「なんか分かんねぇけど、どうしても土を掘り返したいみたいでさ」
「なんで?」
「ひまわりを植えたいっつってたな」
「ひまわり?なんでまた?」
「さぁ…つーか俺、相手の名前知らねぇし」
「え!名前知らねぇの!?」

あいつの話に食い付いたのは水谷で、出会った時の事やアイスの話をするとそれはそれは不思議そうな顔をした。

「それ、幽霊だったりしてー」
「俺、霊感ねーぞ?」
「田島に何かしてほしいから田島にしか見えないんじゃねーの?」

水谷は楽しそうに、だけどどこか恐ろしそうに話をした。それで思い浮かぶのはスコップとひまわりで、果たしてそれが俺にしかできない事なんだろうか。土を掘り返してひまわりを植えるという作業は実に簡単で、俺じゃなくても水谷にもできる事だ。頭をひねって考えを生み出そうとしても他に思い付くものは何もない。

そりゃそうだ。俺とあいつは出会ってまだ数日しか経っていなくて、話をしたのはたったの二回っきり。名前も年齢も住所も携番も知らなくて、そもそもあいつはなんでいつも一人なんだろう。知らない事の方が当たり前のように多いのにどうしてこうも気になるのだろう。このとても不思議な気持ちに溺れてしまいそうだ。


ボーイミーツガール


「噂なんだけど、聞く?」

唐突に開かれたのは沖の口だった。スポーツ飲料の入ったペットボトルのフタを開けながら俺の隣に腰かける。俺も水谷も沖の方へと向き直り、興味津々な眼差しを浴びせる。すると一番最初に食い付いたのは、やっぱり水谷だった。

「何それ?聞く!聞かして、沖!」
「なんかねぇ、このグラウンド、これくらいの時期になると出るらしい」
「え!幽霊!?」
「まじかよ〜」
「俺は見た事ないんだけどさ、田島の言ってる女の子って、もしかすると…ね?」

幽霊っているんだ!と水谷と沖が自身を抱えながら騒ぐ中、俺は冷静だった。沖の話を聞いて、そんなのあるワケねぇじゃん、と、沖には悪いけど信じられなかった。だからケラケラとおもしろおかしく笑った振りをする。
俺には霊感なんてもの備わっちゃいない。ましてや俺にしかできない使命のようなものもがあるとも思えない。あるとしても俺以外の奴らにも簡単にできてしまいそうなものだし。そういう決定的なものがないためか、俺はあいつがこの付近に住む普通の女だと思っている。ほんの少し、あいつにある不思議な部分を除くと、どこにでもいるいたって普通の女の子。

幽霊話で盛り上がる二人の元へと三橋や泉が群がりに来る。どんどん話が濃くなっていく一方、俺はその話にイマイチ乗れず、フェンスの外に顔を向けた。ふと、そこに映った大きくもなく小さくもない麦わら帽子と真っ白なワンピースに口角が上がっていく。そそくさとその場を後にしても誰一人として俺を気にとめる奴はいなかった。まるで俺の姿が見えてないような、そんな感じ。

「いきなりいなくなるなよなー」

俺の言葉に顔を上げ、俺を視界にとらえた途端ふわりと微笑む表情。

「ごめんごめん。私、特定の時間しかここにいられないから」
「それも魔法?」
「そんなところ。ところで君、今から練習でしょ?また監督さんに怒られちゃうよ?」

いつも練習時間に現れて、練習が終わるといなくなる。ごくまれに練習後に現れるけど、本当にいつ現れるのはわからないくらい。
俺はこいつの事を知りたいと強く望んでいる。こうして話を交わす回数は少ないけれど、こちらから歩み寄らないとあっちからは歩み寄ってはくれないだろう。だからこそ焦る。次はいつ会えるのかもわからないようなこの距離を、どうにかして縮める方法はないものか。

「…そういや自己紹介がまだだったよな」
「ん?んー…そういえばそうだね」
「俺、田島悠一郎」
「悠一郎くんか。いい名前だね!」
「じーちゃんが付けてくれたんだって」
「悠一郎くんのおじーちゃんいいセンスしてる」

俺の名前を呼んでくれた。それだけで少し歩み寄れたような、そんな気がした。だけど俺の名前について話てくれるだけで、自分の名前を口にする素振りはない。魔法とか、今までそうやって誤魔化してきたような内容はすべて冗談で、俺から自己紹介をすれば名前を教えてくれるかもしれない。だって初対面同士、どちらかが名前を言えば残りの方も教えてくれる。それが普通なはずだろ?

