「…喧嘩した?」
「どうして?」
「泉、いっつも楽しそうにお前の事話してんのに最近なくなったからさ…」


心配そうに眉をたらす浜田くんがわたしと、廊下に消えて行った泉の姿を交互に見やる。
泉って、浜田くんの事バカだのアホだの散々言ってるくせしてわたしの事、ちゃんと話してるんだ。それも楽しそうにって。なんだか嬉しい。そして同時に胸がキリリと痛んだ。


「ごめんね」
「え?」
「わたしが素直になれないから。素直になってしまったら、気持ちが全部溢れてしまいそうで」


怖いんだ。小さく小さく呟いた声は浜田くんの耳には届かなかったはず。
泉が消えて行った方向を見据えて、しばらく戻って来るはずのない姿を思い描いた。

わたしがいなくなるまで、後、どれくらいだろう。


「転校…。お前が?」
「うん」
「どーして」
「お父さんの仕事の都合でだよ。ほら、わたしんち元々転勤族だし、ね?」
「ワケ分かんねぇ。なんでお前は笑ってられんだよ」


悲しいから笑った。悲しいから、笑って誤魔化した。だけどあの時、少しでも自分の気持ちを泉に伝える事ができたのなら、この現状は今よりもいい方にあったのだろうか。


「泉から聞いたんだけど、」
「転校の事?するよ。元気でね浜田くん。今まで仲良くしてくれてありがとう」


とうとうわたしがいなくなる日がやってきた。このもやもやした気持ちから解放されるのだと思うとなんだか嬉しい。だけど本当に楽になれるのだろうか、と、本当はちょっぴり疑心がある。そしてちょっぴり不安だ。
それ以上にあるのは自分が行きたくて受験した高校に通えなくなってしまう寂しさと悲しさで。
だってこんなにもいい友達を持てて、楽しくて。それでいて充実していた。だからこの気持ちが生まれ、苦しくなる。そこに彼がいるのか、いないのか。それはもう分かりきった事。目をつぶって見ないフリ。


「そのまま帰る気かよ」


わたしにとっての最後の放課後。下駄箱には泉の姿があった。それはそれは不満に満ちた表情をした泉が。
最初は気づいてないものだと思ったけど、どうやらそれは違ったようだ。

いつもなら指定された場所に戻すはずの上履きを、持ってきた袋の中にしまって顔を向ける。泉はこちらを見ていなくて、靴が地面に落ちる音がした。それを履きながらゆっくり動く口に、わたしは普通でいられるだろうか。


「ホントの事言えよ」
「ホントの事って何?」
「しらばっくれんな」
「言ってる意味がよく分からないんだけど」
「このままでいいのかって事だろ。自分の事、もっとよく考えろ」


このままでいいのか、悪いのか、そんなの悪いに決まってる。わたしはもっとここにいて、修学旅行にだって行きたいし、文化祭や体育祭にも参加したい。明日から通う高校でも同じ事ができるけど、それは違う。わたしは全部ここで仲良くなった友達と一緒に行いたい。この高校を卒業して、バカみたいにわんわん泣いて、あの時は楽しかったねって、笑いたい。できる事なら泉とだって一緒にいたい。みんなと同じ事、それ以上の事、泉としたい。だって好きなんだもん。

俯いて、スカートをきゅっと掴んだ。自分の気持ちを伝えてどうなるの。悲しいだけじゃないか。だってわたし達はまだ高校生になったばかりの子供。そんな子供が決められた人生に抗う事なんてできやしない。


「俺は、寂しいよ」


いつの間にかこちらにやってきた泉がわたしの肩に手を置いた。それと同時に顔を上げ、カラッポだった瞳に泉が入る。色はなくてもなんだか不思議と満たされていく感じがして、むしょうに泣きたくなった。


「やっと気持ちが通じたのにいきなりあんなん言われたら悲しいに決まってんだろ」
「じゃあ、どうしてわたしを避けたの」
「お前だって同じだろ」
「そうだけど…」
「俺は辛いよ。お前の事が好きな分、お前の事考えると辛くてどうにかなっちまいそうだし」
「…」
「…できる事なら、このままさらっちまいてぇよ」


ぎゅうう、と、抱き寄せられる。泉の声がふるえてる。耳にかかる吐息に体の力が抜けていく。ふにゃり、へにゃり。そんなわたしを支えるかのように泉はわたしを抱きしめて、だけどわたしは背中に腕を回す事はできなかった。いつまで経っても素直になれない。


「泉ばっかりズルいよ」
「ああ、ズルいな」
「わたしだって同じなのに」
「でもお前、本音を言わないからさ。俺がお前の分まで言っといた」


高校生になって出会い、そして恋をした。短い期間の思い出達を忘れないよう瞼の裏に刻んでしまえば、開いた目の見据える未来は今以上にいいものなのか。多くは望まないから、だからせめて笑顔でいられますように。そうすればきっと、今より素直になれたわたしがいるはずだから。


「ホントはこのままさらっちまいたいところだけど。俺、まだお前を養うとかそんなんできねーからさ」
「うん」
「でもお前が待つっつってくれんなら、必ず迎えに行く」


だから待っててほしい、なんて。思い出を振り返ろうとせずとも自然と蘇る楽しい記憶。ムカつく事も泣きたくなった事もあるけど、それ以上に笑顔でいられた。それがこれからもあるんだって、泉が言ってくれたような気がして心がぽかぽか温まる。満たされていくこの感じがたまらなく心地よくて、相変わらず背中に腕を回せずにいるけど、どうかこの先もっと素直な自分になれますように。未来に願いを託して今出せる精一杯の自分をどうか見てもらおう。


「泉」
「ん」
「わたし泉が好き」
「知ってる」
「大好き」
「うん」


泉の声は相変わらずふるえていて、わたしの事で泣いてくれてるのかなって、少し嬉しくなった。

この場にいる生徒がビックリした顔でこちらを見ているけど、そんな事、気にならないくらい今のわたしは幸せだった。


「ずっと、ずっとずっと待ってるから。だから必ず迎えに来てね」


笑ってるのに流れた涙は幸せの記しだと、そう思った今日をこの先で待ってる未来にだけ、そっと教えあげよう。







2011 12/16(再録)

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