木の上から見下ろした黄色いあの景色を、俺は忘れる事ができない。いつだって、瞼を閉じればそこにはその景色が広がる。太陽の光を浴びてキラキラと輝くひまわりはとても綺麗で、その中心にはアあいつがいたような気がした。きっと、一本の大きなひまわりを両手に抱えてこっちを見てあの笑顔を浮かべるんだ。あいつは今、どこで何をしてるのだろう。泣いてるのか、笑ってるのか。あの日以来、俺はあいつに会えていない。

そんな日から早くも一年という月日が過ぎようとしていた。



「不思議だよなぁ」

黄色に埋もれた俺の上を聞き慣れた声が走っていく。フェンス越しに見つけた泉にひまわりの花びらを撫でながら思い浮かべるのはあいつの顔。

「夏が過ぎていくのと一緒に姿消したのに、夏が来た途端コレだかんな。すげぇ安心した」
「ひまわりが消えた時のお前の顔、傑作だったわ」
「ひっでぇー。これは俺にとってすっげぇ大事なもんなんだよ!」

ケラケラと泉が笑う中、俺は唇を尖らせる。そんな泉の後ろから水谷と三橋の走って来る姿が見え、「おーい」水谷が手を振る姿を真似して三橋も同じように手を振る。そんな二人をベンチから見ていた新入部員達が、顔を見合わせ笑っていた。

「コレって田島が植えたんだよな?」
「違ぇよ。コレはあいつが植えたんだと思う」
「あいつ、は、田島くんの言う、あの、女の子…」
「そう、あいつ!」
「名前も連絡先も分かんねぇのにここまで執着するっつーのも、笑える話だよな」
「バカだなー泉。田島は純情なんだよ」
「オープンスケベなこいつが?」
「じゃあ一途?」
「お前ら俺の事好き勝手に言いすぎだろー」

四人して笑えば、ぶわっと生ぬるい風が吹いた。それと一緒に乗ってきた夏の匂いがなんだかすごく懐かしくて、風と一緒に持って行かれた去年よりも少し長めの髪を押さえつつ、目を細める。揺れたひまわりに目をやれば、先程の風により花びらが一枚散るところだった。

「…あ!」

水谷が声を上げたのと同時に細めた目を開ける。いつも以上に多くの瞬きをする水谷と三橋。その横で泉が俺の名前を呼びながらゆっくりと俺の後ろを指差した。

何事だと思いながら後ろを振り向いた。それと同時にまた風が吹き、目を閉じて風がやむのを待つ。ゆっくりと開いていくにつれて視野にはいっぱいに広がる黄色と、その中心に映る懐かしい白色。視界に入れて瞬きを数回。それでもちゃんと消えずにいるその姿に俺の目はだらしなくたれる。

「今にも泣いちゃいそうな顔してるよ?」

久しぶりの挨拶よりも先に出てきた言葉に胸にはほっこりと温かいものが生まれてきて、ひどく安心した。

最も会いたい人物が、今目の前にいる幸せがこんなにも大きいだなんて知らなかった。

「俺、ずっとお前に会いたかった」
「私もだよ」
「願えば会えるって言うから毎日願った。なのにお前中々会いに来てくんねーから、俺の事嫌いになったんだって、かなりヘコんだ」

あの日、俺は確かにひまわりが咲き誇るその中心にいたあいつを見た。それ以来どんなに会いたいと願ってもあいつは姿を現す事はなく、夏が終わって忽然と姿を消したひまわり達を見て、もう二度と会えないんだって悲しくなった。

名前も住む家も学校も血液型も誕生日も、知らない事だらけで。だけどあいつの浮かべる笑顔が忘れられなくて、出会ってから生まれた感情と数々の疑問の答えが知りたくて、俺はあいつとの思い出を引きずった。

俯き気味に地面を見つめる彼女の睫毛が頬に影を作る。それを見て改めて実感できた。こいつはちゃんとここにいる。触れたい。触れてちゃんと確かめたい。そう思うのと同時に上げられた顔。重なる視線に俺の心臓が大きく脈を打つ。

「君がいたから私はここにいる事ができる」
「?」
「ひまわりを植える事ができたのは君のおかげだって事」
「植えたのはお前じゃん」
「穴を掘ってくれたのは君だよ。悠一郎くん」

名前を呼ばれた事により、胸の辺りがざわざわと動き出し、今までつっかえていた何かが取れたような音がした。空気が抜けたようにへにゃへにゃになる気持ちとは逆に硬直していく体。それを見てこいつは去年と変わらぬ笑みを浮かべる。
トクントクンと一定に脈打つ心臓の動きが妙に心地良い。目の前にこいつがいるからなのか、ひどく安心できる。

「ひまわりを植える事ができたら願いを一つだけ叶えてくれるって言われて、だけど私は地面を掘る事はできなかったの」
「…お前、ずっと一人だったのか?」
「うん。悠一郎くんに会うまでいろんな人が私に声をかけてくれたよ」
「なーんだ。俺が初めてじゃなかったのか」
「だけどね、悠一郎くんみたいに何度も私に話かけてくれたのは、悠一郎くんが初めてだったよ」
「え?」
「みんな途中から私が見えなくなって声をかけてくれなくなったの」

だから嬉しかった、と、去年は話してくれなかった事を詰まる事なくすらすら話すこいつに、去年言われた言葉の数々を思い出す。

確か、名前を言えないのも自分の事を話せないのも髪の毛が溶ける魔法をかけられてるだとか、舌がちょん切られるとか、そういうもので。そんな事ありえるはずがない。だけどこいつが現れてからの毎日はありえない事ばかりで、そのありえない事を信じる他になかった。その考えは今も頭の中にあり、さあっと、血の気が引く。

「お、お前っ!」
「え!何!?」
「髪の毛溶けるんじゃねぇのかよ!?」
「えっ!ええっ!?」
「舌ちょん切られるって!せっかく会えたのに喋らんなくなんのは嫌だ!」

ひまわりをかき分け急いであいつの元へと駆け付ける。頬を両手で包み込んでゆさゆさ揺らすと被った麦わら帽子が地面に落ちた。揺らしすぎたせいか、左右上下に泳ぐ視線に俺はただハラハラする事しかできなくて。こいつと話ができなくなる事を、もう二度と会えなくなる事を、心の底から嫌だと思った。

「ぶはっ」
「?」
「あっははは!悠一郎くん、おかしー」

視線が定まってから勢いよく笑い出したその目にはじわりと涙がにじみ出て、おもしろおかしそうに頬に置かれた俺の手に自分の手を重ねた。

「大丈夫だよ。もう魔法は解けたから、私は私の事を悠一郎くんに話せるの」
「え、魔法が解けたって…」
「うん。だから、私の名前を聞いてもらえますか?」

真っ直ぐな視線を送られる中、俺はというと出会った頃の記憶とたった今出てきた言葉の数々をぐるぐると頭に巡らせていて、俺の手から離れた顔が近付いてきて、思わず強く目をつぶると耳元であいつの呼吸を感じた。

「あのね、私の名前は、」

じわりじわりと脳みそに浸透していくずっと知りたかった名前に、なんだか涙が溢れそうになって、同じくらいに溢れてきた喜びを行動に表した俺はこいつを強く、強く、抱きしめた。


ボーイミーツガール


「ゆ、悠一郎くん!?」
「今度アイス食いに行こうな!ゲンミツに!」

伝わる温度がくすぐったくて、夏空の上から見下ろす誰かが俺達を見て笑ったような気がした。


#6 end

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テーマ「人外ファンタジー」
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