「お前はなんて名前なの?」
「ごめんね。それも言っちゃいけない約束だから…」

だけどこいつと俺の間に、その普通は通用しなかった。

それはそれは困った顔をして、その場にしゃがんだ女は膝を抱えながら俺を見上げた。その表情から伺えるものは俺には分からなくて、やるせない気持ちが生まれる。

「約束って、また魔法とかそういうの?」
「うん」
「誰と約束してんの?魔法使いのばーさん?」
「魔法使いのおばーさんよりもっと偉い位置にいるというか…。まぁ、君が言ってる事もあながち間違いではないかな」

眉をたらしたその表情が、ふわりと優しく変化する。やるせない気持ちがふつふつと湧き出てくる中、女はスコップを片手に土を掘り返し始める。

どうして自分の事を他人に教える事ができないのだろう。ザックザクと音を立てながら掘る事のできない土を一生懸命に掘ろうとする中、音はするのに陥没していかない地面を見ながら俺も女と同じ体制になり、女の手首をつかんで動きを止め、スコップを奪う。

「俺がやる。掘る約束だっただろ?」

そう言えば女の表情にひまわりよりも綺麗な花が咲く。瞬間的に不思議な気持ちが体中に広がった。

「なんかさぁ、お前と話すんのってすげぇ不思議な気持ちになる」
「そう?」
「うん。なんか、くすぐったい。お前さ、もしかして…」
「こちょこちょ〜」
「うわ!やめろって!」

話の途中で横腹をくすぐられ、いきなりの事で驚いてしまった俺はバランスを崩してその場に倒れ込む。それを見てケラケラとおもしろおかしく笑う女に対して怒る事もなく、俺も同じように一緒に笑った。

そこで気付く。「もしかして、」その後に言おうとした言葉を喉の奥に押し込んだ。「お前って幽霊だったりする?」バカバカしいと思い自分で自分の事を笑ってやる。そんな俺の顔を身体を傾かせながら覗いてくる女の麦わら帽子を奪って、髪の毛をわしゃわしゃ撫で回した。

「頭が爆発する〜!日差しが〜!溶ける〜!」
「あっはは!俺のじいちゃん、もっとデカい麦わら帽子持ってっから今度持ってきてやるよ」
「私の麦わら帽子よりも大きいの?」
「おう!むっちゃでけーぞ!」

じゃあ、今度お借りしようかな、って、楽しそうに笑いながら女は立ち上がり、地面の上に尻をつけたままの俺に手を差し伸べた。その手を取り、立ち上がる。立ち上がった後も手は離さず握ったまま、女の目を見据えた。

「そういえばさっき、何か言いかけてたけど…何?」
「え、あ、うん?なんでもねーよ!麦わら帽子、今度じーちゃんの借りて持ってくるからさ、だからさ、」
「うん」
「またこうやって話して、いつかお前がアイス食えるようになったら一緒にアイス食ったり、いろんな事しよーぜ!」

まだ知り合ったばかりで知らない事ばかりな俺達だけど、少なくとも俺はこいつと一緒にいたいと思った。一緒にいて、アイスを食ったりチャリを二ケツしたり、とにかくこいつと遊んだりして、ゆっくりでいい。少しずつこいつを知りたいと思った。こいつはどうなんだろう。俺の事を少しでも知りたいと思ってくれてるのだろうか。

「うん。いいね。君となら何をしても楽しそうな気がする」
「約束な!ゲンミツに!」
「君にとってのゲンミツって、絶対って意味なのかな?」

小指を突き出せば俺の考えを読み取った女がするりと自身の小指を絡め、二人して歌を歌った。

「「指切りげんまん嘘吐いたら針千本飲ーます。指切った!」」

ぱっと離れた小指にはぬくもりが残り、そこにはつい先程まで繋がれていたという確かなものがある。手首をつかんでスコップを取り上げた時も、麦わら帽子を奪って髪の毛を撫で回した時も、そして指切りげんまんをするために繋がった小指も、こいつがちゃんとここに存在している事を教えてくれる。

「私、頑張るね」

紡がれた小指をするりとほどく。それがなんだか物足りなくって、だけど目の前にあるまるでマシュマロのようなふわふわな笑顔に、心が満たされたような気がした。

「いよっしゃー!どっから掘ればいいんだ?」
「えっとね、たくさんあるんだけどいい?」
「おう!どんとこい!」

夏の日差しが二人を隠すように包み込み、土を掘り返す音と笑い声が空気に浸透していった。


#3 end

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