合宿が終わっていつも通りの日常が始まる。夏休み中のせいか、校舎は静けさを保ち、変わりにグラウンドにはそれぞれの部の気合いのこもった叫び声により活気づいている。そこに俺達野球部も含まれてるのは言うまでもない。

「あいつ、最近どこ探してもいねーんだよなー」
「なんかあったの?」
「そんなん記憶に全くねーし。もしかしたら風邪引いてんのかもしんねーけど」
「家は知らねーの?」
「…まだ名前すら知らねーもん」

これだけは胸を張って自信満々に言える。あいつと出会う前の、あいつのいない毎日を有意義に過ごしてきた方だ。新しい学校、新しい空間、新しいクラスは賑やかで、面白い奴がたくさんで、男女の仲もどちらかと言えばいい方だ。今年できたばかりの野球部も人数は少ないけど試合ができる人数だから問題ないし、ここにも気の合う面白い奴らが揃ってる。休みはないけど練習は苦じゃない。むしろ毎日あってくれていいくらいに練習が楽しい。

だけど、そんな中に突然現れたあいつの存在は日々大きくなるばかり。合宿から帰ってからというもののあいつの姿を見なくなった。それだけの事なのに、心臓がざわざわ騒いでしょうがない。

もしかしたら風邪を引いたのかもしれない。見た感じ病弱には見えないけど、だからと言って、あの体の細さに肌の白さ。体の強い方だとは思えない。だからすぐに姿を消したり、アイスを食べる事ができなかったり、土を掘り返す事ができなかったのかも。

なんて、そういう風に理由を後付けして、自分自身を無理に納得させようとして、いろんな考えをぐるぐる巡らせれば巡らせる程にあいつに対する謎が深まるばかり。どうして姿を現さなくなったんだ?俺、何かしたっけ?

「おい、田島ぁ!水谷ぃ!いい加減にしろよー!」
「あ、悪ぃ悪ぃー」

キャッチボールの相手を決める最中に水谷と話をしていて、周りではいつの間にか練習が始まっていた。花井に注意されてそれぞれの位置につくと「投げるぞぉ!」と水谷が手を振る。同じように手を振り返すと俺目掛けて飛んでくるボールをキャッチした。グローブの中におさまるボールを見て、意味もなくあいつの顔を思い出す。最後に見たあいつは何かを言いたそうにしていて、それを聞く前にいなくなった。あいつの言いたかった事、それはいったい何なのかを考える。考えたくないけど、もしかしたら別れの言葉だったのかもしれない。

謎の多い女だった。名前を聞いても答えようともしないし、自分の事を誰かに話すと舌をちょん切られるだの髪の毛が溶けるだの、スコップで地面を掘り返す事ができなかったり、ひまわりを植えたいがために毎日同じ場所に来たり、

「(あ、そうか。)」

あいつはひまわりを植えたくてあそこにいたんだ。それを植える事ができたらそれで終わりだ。じゃあそれを手伝った俺はあいつとの別れを早めただけなのか?仮にそうだとして、どうしてひまわりを植えたらさよならなんだ?

浮かび上がる疑問を一つ一つ片付けていこうと試みても、それは逆効果。気になる部分が増えていくばかりでやるせない気持ちでいっぱいになる。このままこの気持ちに押し潰されてしまいそうだ。

「田島ぁ、どーかしたのかー?」
「悪ぃ!なんでもない!」

ギュッとボールを握りしめ、そこにあいつに対する気持ちに全てを詰め込む。思いっきり投げて、そのままボールと一緒に飛んでしまえばどれ程楽なんだろう。

「あーっ!」

水谷の声が上がる。

「どこ投げてんだよー!」

その声に、ふと我に返ったかのように今のこの状況をゆっくりと飲み込んだ。

どうやら俺の投げたボールは水谷を通り越して後ろの方にまで飛んで行ったようだ。水谷が一つの木を見上げる。どうやら木の枝に引っかかってしまったみたいで、マズいと思いモモカンを見る。どうやら俺のした事を一部始終見ていたようで、その眼差しが怖い。「道具は大事に扱う事!」いつだったかモモカンが言っていた言葉が記憶として鮮明に思い出され、急いで水谷の元へと足を運んだ。

「水谷、悪ぃ!」
「おー。大丈夫大丈夫」

先に木に登り始めた水谷を見上げながら、ふと、あいつがいたいつもの場所が気になり顔を向ける。だけどそんな良いタイミングであいつが現れるわけもなく、ひまわりがポツンと一本だけ、天に向かって綺麗に咲き誇っていた。

合宿から帰るとたくさん掘ったはずの穴は跡形もなく綺麗に無くなっていて、五本あったひまわりは一本だけになり、誰かが抜いてしまったのかとも考えたが、残ったひまわりの周りに地面を掘り返した跡は残っていなかった。それもまた、疑問の一つ。

俺が合宿に行ってる間にあいつが何かをしたのか。それとも魔法使いのばぁさんか。そういやあいつ、自分に魔法をかけたのはもっと偉い奴だって言ってたなぁ。

「(…あいつの願いって、ひまわりを植える以外に何があったんだろう。)」

「田島ぁ!」
「!」
「ちょっと来てみろって!早く!」

気付けば随分と上に上がった水谷が大きく手招きをしている。何事だと思った俺はその木に急いで登り始める。少し離れたところで「落ちんなよー」と心配する泉の声が聞こえた。

「何?エロ本?」
「誰がこんなとこにそんなもん放置すんだよー。ほら、アレ見てみ」

太い枝に足をかけ、幹に背中を預けた水谷の手の中にはボールがあった。それを持った手で一点を指差し、言われたままにそれを追う。

すると途端に視界いっぱいに広がった黄色に思わず目を奪われ、無意識にツバを飲み込んだ。言葉がゆっくりと喉から上に這い上がってきて、ゆっくりといろんな答えが見つかりつつある中、やっと上に上がってきた声と一緒に落ちるか落ちないか際どいところまで体を向かわせた。

「すっげぇー黄色!すっげー綺麗だ!」

目の前には黄色がたくさん広がっていて、その場所はこの木に登る前に見据えていた場所で、俺は再び不思議がいっぱい詰まった場所へと引きずり込まれる。そこには先程まで一本しかなかったひまわりが数えられないくらいに広がっていて、俺は確信した。

「水谷!あいつまだここにいる!」
「お、おい!危ないって!」
「これ、あいつが全部一人でやったんだ!」

さっきまで一本しかなかったところにあんなにもたくさんの数のひまわりが植えられている疑問は不思議となかった。ただ、あいつがまだこの場所にいて、ひまわりを植えている事に心が満ちる。

少しでも目を離してしまうと消えてしまいそうな気がして、たくさんのひまわりを映したまま俺は叫んだ。下で何事だと言わんばかりに他の奴らが集まってきて、だけどそんなもの気にならないくらいに俺は嬉しさに満ちていた。


ボーイミーツガール


よく見ると黄色の中心にあいつがいて、こちらに向かって笑いかけたような気がした。


#5 end

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